第57話 酒が入れば皆同じ
「吾輩痛いのはいやですぞ。焼き切るなんてもってのほかでございますれば! ンンンンン、吾輩たちも豊かにはなりたいのです」
芝居がかったように両手を広げるアシの目はいつになく鋭い光が宿っているように見えた。
だんだん理解でき始めたな。
変な口癖と口調に埋もれてるけど、こいつふざけているように見えてちゃんと話の本質を見抜いて軌道修正してやがる。
聡明な
渋々と席に座る鍛冶ギルドと入れ替わるように木工ギルドのマスターが立ち上がる。
「では、馬車のような移動手段はどうでしょうか? 車を引ける動力を魔力に代替する魔馬車はできるのでは? これさえあれば商人たちも魔族、人類分け隔てなく便利になるのではないでしょうか」
確かに現状、モノとヒトを運んでいるのは馬車が主流であり、魔族に至っては商品を背負って売り歩くスタイルだ。いわゆる現代のトラックのような大量かつ高速に移動できる手段が開発できれば、物流に革命が起こるのは必至だろう。
「ンンンンン、長距離輸送を可能にしたいのであれば、地脈に沿って移動し、逐一魔力を吸い上げるようなシステムなら可能かと思われますがな」
「地脈はどこに?」
木工のギルドマスターが広げた地図にアシがペンで地脈を描いていく。
どちらかというと電車のような感じになるのかな。決められた路線だけ走るなら積載率を上げないと効率的には運べないけど。
「なるほど……中心街近くまでは運べるのですね。そこから先が問題ですが……」
「ちょっといいか」
「なんでしょうか? ヴィル様」
俺はペンを取り出すと地脈上にあり、一番中心街に近い街に目印をつける。
「この町に商品の集積場を建設し、一旦そこに商品を保管する。で、そこから普通の馬車に乗せ換えて地脈の通っていない中心街や他の街へ運ぶ。このルートでいいんじゃないか?」
「ンンンンン! なるほどその手がありましたか! 別に最後まで同じ馬車に乗っていればいいなんて制約はありませんからな! いいでしょう! 鍛冶ギルドの皆様も木工ギルド皆様にも協力していただきたいのですが、かまいませんかな?」
「おう! 魔法剣が却下されたのはちと悲しいがこれもこれで面白くしてやらあ!」
「ありがとうございます! では早速スケジュールのほうを詰めていきましょうか」
こうして勢いに乗った会議は日が落ちるまで続いた。
☆
「おい、飲みに行くぞ!! 魔族のあんちゃんも来るよな!」
「ンンンンン、魔族に栄養は必要ないのですが……食事は娯楽!! 吾輩もお供いたしますぞ!!」
意気揚々と酒場へ向かう彼らを見送っていると、後ろから木工ギルドのマスターに肩を叩かれた。
「ヴィル様もどうです?」
「もちろん参加するさ」
入っていったのはどこにでもあるような大衆酒場だった。
俺たちが近くで協議していることは事前に街全体に通達していたので、俺たちに気づいた店主が貸し切りすると申し出ていたが、ギルドマスターたちが断ってしまった。
多分、ギルドマスターの証であるバッジを見たんだろうな。
おっさんたちの胸元を二度見してたもん。
酒臭い視線を全身に浴びながら奥のテーブルに座った。
周りは気まずいだろうな。急に国のお偉いさん方が入店してきて奥に居座るんだから。
酒の場で盛り上がりそうな話題も下ネタの一つも言えなくなってそう。
上司とかいる飲みが楽しくならないのはよくわかる。すまねえ。でもギルドマスターは止めらんねえんだ。
「珍しい酒ねえか? なあ、魔王領で酒造ってねえのか?」
「ンンンンン、何をおっしゃる!! 魔王領と言えば!! ワインでしょうが!!」
「お、おう。そうなのか? 店主、魔王領産のワインあるか?」
激しい剣幕のアシに気圧されるように、鍛冶ギルドのマスターは苦笑いで目をそらした。
「人間が飲んでも全くではないですが、悪影響は出ませんのでご安心をば」
「逆に怖えんだが」
「ンン!! 美味で飲みすぎてしまうという悪影響を除けばネ!!」
ギルドマスターたちどころか周りの客すらも爆笑の渦に包まれていた。
酔っ払いたちの感性ってここまで共通性あるのか……っていうかなんでアシは酔っ払いのツボを押さえられてんだよ。お前、元々人間とかじゃねえよな?
当の本人は楽しそうに運ばれてきたワインを口に運び破顔した。
「ンンンンン~!! やはり!! 魔王領のワインは!! 栄養ドリンク!!」
ちょっとよくわからない。
その後も酒場が一体となってバカ騒ぎに興じていた。
何というか、魔族だからっていう偏見はもうこの町にはないみたいだ。
全ての街が、人が、魔族がこの町のような雰囲気に包まれてほしい。
いや、俺がそうさせなくてはいけない。
「ンンンンン~、吾輩少し酔ってきました。外で夜風に当たってきますぞ」
「おう!! また魔王の失敗談聞かせてくれ!!」
何の話してんだ。
アシはまっすぐと俺の前に来ると、身をかがめてささやく。
「ヴィル殿、少々よろしいですかな? 外で話でも」
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