第47話 気づきは時に緊張をもたらす

「お主、この国の者ではないな?」

「──なぜ、そう考えた?」


 テンの表情に、いつものおちゃらけた子供っぽい笑みはない。

 魔王らしい、支配者らしい覇気が放たれていた。


「お主の魂から放たれた言語、あれは明らかにこの国の単語ではない。かといって我が領と交流、交戦の記録がある国の言語とも違う。ただ言語体系に基づいた単語ではあるのだ」


 魂の俺が何を話していたのかいまいち記憶にない。

 ──転生前の記憶でも話したか?


 転生とはこの世界の他人の身体に、俺の意識のみが植え付けられることとも言える。

 ならば、今回のように意識、魂部分が肉体から切り離され独立させられたことによって、転生前の記憶のみの状態で発現する可能性はある。


「さあな。そもそも魂状態の時の記憶がない」

「それは我も百も承知だ。ただ、聞き取れる単語があったからその真意だけでも教えてくれんか?」

「なぜそこまで魂に執着する? それを知って何のメリットになるんだ?」

「それは……」


 テンは押し黙ると、すとんと椅子の上に落っこちた。


 協力関係だろうが何だろうが転生関係の情報は教えるわけにはいかない。

 そもそも俺自身も判明していないことが多すぎるうえ、勇者討伐による延命策に主軸を置いていたため調査することもまだできていない。


 その状態でこの世界の存在に転生を伝えるのは危険性が高すぎる。


 テンはきゅっと胸のあたりを握る。


「我は、我は知りたいのじゃ。お主といる時の違和感が頭から離れなかった。協力している者としてこの違和感を持ち続けるのは、誠実ではないように思えたのじゃ」


 こちらをまっすぐと射抜く目が少しだけうるんでいるような気がした。


「もちろん魔王として協力者の身に異変が起きて、計画が潰えるのは許せぬ。じゃが、我として、ラムセウム・テンティリスとしてもヴィルに何か異常があるのかと……心配だったのじゃ」


 やっぱお前、魔王らしくないな。

 魔王が人間に情が移るとか、失格だろ。


 でも、転生だけは伝えるわけにはいかない。

 たとえマルタでも。


「じゃから、教えてくれんか? こういう時この言葉で合ってるのかはわからぬ。じゃが、心配しているのは真実じゃ」

「ごめん。それはできない。テンにもマルタにも教えることはできない」

「そうか……」


 肩を落とすとテンは空間に穴をあけとぼとぼと帰ろうとする。


「でも! 必ず! 全てが片付いたら伝えるから! それまでは頼む。耐えてくれ!」


 空間の狭間で振り返る。


「では、その時を期待しよう。またな」


 その顔は少し悲しげに陰っていたように見えた。


 ☆


「兄様、魂に関する書籍はないようですね」

「ハズレか」


 テンが去ってから、俺はマルタとともにファンダイク邸の書庫にこもっていた。

 壁一面の本棚にある背表紙をざっと眺めてみたが政治や聖魔法関連の書籍ばかりで魂などという文言が入ったタイトルは見当たらなかった。


「魂って何でしょうか」

「わからない。人間に知覚できるかすらも知らないんだよな」

「兄様の説明で理屈は理解できたのですが……納得できないんですよね」


 マルタは持っていた本を棚に戻すと、もたれかかるようにして振り向いた。


「魂って保有魔力に紐づいた深層意識って言ってましたよね。だとするならば、体と魂の魔力に差異が生まれることなんてあり得るのでしょうか?」

「さあな。テンに言わないと検証のしようがないからな」

「身体はタンク、保有魔力はタンクに注がれた水です。保有魔力は身体と密接に結びついているのに、魔力の波長が異なるのはあり得ないような気がします」


 理屈の上ではマルタが正しい。この世界の理屈の上では。

 ただ、俺を転生させた何かや世界にとっては常識ではないのだろう。


 魂と肉体が保有魔力でつながっていたらヴィルファンダイクの魂を乗せ換えるなんてことできないからな。


「兄様はどう感じていますか」

「理屈はマルタが正しいと思う。けど、実際俺の身体で魂の存在が実証されてしまった以上、魂の切り離しも正しいような気がする」

「うーん、難しい……」

「まあ、分かることは今考えてもしょうがないってことだ。それにもうすぐマオトが戻ってくるはずだ。今はそっちに集中したい」


 テンの話しぶりから察するに、マオトはもう監獄から脱出している。

 奴のことだから装備を整えたら来るはずだ。


 それまでにダンジョンの改良とトラップの扱いに慣れないと。


「兄様、あの男から無事に逃れることはできるのでしょうか」


 マルタの肩を引き寄せる。


「家もお前も俺自身も無傷であの男に勝つよ。その自信すら準備できてるんだからな」


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