第39話 ンンンン! アシ・ニトクリスでございますれば!

 1週間後、魔王城ラムセス─


 それは浮いていた。

 本体が、城壁が、城門が何の支えもなしに地面と決別していた。


 骸骨にローブをかぶせただけのリッチーに先導され魔力の階段を上る。


 もはや異世界だった。


 城内に重力という概念はなく香水瓶のような部屋が舞踏会のように入り乱れている。

 移動は全てその場で作る魔力の廊下。およそ人間が建造できる構造物ではなかった。


 促されるままに城の右翼へと進んでいく。

 風もない、音もない。


 魔力の廊下は沈み込むようでいて硬く、踏み込めるようでおぼつかなかった。


 現代フランスに残っている宮殿のような縦に長い広間に通された俺たちを待っていたのは、長いテーブルのいわゆる誕生日席に座るテンと彼女に付き従うように一歩後ろに控えていた長身長髪の男だった。

 くすんだグレーのローブで身を包んだ男のモノクルの下から覗く目は怪しげに細められていた。


 彼のなめまわすような視線にさらされながら腰かける。


「来たか。では早速紹介するかの」

「ンンンンン! 紹介にあずかりました吾輩こそ!」

「まだ紹介しておらんじゃろうが! 黙っとれ! まったく」

「ンンンンン──これは失礼をば」

「こやつがアシ・ニトクリスじゃ。ダンジョン作成をさせておる」

「先ほどの失態はお許しください。吾輩こそが! この魔王領随一のダンジョンメーカー! アシ・ニトクリスでございます。以後お見知りおきを」


 そういうとアシは恭しくお辞儀をした。

 劇場型の話し方といい、大げさな身振りといい、胡散臭い。


「吾輩は小間使いでも役人でもございませんが、この城での滞在を許されております。吾輩は魔法士、研究職ですので、何なりと。して、ファンダイク殿、今日はどういったご用件で?」


 テン、先に教えといてくれ。こんなに話しにくいやつとは思わなかったって!

 こいつブレヴァンだと名前すら出てこないんだって!


「ファンダイクで呼ぶのはやめてくれ。妹もいるから紛らわしい」

「そうでしたか。これは失礼。ファンダイク殿、ファンダイク嬢とお呼びするつもりだったのですが、いやはやご本人から拒否されてしまうとは」

「御託はいい。早く本題に移れ馬鹿」

「ンンンンン! 魔王様の罵倒もオツなものですな。できれば1時間ごとに浴びせていただきたい」


 歪んでんなコイツ。逆にここまでキャラクターが本編に登場しないことが疑問にすら思えてきた。


「ンン? 沈黙は肯定、ですぞ?」

「死ね」


 テンの一言でアシの頭部が破裂した。

 人間だったら汚い花火が打ちあがっていたところだ。


 中枢器官を失った胴体は未だ直立している。


「ンンンンン! 強烈でしたなァ。ま、死なないんですけどね」


 次の瞬間にはあの胡散臭い笑顔が鉄骨のような胴体に乗っかっていた。


「……本題に入るぞ」

「感想はナシですか……まあいいでしょう」

「ファンダイク邸をダンジョン化する。その作成をお願いしたい」

「ほう? それはまた。理由をうかがっても?」


 アシはテンの背後から離れると、席に着く。


「前段階は省くが、勇者パーティーが我が家に襲撃に来る可能性が高いのが理由だ。迎撃手段としてダンジョンが欲しい」

「ンン──勇者パーティーですか。いいですねぇ。魔王様はこれについてはどうお考えで?」

「許可はしておる。あとは貴様の自由にするとよい」

「なるほど。でしたら吾輩の実験に協力するという名目でダンジョン化させましょうか」


 アシは魔導書を取り出すと、テーブルに広げる。

 開かれたページには魔王領からファンダイク領までの地図が記されていた。


「屋敷の場所はここですか……ンンンンン、少々地脈から距離はありますが、地脈ごといじれば何とかなる範囲内ですね……ダンジョン内の魔物はどうしますかな? やはり人型のみがよろしいか。ン、吾輩何か間違えましたかな?」

「いや、初対面で言うのもなんだが、お前仕事できるタイプなんだな」

「ンンンンン!! それはモチロン! 魔王様の謁見を許されているほどの有望人材にございます」


 そういいながら、アシは魔導書にペンを走らせていく。


「魔導書に書き込んで平気なのですか?」

「ええ! そういう魔導書ですので。普通、魔導書に書き込むと魔法が狂ってしまいますがこの『書記官』アーカイブならば! それが正規の使い方、なのです」


 アシによって魔王城と、ファンダイク邸、地脈にマークが記されると魔力の流れるルートが淡く発光し始めた。


「ふむ、この量の魔力が供給できるのならば……まあ、初期魔力はこれくらいでいいでしょう。ンンンンン!! 吾輩、天才!」


 アシは魔導書の別ページに書き込んだかと思えば、それを魔導書から切り離した。


「では、吾輩はコアを作成いたしますのでこれで」

「おい、魔物とかの話は?」

「魔王様には自由にしろと命令されたので自由に作成させてもらいますぞ! では!」

「おい!」


 優雅に一礼するとアシは空間に溶け込んでいった。


 呆然と取り残される。


「すまぬな。傍迷惑なやつなのだ。文句は、コアを受け取るときに言ってくれ。コアが出来上がるまで奴は出てこん」

「ま、いいさ。コアを作ってもらうだけありがたいよ。少しだけ付き合い方が分かったしな」


 ほんとうにすまん、と頭を抱えるテンに、統治者として同情してしまう自分がいた。

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