第34話 終盤のような序盤のような
~勇者視点~
ファンダイク領中心街を出発した俺たちは魔王領に向かうべく、ネフェル村に向かっていた。
魔王領には王国内のように街道が通っていない。そのため、魔物の街道ともいえる魔力の濃い地脈に沿うようにして魔王領に向かわなければならなかった。
その地脈上にあるのがこのネフェル村だ。
「なんもねえなー」
「農村ですからねー。でも、ちょっと街並みとか素敵じゃないですか?」
「俺みたいな偉大な男がいるには貧相すぎだこの村は」
エルフのセネカにも農村というものは物珍しいらしく、きょろきょろと頻繁に頭を動かしながら歩いていた。
ちなみにネトは農村に着くや否や、俺の許可をもらうと村の中心へとすっ飛んで行ってしまった。
「村長のとこに行くぞ。チッ、何で俺から行かなきゃなんねえんだよ」
勇者が来たのだ。
本当なら村人総出で出迎えるのが礼儀だろうが。
何事もなかったかのように平穏な時が過ぎている村に内心憤りを覚えながら村長の元へと向かう。
村長の家を訪れると、中から慌てながら飛び出してきた村長が応接室まで震える足で先導しながら俺たちを案内した。
「こ、この度の訪問に、あ、厚く御礼申し上げます!」
「敬ってんなら総出で歓迎するのが筋だよなぁ!?」
「と、突然いらっしゃったもので……す、すみません!」
「だとしても気づいた瞬間にそういう態度とるはずだよなぁ!?」
村の中心近くにある村長の家に向かうまで誰も話しかけてこなかったのだ。
以前、クエストで訪れた時は村に入った瞬間に歓迎されたはずなのに、今回は誰も彼も俺などいないかのように普段通りの生活をしていたのだ。
明らかに畏敬の念が足りてないのである。
「さ、酒場と宿はお詫びとして無料で提供いたしますので……どうか、どうかお慈悲を……!!」
「酒場って言っても安い酒しか置いてねえじゃねえか!! 宿だってボロいしよォ!!」
それにあの酒場、マスターの接客が悪いんだよ。ちょっと騒いだだけで俺を追い出そうとしてきやがった。
小心者が酒場で働いてるんじゃねえ。
なおもプルプルと体を震わせながら村長は懇願する。
「で、ですが。この村で提供できるのはそのぐらいしか……」
「女がいるだろ女が!!」
「お、おりませぬ! み、みな働きに出ておりますゆえどうか……!」
「知ったこっちゃねえんだよ! いいか? 宿も酒も女も最上級のモノを用意しとけ。それが魔王を倒す勇者への礼儀ってもんだ。いいな?」
「で、ですが……」
なおも村長は食い下がろうとする。
「国王にこの村のことを言ったっていいんだぜ? 勇者に協力しない売国奴の村だってことをなァ!!」
「わ、わかりましたから! それだけはッ!!」
おびえながら了承する村長に何度も勇者への忠誠を誓わせたのち、俺たちは村長の家を出た。
外はもう夕方を過ぎ、宵へと向かっている。
「セネカ、おまえはどうする?」
実際、魔王領へ向かうための準備などやることはある。だが、その前にどこかで村長によって蓄積された鬱憤を晴らしたかった。
「私は物資の調達と弓の調整でもしようかと」
「了解。酒場に行ってくる。来るなら来てもいいぞ」
「行ってらっしゃいませ」
セネカはふわりとほほ笑むと宿屋の2階へと上がっていった。
そんな彼女に背を向けるように俺は酒場のカウンター席に座った。
「お客様、こちらが当酒場の最高級品、20年熟成されたエールでございます」
埃っぽい酒樽からジョッキ並々に黄金色の液体が注がれていく。
「おい、そこの。我にも同じのをくれ」
隣から若い、というよりは幼い女の声が発せられた。
「おい、ガキが来る場所じゃねえぞ」
「失礼な。ガキじゃないわ! マスター、我にも酒!」
「あいよ」
マスターと呼ばれたおっさんが淡々と2つ目のジョッキにエールを注いでいく。
「ちょっとまて、何でてめえがこの酒飲んでんだ。勇者こそふさわしい酒だぞこれは」
「は? 何を言っておる。金を払うなら何を飲むかなんて個人の勝手じゃろう。他人が口出しするでない。まして専門家でもない貴様が」
このクソガキ……!!
胸倉をつかもうとした腕が空を切る。
クソガキはいつの間にか一つ席を移動していた。
「お主、勇者と言ったな」
「ああ!! 俺が、俺こそが勇者マオトだ! てめえが逆らっていい人間じゃねえんだよ!」
「ほーん……お主、何者じゃ?」
「だから勇者だっつってんだろ!?」
おちょくってんのかこのガキァ!!
つかみかかる俺の腕をひらりと躱し続けながらクソガキは語り始める。
「魔力とその身体は間違いなく勇者の資格を持つものじゃ」
「だったら勇者だろうが!」
怒り狂っているせいか頭がくらくらし始める。
「お主の魂がの~本当にお主の魂なのかのぅ?」
そういたずらっぽくほほ笑む彼女の顔がひどく人間離れしたように見えた。
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