第16話 追放へ
ヴィルに転生してから2年が過ぎた。
経験値ダンジョンによるレベリングの効果はすさまじく、転生当時の平均レベルが15レベルだった兵団は22レベルにまで成長した。
兵士長を含む一部の兵士は少数人数でボスのゴーレムを討伐できるようになり、レベリングは佳境を迎えていた。
「最近1か月のレベル効率が落ちてますな。イレリア殿の経験値ダンジョンではもう兵士たちにとってはつまらないかもしれません」
そういうと兵士長は長机に紙を広げた。
大判の紙には兵士一人一人の名前からレベル、習得魔法や装備まで事細かに期さされていた。
ギア・ドラゴン戦後、俺とイレリアに頭脳面をみっちり仕込まれた兵士長は自ら進んで分析や事務作業を買って出るようになった。
「もう潮時ね。うまみがないわ」
兵士のレベリング効率の推移を眺めながらイレリアはそうつぶやいた。
俺、イレリア、兵士長の会議は月に1回の定例会となった。
兵士たちを身近で見ている兵士長とダンジョンの変化に敏感なイレリアからの意見は育成プランの構築の重要な要素だ。
兵士の生の声だったりダンジョンの状況についてはブレヴァンの知識で完璧に賄えるものでもないからな。
それにしてもレベル上昇が早いな。
2年目にして兵団の全員が20レベルを超えている。
勇者襲撃まであと5年。あと5年で25レベル以上上げれば勇者のレベルを兵団全員が超えることになる。
理想通りに進ませるには……
「魔王領に向かうぞ」
「……はい?」
兵士長は思わずぽかんと口を開けていた。
「いま、なんと?」
「言葉が足りなかったか。魔王領の『魔泉の森』でレベリングするぞ」
「私の耳は正常ね。よかった。ところであなた、魔王って何かわかってる?」
「もちろん。ファンダイク領に隣接している地域の王で魔物たちの長だろ? 心配するな。通達はしてある」
意外にも他の貴族と同じように手紙でやり取りすることができた。といっても現代日本のような郵便制度ではもちろんなく、ファンダイク領との境まで兵士が届け、その後、魔王の城までは雇った魔王側の商人に届けてもらう形となった。
ブレヴァンの知識で魔王やその配下にいる『知性を持つ魔物』の存在は知ってたけど、こうやって改めて現実でやり取りをしてみると『知性ある魔族』と人間なんて人種の違いほどにしか差がないような印象があった。
「ほら、返事の手紙もある。『魔泉の森に関しては何も干渉しない』だそうだ。ただし、責任も負わないとのことだがな」
魔王からの黒い封筒を取り出すと、スッと机の上に置いた。
瞬間、封筒の中から一枚の手紙が飛び出し、広がる。
『ファンダイク殿
魔泉の森の件は承知いたしました。魔王イストアの名において貴殿への干渉は一切いたしません。万が一、死亡事故等発生いたしましても責任は負いません。
追伸:できれば顔を合わせたい。お主とは長い付き合いになりそうじゃからの。それと勇者の件は任せるのじゃ。
そう遠くないうちにまた』
手紙は五芒星を浮かび上がらせるとまた封筒の中へ戻っていった。
「ということで許可も出たし『魔泉の森』へ行くぞ」
「ツッコミ……いえ、気になる点が多いのだけれど」
「遠慮なく言ってくれ」
「あなた、国王に反乱するつもりなの?」
イレリアは目の前まで来るともう一度封筒から手紙を取り出し、突きつけた。
「現国王と魔王は対立してるのよ? 国交もない。そんな相手に仮にも国王の支配下にある貴族が手紙を出していいわけがないじゃない」
「先に結論から言おう。今のところは氾濫する気はない。それに我が国と魔王領で公式の場での交流こそないが、商人たちは行き来してるんだ。その荷物の中に貴族からの手紙が混じっていたとしてもばれはしないさ」
「でも魔王が国王様に言っちまう可能性はあるんじゃねえですかい?」
イレリアから手紙を取り返すと丁寧に封筒に戻す。
「その可能性もほとんどない。対立状態が拮抗している現在、俺が魔王との交流を持とうとしていることは相手にとって重要なピースになる。俺を利用して中から崩す戦略が使えるようになる可能性があるからな。そんな『使える』人間の存在を自ら明かす可能性は低い」
イレリアはしぶしぶ自席に戻ると考えこみ始めた。
「じゃ、じゃあヴィル様、勇者の件って何でございましょう?」
ブレヴァンのストーリーを知っている俺はともかく二人にとって勇者はまだ人類の救世主であり国王が選定した国の重要人物なんだろう。
「マルタを追放させ、ファンダイク家に戻す。そのためにレイアと魔王には協力を仰いだ」
「マルタ様を追放ってまた……なぜそのようなことを」
疑いの目を向けてくる二人に言い放つ。
「5年後、俺はマルタに殺される。勇者パーティーの女魔法使いマルタに。この運命を俺は覆す」
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