第20話 ステゴロ辞めます

「武器が欲しいな」

「何を今さら言っているのかしら? 素手でウィッチ倒してたくせに」


 唐突に漏らしたつぶやきにもかかわらず、イレリアはある意味お手本のような反応を返してきた。


 実際、ウィップ・ウィッチ程度の魔物相手なら素手と魔法だけで討伐できる自信はある。弱点部位や属性を知っているのも大きい。


 だが、俺の最終的な相手は勇者だ。灯台下暗しとはよく言ったもので主人公キャラの弱点などユーザー知る由もないのだ。


 加えて現在の勇者はブレヴァンの正規ルートから外れたストーリー上にいる。ゆえにイレギュラーが発生する可能性も低くない。


「備えあれば憂いなしなんだよ。それにずっと素手ってのもカッコ悪い」

「そっちが本音じゃないの?」

「どうだか」


 今は魔泉の森の入り口に立てたテントでの定期報告会が終わった直後。

 イレリアの手元からは湯気が立っていた。


「はい、コーヒー。砂糖はいらないのよね。苦いのによく飲めるわ」


 俺の前に置かれたマグカップからはインスタントでは味わえない複雑な香りが漂っている。

 この世界、コーヒーあるんだよな。輸入品だけど。


 なんでもこのコーヒー、栽培できるのが魔王領のとある地方のみらしく、現代日本のように数百円で買えるようなものではないらしい。

 この中世のような世界にコーヒーがあるという事実が、ここがゲームの世界だということを思い出させてくれる。


 カップを持つとじんわりとした熱が手のひらを包む。


 社畜時代にバカ高いエナドリの代わりに浴びるように飲んでいたから、砂糖を入れる習慣がない。

 なぜか糖尿病には気をつけてたんだよな。


 一口、コーヒーを含むとほろ苦い風味が鼻腔まで駆け巡る。


「美味いな。カフェも経営できるんじゃないか?」

「あたしは酒が好きだからバーを変えるつもりはないよ」


 イレリアは自分の分も注ぐと俺の正面に座った。


「それで? 武器の目処は立ってるのかしら」

「魔導書だな。近接戦闘は柄じゃない」


 ウィッチ戦で感じたことだが、近接戦闘では日本にいた頃の俺の運動神経を基準にして体が動くのではなくヴィルの運動神経を基準にしたイメージで体を動かしているようだ。

 そのため俺が想定していた動きよりも機敏に、力強く動いてしまい脳が追いつかない可能性が出てきた。


「魔法主体の方が安全かつ効率的に戦える。魔導書は魔力消費を抑えたり、詠唱補助で効果範囲や威力を高めることもできるんだろ? 下手に近接戦闘を意識した武器よりも俺に合うはずだ」

「ま、あたしとしてはそっちの方が守りやすいから賛成よ」


 静かなテントにイレリアのマドラーの音が響く。


「それで目当ての魔導書はあるの?」

「ある。それも魔泉の森にな」


 もちろんボス討伐報酬ではない。魔王が来てうやむやになっていたがきちんと『指輪のようなもの』を回収してある。

 確か装備時の効果は魔力が倍増する代わりに常時体力を一定割合ずつ削るというもの。


「この森にはまだ探索していないルートがあるだろ? どこかにウィップ・ウィッチの家があるらしい」


 正確に言うとこの森に隠しルートがあるということ。ボス部屋手前のマップには道としては表示されていない獣道が隠しルートとして存在している。

 その隠しルートをたどった先にある魔女の家で見つかるものが今回の目当てだ。


「先日は異変調査が目的で、探索は省いていたからな。改めて取りに行く」

「あたしはバーに戻るわ。勇者のことも探ってみる」

「了解。また何かあったら頼む」

「報酬はたんまりもらうわよ」


 ☆


 魔泉の森深部──。


 鬱蒼とした茂みの隙間にそれはあった。


「うまくカモフラージュされてるんだよな。知ってる俺もスルーしそうになるくらいに隠されてるんだから、やっぱゲームと現実じゃあ勝手が違う」


 ボス部屋へ向かうルートからは少し外れた道の下草をかき分けると一筋の獣道が現れた。


 整備どころかあまり踏み固められてもおらず、獣すら頻繁には利用しないことが透けて見えた。


 スポンジのような柔らかな踏み心地がなんとも言えない気持ち悪さで、歩幅が狭くなる。


「ブレヴァンだったら道に入ったらすぐ家に着くのに……!!」


 エリア移動のザッザッザって音が恋しくなるなんてな!! 移動の省略は古来、青い狸の時代でも某ピンクのドアとかあるのに何で転生しただけでその利点が省略されることになんのかなぁ!?


 悪態とぬかるみに気を取られながらやっとのことで魔女の家までたどり着いた。


 別に魔女の家といっても童話のようにお菓子で作られているわけではない。むしろこんなじめじめした森の奥でお菓子の家なんて建てたら1か月のしないうちにカビだらけになってしまう。


 実際、目の前の木造家屋の軒先でもカビかキノコかもわからない菌糸が蜘蛛の巣のように張り付いている。


「魔導書もカビまみれになってない……わけないよな」


 確実にカビと埃でデコレーションはされている。もうこの際使えればいいや。


 何かでひっかいたような傷のあるドアをゆっくりと開いていく。

 室内はかろうじて窓際に並ぶ本棚が確認できるくらいの薄暗さだった。


「『ルミナ』」


 バチッという弾ける音とともに俺の掌に発光体が現れる。


「意外ときれいだな」


 おんぼろな外観とは裏腹に室内に埃は飛んでおらず家具も荒らされていない。

 さすがに魔女が住んでるだけあるか。ちゃんと掃除してんだな。


 リビングからキッチン、風呂場とくまなく探索してみたが魔導書らしき書籍は見当たらない。


「もうここしかないな」


 部屋の外にまで書籍であふれている、書庫らしき部屋のドアノブに手をかける。


 本の山を崩さないよう慎重に開けると、その中も本の洪水が起こっていた。


「何やってんだよ……」


 書籍タワーの頂点で浮いていた奴がいた。


「なんでこんなところで寝てんの?」

「……ぐぅ」


 先日、帰っていったはずの魔王テンがへそを天井に向けて気持ちよさそうに寝息を立てていたのであった。


─────────────────────────────────────

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