第44話 肩書は人間に何も影響を及ぼさない。

 ~元勇者視点~


「起きろ。時間だ」


 全身に浴びる冷水の刺激で脳が覚醒する。

 強制的に起こされ、まだぼやける視界には檻と侮蔑の目を向けてくる看守の姿が映っていた。


「ぐずぐずするな! 早く着替えろ国賊が!」


 看守の言葉に押されるようによれよれの囚人服に着替える。

 収監されてから早1年。もう汗臭い服にも看守の罵倒にも何も感じなくなった。


「今日の飯は昼からだ。死に物狂いで働くんだな」


 マジか。今日節約日か……。

 知っている通りこの国は魔王領との戦争状態にある。その状況を利用して、兵站の確保と食料の節約という名目で囚人たちの食事が減らされる。


 ただの罰じゃない。精神と肉体を極限まで削ってくる。


「今日のノルマは鉄鉱石600キログラムだ! 始めッ!」


 俺を含め数十人の囚人が洞窟へと入っていく。

 俺たちの強瀬労働先は鉱山だ。

 王都の遥か南の辺境、名も知らぬ鉱山で働かされている。


 看守は鉄鉱石は国民の多くが利用する金属を生み出すことができるからお前たちのようなクズでも国民の役に立てるのだと毎日のように怒鳴ってくる。


 そんなことわかってるわ。

 俺は勇者だったんだ。鉄もわからないバカと一緒にするな。


「おいマオトォ!! ぼさっと立ってないで早く働け! てめえだけ刑期伸びてもいいのか!?」

「はい」


 看守にせっつかれ、俺も鉱山の最奥へと歩いていく。

 もちろん採掘は手作業だ。つるはしはあれど高級な魔道具などあるはずもない。


 灼熱の外気温の入らない暗闇につるはしの音が響く。


「クソ……」


 悪態をついても時間は進まないし鉱石も掘れない。

 分かっているのに、自分のみじめさから文句があふれてしまうのだった。


 ただ、鉱山には利点もあった。


「よし……ここもだ」


 地脈だ。

 むき出しになった岩盤を網目状に魔力の流れが走っている。


 地脈に手を置き、少しだけ魔力を流す。

 その魔力を呼び水にして地脈の魔力が俺の体内へ注入される。


 体内の魔力保有力が増える。それだけで魔法の規模、威力を高める強化になるのだ。


 体内の魔力が渦のように駆け巡り外に放出される瞬間を今か今かと待っている。


「もういいな……」


 地脈を見つけ魔力を増加させるだけでもレベルは上がる。

 この1年で俺のレベルは僅かだが成長し、使える魔法は変わらないものの大規模、高威力になった初期魔法を連発できるまでにはなった。


 あの田舎貴族を殺すには十分すぎるレベルになった。

 ──今こそ、脱出する時だ。


 金なんてダンジョンで狩った魔物の素材を売ればいくらでも手に入る。

 装備だって勇者の剣はないにしろ金さえあれば1級品をそろえることができる。


 そのための力がついたんだ。


「だったら逃げてやる……!! こんなクソみたいな場所、勇者にはふさわしくねえんだよ……!!」


 今日のノルマをクリアし、西日の中とぼとぼと囚人たちが歩いていく。

 手錠はない。

 周りを山脈に囲まれ、逃げたとしても並みの囚人ならば魔物に食われて死ぬだけだから誰も逃げようとしないのだ。


 先導する看守はこちらを見向きもせず、キビキビと監獄へ向かっていく。


 後ろから魔法をうたれても防ぎようはない。


「てめえは俺の犠牲になれ。『ファイア・アロー』」


 俺の手から放たれた炎の矢が看守の頭を貫いた。

 頭から漏れ出た炎が服に燃え移り火だるまになっていく。


「誰だ!?」

「ま、魔法だ!」

「魔物か!? どこにいる!?」


 囚人のほとんどは魔法なんて扱えない一般囚だ。魔法が使えるのが魔物だけなんていう偏見に囚われているんだろう。


 警報を鳴らされる前に、ここを出よう。


 大混乱に陥る中、俺は柵を乗り越えて山の中へ身を隠したのだった。


 ☆


「ここまでくれば……誰も来ないだろ」


 鉱山から風魔法で走っておよそ10分。

 山腹にぽっかりと開いていた洞穴に身をひそめる。


 人間の脅威はなくなったが、ここは未だ地脈の側。魔物に襲われる恐れはある。


「逆に襲われたほうが金になるんだけどな」


 ダンジョンでもない野良の魔物なら素手でも倒せる自信はある。


「待ってろ……! 必ず殺しに行くからなヴィル・ファンダイク!!」


─────────────────────────────────────

【あとがき】


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