第55話 そもそも俺の存在が矛盾してんだ
「演説じゃと?」
「そうだが? 宣戦布告したんだ。独立国家の国王として就任演説するんだよ」
ただでさえ突発的に宣戦布告したんだ。
領民にも早急に現状とこれからの意志を伝えるのが先決だ。
勇者討伐から、宣戦布告、そして魔王領との同盟、思い返せば全て俺のエゴで進めたストーリーだ。
そこにマルタたちや領民を巻き込んだ形だ。
「全責任は俺にある。皆の命を守る義務も。そのことを全員に誓うべきだと思うんだ」
今までにない責任と期待がこの背中にのしかかるのだ。
一つでも選択肢を間違えたら、外からも中からも殺されるのだ。
「俺は、この国を変えたいとかじゃない。ただ、日常が、この命が続いてほしいだけだった。その日常に含まれる人たちがただ多くなっただけなんだ」
続いてほしい日常が、領民たちの日常になってしまった。
「確かに矛盾しているよ。守りたいのに宣戦布告だなんて。この贖罪は俺一人でやっていくつもりだ」
「お主、死ぬ覚悟はあるのか?」
「ないよ。これまでも死にたくないの一心で生きて来たんだ。今更死ぬ覚悟なんてできやしない。だけど、死なない程度が一番命を守れんだよ」
こと戦争においてはどれだけ犠牲を出さないか、命のやり取りを避け勝利するかが、そののちの復興までを左右する。
死んで出した結果が死なずに出した最高値よりも善いとは限らない。
「だから俺は宣戦布告はしたけど、攻め入りはしない」
「なるほどな。まあ、好きにするといい。準備はしてやろう。ではな」
難しい顔のまま、テンが去っていく。
腑抜けだと見限られたか、長年魔王として統治してきたものとして気に入らないことがあったのか。
いずれにせよ、よくは思われてなさそうだな。
「私は、私は片時も兄様の側を離れないつもりです」
重苦しい沈黙を破るようにマルタが言葉を紡いでいく。
「兄様はあのマオトの魔の手から私を解放してくださいました。その恩はまだ、返しきれていないのです」
マルタは顔を上げ、スッとこの場にいる人間一人一人と視線を戦わせる。
私は信じます、あなたたちは? と問いかけるように。
「別にここで船を降りる気はないわよ。安心しなさい。愛しのお兄ちゃんは一人ぼっちにはならないから」
「い、愛しって……まあ、そうですけど!」
愛しのっていうレベルなの!?
「それに、あんたらといた方が面白そうだ」
「危ない橋は渡らないけどな」
「出身国にケンカ売って、挙句魔王領と同盟なんてすでに危険すぎる橋なのに何言ってるんだい」
二ッと口角を上げるとイレリアは声を弾ませる。
「期待してるわ。ヴィル。あなたなら世界を変えれるかもしれないわよ?」
「変えられるところから変えていくさ」
☆
そして演説当日──。
会場となるファンダイク邸の庭には中心街の領民が多く詰めかけていた。
俺が現れるであろう2階のバルコニーをいぶかしげに眺める者。
洗濯かごを抱えたまま、何が起きるのか周りに聞いて回っている者。
人間になぜか混じって見上げている魔王とダンジョンメイカー。
およそ様々な境遇、身分の人々が一堂に会している。
「中継のほうは?」
「問題ないわ。空間の亀裂も安定してる」
俺が登壇するバルコニーを取り囲むように細かな空間の切れ目がちりばめられている。
切れ目一つ一つが、ファンダイク領の主要都市の酒場、ギルドとつながっており、演説のすべてをたれ流せるシステムが構築されている。
「よし、行くか」
服装はあえていつも通りのシャツとズボンにした。
中身一般人がなにかっこつけてんだってんだ。
「頑張ってください兄様!」
マルタの声援に親指を立て、俺は日の光の下に出る。
俺の姿が晒された瞬間、騒がしかった庭がノイズキャンセリングされた。
大丈夫だ。少し人の多いプレゼンと何も変わらない。
早鐘をうち始めた心臓を気合で押し込め、深く息を吸った。
「初めまして!!」
聴衆に変化なし。
こーれ、は掴みは一旦ミスったか?
背筋に滝ができている感覚に耐えながらもう一度深く吸う。
「俺がファンダイク領主、ヴィル・ファンダイクだ!!」
視線が痛い。
「我が領土、ファンダイク領はここ数年で目覚ましい発展を遂げた!! 農村にも中心街にも、裏路地にすら必需品が溢れ、人々の顔に豊かさが現れてきた!! ひとえに領民の皆、農家から、冒険者、商人、その他すべての職種の人間とその家族、街全体、領全体の不断な努力によるものである! 皆の努力に感謝を述べたい! ありがとう!!」
「──!!!」
庭から、空間の切れ目から伝わる歓声が骨の髄まで震わせる。
よし、このまま……!!
「しかし!! 平和そのものだったこの町に勇者が現れた!! 普段なら、魔王を討伐するべく働いている勇者を歓迎しただろう!! そんな期待を裏切って、勇者は酒場で暴れまわり、女を食い散らかし、あまつさえ地脈を取り込み魔物化して襲撃を企てたのだ!!そんな勇者の傍若無人な振る舞いを許せるだろうか! 勇者の立場を利用して好き勝手荒らしまわった勇者を受け入れられるだろうか!」
領民には、勇者がここを襲撃したことは伝わっている。
「さらに、国王は勇者の責任は我々にあると主張した! 1番の被害者である我々にだ! 勇者を受け入れられないものは人間でないと!! 否! 暴力的な権力にも屈さず真に平穏と共存を望む我々こそが人類ではないのか!」
「──!!」
またもや歓声が上がる。
「ゆえに! 邪知暴虐な王と! 今は亡き魔物の勇者に反旗を翻し、我がファンダイク領は独立する! 全ての人間、すべての生命が等しく! 平穏に! 豊かに暮らせる国をここに建国する!!」
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