第23話 循環するもの
「で、はなふぃっへ?」
口いっぱいにクッキーを頬張りながらテンが尋ねる。
しこたま俺に怒られて不貞腐れていた機嫌をクッキーのおかげでなんとか話せるレベルまで回復できた。
もうあれだ。こいつは小学生だ。ただ単に権力を持ってしまっただけの子供と変わりはない。
「まずは口の中のもの無くしてからしゃべりなさい」
ゴクン、と大きく喉を鳴らして嚥下する。
「ここまで我に文句を言うのはお主くらいじゃぞ。話ってなんだ?」
「勇者を襲撃したんだろ?」
「ああ、あれか。リニューアルじゃ」
「リニューアル?」
勇者を襲撃することで何かを更新できるなんて聞いたことがない。
テンは足を組んだまま浮遊すると、コップに口をつける。
「年季の入った魔物を処分させているのじゃ。そういう点では勇者というものは便利な存在かもしれんの」
「処分って、魔物は家来じゃないのか?」
「家来じゃからじゃ。死なせてやらんと世代が変わらん」
俺がぽかんと口を開けていると、理解していないと思ったのか、テンはため息をつき説明を始めた。
「我らはお主ら人間がいうところの魔物じゃ。魔力から生まれる。厳密には生命体ではないのじゃよ。じゃから寿命もない。何事もなければ永遠に生き続けてしまうのが我らじゃ。だがの、寿命はなくとも劣化はするのじゃ。不死まがいであっても不老ではない」
そう言うテンの顔に先ほどまでの子供らしい表情は消え失せ、真剣な顔をしていた。
「じゃから長い年月を生きてきた魔物は1度殺し、魔力として還元させる。そうすることでまた魔力が高まった状態で生まれなおすことができるのじゃ。勇者や人間の村を襲う理由のほとんどが殺させるためなぐらいじゃからの」
「そんなの……お前の手で殺せばいいじゃねえか」
「お主は死にかけの老人に手をかけることはできるのか?」
出かけた言葉が喉元に引っかかる。
「また生まれてくるにしても嫌じゃろ。だから我らは襲撃をしておる。ぶっちゃけ戦利品などいらんのじゃよ。ふー、ひさしぶりにまじめに話してしまったわ。おみずおみず……。ぷはー。で、話はそれだけか?」
「いや、できればなんだがこちらと協力して勇者襲撃を行うまで奴らには手を出さないでいてほしいんだが、可能か?」
「その分の奴らを他の街に向かわせるが、それでいいのか?」
「問題ない。その魔物たちは遠慮なく討伐していいんだろ?」
「むしろ討伐してくれ」
うまく魔物が襲撃する地点をずらせば、住民たちの勇者に対する感情を動かせるかもな。
わざと勇者パーティーから遠い地域に魔物を出現させ、ファンダイク家の兵団で討伐。そうすることで襲撃に助けに来なかった、もしくは遅かった勇者の評価を下げ、兵団の評価を上げることにつながる可能性もある。
まあ、あとは単にレベリング要素が自分から来てくれるんだから兵団を強化したいこちらにとってはありがたい話だな。
「了解した。襲撃前に場所だけ教えてくれれば遠慮なく討伐させてもらう」
「勘違いするなよ。奴らもみすみす殺されに行っているわけではないからな」
テンは目の前まで浮遊してくると耳元に口を寄せてきた。
「ちょっと大きい声ではいえないんじゃが、体に星マークが彫ってある奴らだけは倒さないでくれ。あれ、我が監視用に派遣した奴らなんじゃよ」
「やっぱお前だったか……」
最初に農村を襲撃したトロールも、経験値ダンジョンで魔力を吸い出していた謎のツタにも五芒星のマークがあったことは覚えている。
「なんで俺を監視してんだよ……そういうのは勇者にしてくれ」
「いや~我専属のトロールを簡単に倒してしまったお主が気になってしもうて」
テンは腕を組み、誇るような顔で胸を張る。
「やはり我の勘は正しかったな。お前という逸材を引き入れることができたのだからな!!」
「まだ入ってない」
「でも入る!」
「断言はしないし、そもそも大声で言うなよ!? 一応俺、まだ貴族だからな!? 事情知らない使用人が聞いてたらどうすんだよ!?」
何を馬鹿なことをとでも言いたそうに大きな目を開いてこちらを見上げてくる。
「殺せばいい」
「魔物と違って復活しないんだよ!!」
殺伐としてるな……これが種族の違いかもな……。
「話はそれだけだ。ありがとう」
「じゃ、我、帰るな。じゃあな!!」
全速力でドアに向かおうとしたテンの首根っこをつかみ引きずり戻す。
「まだ、終わっていないものがあるな?」
「な、なんじゃろな~? わ、我、人間のことわからな~い」
「人間の言葉理解しているなら十分だ」
こちらを見上げてくる目が徐々にうるんで、子犬のような媚びる表情に変わっていく。
「おねだりしても無駄だぞ」
「さっき謝ったじゃろう!? ええい離せ! 我、魔王じゃぞ! 偉いんだぞ!」
「落ち着け。別に説教をするわけではない」
「ならいい。なにがしたいんじゃ?」
ほっと息を吐き、テンの顔に笑顔が戻る。
その顔をまた絶望に追いやるような言葉が俺から飛び出した。
「説教はしたが反省はさせてない。行くぞ。反省室に」
「いやじゃ! あ~~!!」
バタバタと抵抗するテトをひっとらえて、俺は反省室に直行した。
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