第37話 怒りに任せてもしがらみは解けない
~ヴィル視点~
「マルタァ!! 覚えてろ……!! 必ずゥ! 殺しにいくからな……!」
「黙ってろ」
口元も氷のマスクで覆われ、マオトはいよいよ抵抗ができなくなってしまった。
「セウロス、国軍に通達を」
「承知いたしました」
控えていたセウロスが兵士たちを引き連れてキャンプに戻っていく。
貴族とは言っても権力的には国王より下だ。
自治権はあったとしても裁判権はない。
逆に言えば、貴族領で起こした罪はそのまま国王の元で断罪されるということ。
国王に選出された勇者が国王に裁かれるのだ。
滑稽以外の何物でもないだろう。
「ぐ……が、あぁぁ!!」
氷のマスクがべちゃべちゃに溶けながら床に滴り落ちる。
四肢を縫い留めていた氷塊の輪郭をなぞるように空間が揺らめく。
「魔法、使えたんだな」
「てめえ……!! どこまで勇者をなめ腐ってやがる……!!」
「いや、純粋な驚きさ。普段、魔法を使ってなかったからね」
てっきり魔法が苦手なのかと思ったがさすがに違ったらしいな。
「まあでも逃げてもらっちゃあ困るよ。はい、『ウィンド・バインド』」
小さくなった氷塊を巻き上げながら暴風が四肢に巻き付いた。
「クッソ……」
「まあ、復讐はお勧めしない。そんなの勇者じゃないだろ?」
「てめえが勇者語ってんじゃねえよ……!!」
「そのまま返すよ。迷惑男。もう時間だ」
酒場の外からは国軍の兵士たちの足音が近づいてきていた。
☆
「まずは、一仕事終わったか……」
「お疲れ様でした兄様」
コトリと目の前に置かれた紅茶から、高級感のある香りが漂っている。
強引に勇者パーティーからマルタを引き離した翌日、マルタを入れ四人になった定例会を終え、くつろいでいた。
イレリアが毎回コーヒーを淹れてくれることを知った途端、すごい勢いで紅茶を淹れだしたのだ。
「我々から罰を与えなくてよろしかったんでしょうか?」
「そもそも貴族が私刑を行う権利はないらしいよ。それにあいつは絶対的な存在から罰せられたほうが効くはずだ。プライドが高いからな」
ただ国王に処罰を任せるといってもリスクはある。国王が自らの監督責任を否定するために刑を軽くする、もしくは無罪となる可能性すらある。
「一応釘は刺したけどあの調子だと復讐しに来るだろうな」
「そうですか。申し訳ございません。私のせいで」
「いや、マルタのせいじゃない。俺が命令したんだ。後処理くらいはやるさ」
どちらにしろ元のストーリーで俺が殺されるまで2年弱はある。
その間に一切勇者が関わってこないとは普通考えにくい。
この世界に、元のストーリーに戻そうとするご都合主義的な法則があるのかはわからないが、念には念を入れて対策する必要はある。
「お手伝いいたしますよ兄様。マルタはたとえ兄様が地獄に落ちたとしても側にいるつもりですから」
マルタのふわりとした笑顔が、暖かかった。
「マルタにはこれからレベリングにも参加してもらおうかと思う」
「わかりました。兄様は何を?」
「子守り」
「子守り!? まさか……けっ」
「してないしてない。子供みたいなやつと話があるってだけだ。そいつ、もうすぐ来るぞ」
マルタはあからさまにほっとしたようにため息をつくと、紅茶に口をつけた。
「あちっ」
こぼしたらしい。
「おいヴィル!! 来てやったぞ!!」
応接室の扉が勢いよく開け放たれ、話題の人物がドアノブにぶら下がりながら入ってきた。
「ドアノブで遊ぶな。壊れるだろうが。その扉高いんだぞ」
「魔王が来てやってんだぞ!! そのくらいいいだろう」
なんでも数十年物のアンティークらしい。そんな高いものを取り付けるなと言いたいところだが、この屋敷全体がアンティークらしく取り換えは諦めるしかなかった。
「ほら、落ち着いて座れ。こっちが俺の妹マルタだ。失礼なことするなよ」
テンとマルタの視線が交わる。
「に……」
「に?」
「兄様はロリコンなんですか……? もう私には兄様の性癖がわかりません……」
「違うし、わからなくてもいいよ!?」
「我もロリじゃないし!! お前たちよりは長く生きてるからな!?」
ああ、ちゃんと面倒なことになったな。
「テンは魔王だ。協力関係にあるだけで何もない。兄の言葉が信じられないとでも?」
「いえ……そういう言い訳では。ただ見ないうちに兄様の周りに女が増えていたもので取り乱しました」
「なんじゃこいつ。本当にお主の妹か?」
テンがマルタの顔を覗き込みながら眉をひそめる。
「ちゃんと俺の妹だよ。挨拶はもういいだろ。本題に移るからな」
「そうじゃった。そうじゃった。で、呼びつけた理由はなんじゃ?」
空気が張り詰める。
先ほどのギャグ時空は影すらない。
「この屋敷をダンジョンにする。手伝ってくれ」
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