第22話 魔王とは長い付き合いになりそうだ

 魔泉の森で兵団が訓練を始めてから1年が過ぎた。

 勇者襲撃まで、あと4年。


 兵士たちのレベルも30を過ぎ、兵力増強計画は順調に進んでいた。


 兵士長から今月の進捗報告を受け、俺は一人、コーヒーを楽しんでいた。


「ヴィル様、少々よろしいですか」


 応接室の外から使用人の声がかかる。

 用件を言うよう伝えると、別の声が聞こえた。


「レイアです。勇者の件についてご報告にあがりました」

「レイア? 入ってくれ。聞かせてほしい」


 失礼いたしますと控えめな声で言うと、給仕姿のレイアがデスク前まで来る。


「勇者パーティーはもう中心街ここから旅立ったんじゃなかったのか?」


 マルタからの手紙には数日前からファンダイク領の中心街から離れ、他の領地へと向かう準備をしているとの旨が記されていた。


 中心街での工作しか命じていないレイアが今さら報告に来るということ自体に違和感がある。


「中心街から離れてはいるのですが、道中の街道で魔物の襲撃に会い馬車が損傷したようでまだ近くに滞在しております。そのため工作は継続させることにしました」


 魔物の襲撃……テンの仕業か? おかげでレイアの工作は進展しそうだが、あいつにはこの計画は伝えていない。

 後で確かめてみるか。


「こちらの誘導の効果は出ているようです。まだ酔った場合のみですが、マルタ様への愚痴や暴力未遂の件数が着実に増加していますね」

「妹への手紙は?」

「無事、ギミックを解かれたようですね。ここ半年で何度かダンジョンに潜っておりますけれども1度も聖魔法を発動しておりません」


 聖魔法は俺たちが発動している魔法の体系からは外れた魔法だ。他の5属性の魔法が、誰でも初級魔法なら使えるのに対して、聖魔法は一部の適性のある者しか使用できない。

 しかし、聖魔法はダンジョンボス討伐とダンジョンの破壊には必須なため国によって保護されている。


 国から保護された人間が、国に選ばれたパーティーで職務放棄。

 気づかれたら追放だな。っていうか気づくだろ。


 ちなみに聖魔法の使用者に対する処刑は禁止されているらしい。そもそも絶対数が少ないかららしく、犯罪を犯した者は国軍に絶対服従させられたのち、ただ聖魔法を発動する機械のように扱われるらしい。


「ダンジョンコア、ボスは勇者パーティーの討伐ののち、蘇生妨害措置を行っておりますので彼らはまだマルタ様については疑いの段階で止まっているようです」

「それでいい。引き続き監視をお願いしたい」

「承知いたしました」


 レイアは深々と一礼すると応接室から去った。


 勇者にはまだ疑いの段階のままでいてほしい。そのままレイアの言葉を鵜吞みにしマルタへの信用度を0にまで押し下げる。

 聖魔法の種明かしはそれからだ。


 ☆


 応接室での仕事を一通り終え、寝室に向かうとガサゴソと何かを漁る物音がした。

 誰だ?

 ファンダイク邸は貴族の屋敷ということもあって兵団と魔法の二重の監視で守られている。その上、寝室は寝込みを襲われる危険性があるため俺自ら風魔法で結界まがいの防壁を築いている。


 それを突破してきた猛者のはずなんだが……物音が大きすぎる。


 今何か落としたな。


 俺の足音に気づいたのか慌てているような音の後、無音になる。


 そっとドアを開ける。

 人影はない。


 寝室は無駄に大きい。ドア付近から全体を確認することは難しかった。

 薄暗い室内を忍び足で歩いていく。


 空調なんてあるはずもなく、湿気の多い空気が肌をなめる。

 洗ったばかりのシーツのにおいに混じって埃のにおいが漂ってくる。


 ドア裏も調べたが入り口付近に人の気配はない。


 ようやく暗さに目が慣れてきた。


 少しづつ奥のベッドへ近づいていく。


「──!!」


 衣擦れの音に足が止まる。


「……何してんだ」


 シーツに包まる、子供ほどの大きさの何かに思わずため息をついた。


「勝手に人の家に入ってくるな。テン」


 シーツを乱暴に剥ぐと、そこには罰の悪そうな顔をしたテンが丸まっていた。


「いや、その……遊びに来たんじゃが……け、決して魔導書を盗んでやろうとかそれで強請ってやろうとか考えていたわけではないぞ!!」

「全部言ってる。それでよく魔王が務まるな」

「生まれながらにして高貴な魔王であるからな!!」

「褒めてはない」


 ベッドの上でない胸を張る。

 ちなみにネクロノミコンは肌身離さず持っているため、寝込みを襲わない限り盗むことはできない。


 でもちょうどいいか。テンに聞いておきたいことがさっきできたばかりだ。


「応接室に行くぞ。話したいことがある」

「ご、ごめんなさいなのじゃあ! もうしないから……配下になってくれえ……」

「そうじゃない。別の話だ。勇者を襲ったんだろう?」

「ああ、その話か。いいぞ。我が戦果、聞かせてやろう」

「でも、あとで説教な」


 スキップして扉に向かっていたテンの足が止まる。


「仮にも協力関係の人間の屋敷に忍び込んだんだ。反省ぐらいはさせないとなあ?」

「そ、そんなあ……いいじゃろ我魔王だし!」

「よくない」


 ふてくされる魔王の首根っこをつかんで応接室まで連れていった。


 ──娘がいたら、こんな感じなのかな。いや、ないな。こんなクソガキは世界に1人でいい。


 ─────────────────────────────────────

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