第51話 運命
~ヴィル視点~
焼け落ちた扉の向こう、闇に満た館をのぼってきたマオトと視線が合う。
装備はところどころ傷はついているが戦えないほどではない。
それよりも、チクチクと細かい攻撃を受け続け、表情が険しかった。
戦う前の問答はもう十分だ。
俺もあいつも本質が変わることはない。
──部屋に魔力が満ちた。
「てめえらまとめて地獄に墜ちろ!!」
「断る」
吠える姿にもはや勇者の影はない。ただ、逆恨みをつのらせて自ら堕ちてゆく復讐者がそこにいた。
復讐は自らの身を滅ぼすとはよく言ったものだ。
ぼさぼさの髪を振り乱しながら突撃してくるマオトから放たれる魔の圧力を全身に受ける。
「マルタ、いつも通りでいい。油断はするなよ」
「もちろん。全力で兄さまをバックアップいたしますので思うがままに暴れてきてください」
魔導書を広げたマルタの手では魔力が静かに、だが激しく渦巻いている。
「死ねェ!!」
マオトが勢いのまま剣を振りかぶる。
魔導書を取り出す動きをキャンセルし飛び退いた。
ちぎれた前髪が宙を舞う。
「お前、死ねしか言えないんか?」
「誰のせいだと思ってんだ!!」
剣を振り回す速度こそ化け物じみているが、がむしゃらに振っているせいで軌道が読み易すぎる。
円を描くようにあしらっているだけで攻撃が避けれてしまっていた。
「んで動けんだよ田舎貴族のくせにさァ!!」
「お前が自己中に女のケツ追っかけてる間にレベリングしてたんだよこっちは!」
元勇者で元々の基礎能力は高くても所詮は誤差の範囲内だ。
効率的なレベリング場所を発見し、真面目にコツコツとレベリングを行っていく。それだけで生まれる圧倒的なレベル差に比べれば大したことない値なのである。
剣が俺の展開した『エア・ロック』に阻まれマオトの手から離れて軽い金属音を打ち鳴らした。
「クソッ、クソクソクソ!!」
展開された魔導書から発動された風魔法が俺の両手両足にまとわりついてゆく。
「『アーク』!」
俺の飛び出しと同時に放たれたマルタの聖魔法は閃光となってマオトの四肢を貫いた。
無理やり両手を動かそうとするが、抵抗するには遅すぎた。
「ぐあッ……!!」
風魔法で強化された蹴りが抉るようにマオトのみぞおちに直撃する。
マオトの口からどろりとした塊が吐き出された。
血液の赤みがないそれは地面にボトリと落ちる。
「お前、それ──」
人間のモノではない。まるで魔物の体液のような──。
「お前、自分の身体に何してんだよ!?」
「うるせえ! ただ地脈を取り込んだだけだ!!」
地脈の魔力か……!
床に倒れ伏した状態でこちらを見上げてくるマオトと目が合う。
彼の瞳が異様に大きくなった眼がこちらを向いていた。
「お前の身体……魔物化してないか……?」
「馬鹿なことを……ガハッ」
風魔法で強化されているとはいえ、俺の蹴りはマオトを悶絶させるほどの威力を出していない。にもかかわらず、彼の口からはとめどなく体液が零れ落ちていた。
「クソ! なんで、まともに動かねえんだよ……!!」
悶えているマオトを氷魔法で拘束する。
「お前に落ちぶれた理由、教えてやるよ」
「てめえらの……せいのくせに、偉そうに、語ってんじゃねえ……!!」
また一つ、魔力を帯びた塊がまろび出た。
床に落ちた塊を眺めるかのようにマオトの頭がすとんと下を向く。
「……マオト?」
応答はない。
その代わりとでもいうかのように床の塊から魔力の光が漏れだした。
「これは……魂か?」
テンに引き出された魂に波長が似ている。
どこか、懐かしいような。身体が求めているような、違和感が激しい。
その魂らしきモノはマオトの頭まで浮上する。
「カエセ……俺のカラダ、ダ!」
「そんなわけないだろうが。俺は
「チガウ!! お前はヴィルではナイ!! ヴィルは!! オレダ!」
浮かんでいる魂からはその言葉しか流れてこない。
──いや、違和感はあったんだ。
俺が転生して、ヴィルとして数年生きて。
そして魂という存在を知って。
ヴィルの魂はどこいった?
「勇者の身体に移ったのか……」
「クソ……俺は勇者だ……貴族、じゃねえんだよ……!!」
胸を張るように暴れながらマオトは叫び続ける。
とどめを刺す手が、出なかった。
魂を殺すことで
「ヴィル!! 返セ!! 舐め腐ってんじゃねえよ田舎貴族!」
力づくで氷の拘束を解いたそれらが俺につかみかかってくる。
が、その腕が俺を捕えることはなかった。
「『アーク』!!」
閃光の槍が、
断末魔を上げることなく、魔力の塵となって消えてゆく。
「兄様!! ご無事ですか!?」
変わらなかった。この
──ヴィル・ファンダイクは妹マルタに殺される。
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