第52話 魔王の代わりに勇者をヤった

勇者が消滅してから1週間が経過した。


勇者が地脈を取り込み、半ば魔物と化していたこと、俺がその勇者を討伐した知らせは瞬く間に国王まで到達していた。


通信手段も郵便すらもないこの国で1週間もかからなかったんだ。それだけこのニュースが世間を揺るがせたのだ。


「兄様、本当に行かれるのですか?」

「もちろん。これで来なかったからって機嫌損ねられる方が面倒だ」


目の前のテーブルに置かれているのはやたら豪奢な封蝋が押された手紙。

国王から勇者の件で王都に出頭しろとの命が記載されていた。


裏切り者の勇者を討伐したことの褒賞が与えられるのか。

それとも俺が裏切り者になるのか。


どちらにせよ行ってみないと何もわからない。


どう思う、と紅茶の湯気をくゆらせていたイレリアに目線を向ける。


「一応国王関連の情報は入ってきてないわよ」

「ほらもうどうせ行くしかないんだよ」

「ですが……もし、兄様に危害を加えるような事態になったら……」

「そうなったらなるようになるだけさ。仲間は俺たちだけじゃないからな」


そう言うと手紙をつまみ上げ、炎魔法で燃やしていく。


相手が国王になろうが俺はこの世界で生き残っていくだけだ。

勇者の頃と何も変わらない。


ただ少しだけ規模がでかい話になるだけだ。



──王城、謁見の間。


「して、何か弁明は」


仏頂面の国王がこちらをにらみつける。


案の定だった。


王城にたどり着いた俺を待ち受けていたのは多くの兵士と縄だった。

声を上げる間もないまま拘束され、引きずるようにして国王の前に放り投げられたのである。


罪はもちろん、勇者殺害だ。


「勇者と言えど襲撃してきた人間をみすみす逃がす馬鹿がいるのでしょうか。加えて私は勇者に命を狙われた身。防衛する権利はあります」

「だが、勇者はお主に騙されたと主張していたんだがな」

「お言葉ですが、勇者を断罪する前に議論されるべき話題ではないですか? 勇者なき今、勇者の主張を持ち出されても後の祭りだと思いますが」


そもそも勇者の主張を退けて有罪にしたのは国王自身だ。今さら勇者を擁護するような発言をしたところで露骨に俺を断罪する理由を作り上げているようにしか見えない。


「勇者の主張は、ここで! 大臣や貴族の皆様とともに退けたのではないですか! もちろん国王様には畏敬の念を抱かせていただいておりますが、今さら勇者をするような発言をされるのはたとえ愛国心のある者の前でも国王様自身の保身に走っているようにしか受け取られないと思いますが」


広間にいる口の空いていない貴族どもを巻き込むように煽っていく。


いやあ、味方にアシがいてよかったよ。

煽り口調の参考になるからね!!


胸を張り、見るからに傲慢に、不遜に言葉を積み上げていく。


「かの勇者は強制労働から脱走し、地脈を取り込み半ば魔物化していたのです! 罪を償わず魔物に堕ちた者と、ただ自分の身を案じた者。どちらが反逆者でしょうね?」


広間を包み込むように沈黙が舞い降りる。

視線だけ動かしてみたが皆、目を見合わせるだけで言葉を発する気配はない。


こんなところは歴史に忠実じゃなくてもいいんだけどな。

国王の権力が巨大すぎるのだ。


貴族が進言するなど言語道断の世界らしい。

まあ、民主主義国生まれの俺には関係ないけどね。


「魔物は全て打ち倒せ。それが国王の方針でしたよね? でしたらもうどちらが反逆者かなんて自明でしょう」


ようやく、国王が重たい口髭を動かした。


「貴様が詭弁を並びたてたところで勇者殺害の罪は変わらぬ。魔物を滅ぼすのが我が方針だと言ったな? その方針は我が国の方針、魔王領をうち滅ぼすための使命である。人間の勇者が魔物に近づいたとてそれは魔物ではない」

「魔物ではない? 死体も残らず魔力の塵となったと申し上げたはずです。それでも魔物ではないと?」

「我の言う魔物は魔王領産の魔物のみを指す。人間が魔物化するかは貴様らの証言である以上定かではないが、もし仮に魔物化したとしてもそれは人間であり、魔物ではない」


それこそ詭弁だ。

魔物の定義なんて明文化されていない以上、あとからいくらでも解釈できる。

たとえそれが国王の保身のためだったとしても、誰も何も言わず国王の思うがままに解釈されてしまう。


ブレヴァンでは口論は権力で勝つものらしい。


圧倒的に権力差がある間は、俺に勝ち目はない。

このままいけば国王の言うがまま処刑という名の口封じ兼厄介払いで人生ストーリが終わる。


──なら。


「その解釈はご自身の保身のために誕生したのですかねぇ? 国王も大変だ。自らが指名した勇者が罪を犯した挙句、脱走、魔物化までしたんですから。監督責任を取らざるを得ませんもんねぇ?」

「貴様ッ!! 国王様に何という口を……!!」


国王に近い取り巻き大臣が詰め寄ろうとしたが兵士に両脇を抱えられていた。


「我に監督責任だと? バカバカしい。我はあのものの実力を鑑みて指名したにすぎぬ。その性格など勇者選考の基準にはないのだ」

「だから自分には責任がないと? 暴論も過ぎるな国王。あんたが選んだんだ。責任がないわけがないんだよ」

「貴様……! 自分の立場が分かっておるのか?」

「ああ、ちゃんとわかってるさ」


縛られている両手で縄を握る。

縛られているのは手足だけ。

魔力は縛られてない。


俺は顔を上げ、視界の中央に国王をとらえる。

口角をニッと上げ、こう言った。


「俺ヴィル・ファンダイクはあんたに宣戦布告する!!」

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