第12話 眠りの先の花園
~勇者視点~
不親切なバーに追い出されたのち、俺は宿屋に併設してある酒場でうっぷんを晴らしていた。
貴族領の繁華街にある宿屋は酒場が併設されている場合が多い。食堂の代わりだったり、宿泊客以外の客を取り込もうとした結果らしい。
繁華街には金のある商人も多く、そいつら向けにいくらか飲める酒も用意されていた。
「お待たせいたしました。タカイホーノ・エールでございます──あの、何か?」
ジョッキを運んできた給仕をしげしげと観察する。
小柄な体躯に長い金髪、適度に膨らんだ胸。
白く柔らかい肌に、ヒスイのような大きな瞳。
皿洗いに掃除と毎日水に触れているはずの手は白く、なめらかだった。
酒場の給仕をしていい美貌ではない。
「お前、名前は?」
「レイアです。何か御用でしょうか勇者様?」
少し震える声で娘は返す。
宿には勇者一行であると伝えてある。この娘もそれを聞きつけて緊張しているのだろう。
先ほどのバーではさんざん恥をかかされたからな。勇者をちゃんと敬っているか見てやろうじゃねえか。
「お前、いつから働いてるんだ?」
「半年ほど前です」
「へえ……にしては手とかきれいじゃねえか。傷一つない」
「店長のご厚意で魔法で守らせていただけているんです」
普通、給仕は魔法で手を守ったりしない。そもそも魔法が使えるやつが少ねえし、魔法が使えるやつは魔法を生かした職に就くから給仕などするはずがない。
目の前のレイアという女からは魔法が使える人間特有の魔力の波動が感じられない。
つまり、こいつは店長の性癖に刺さったお気に入りというわけだ。
ああ、わかるぜ店長ォ。出るとこは出て引っ込むところはちゃんと引っ込んでるこの身体はキープしておきたいよなぁ。
──いいこと思いついた!
「なあ、こっち座って話さないか? お前のこと知りたくてよ」
「ですが……まだ仕事が……」
「いいよなァ!? 店長ォ!!」
沈黙ののち、店長はゆっくり首を縦に振った。
よく立場を理解してるじゃねえか。
今からお前のお気に入りのこいつを俺のものにしてやるよ。そこから指くわえてみてな。
「店長のお墨付きも得たことだし部屋に行くぞ」
「ここで話すのではないのですか!?」
「店長の許可が出たからな! ゆっくり話そうぜ」
エールを半分ほどのどに流し込み、レイアの手を取る。
思いのほか抵抗は少なかった。しおらしく従順に俺の部屋までついてきた。
いやに物分かりがいいな。
だが、男の部屋に入っちまったことに変わりはねえ。不用心に部屋に入ったことを後悔、いや逆にいろんなモノが開花しちまうかもしれねえなぁ?
宿屋の部屋はベッド一つと物置があるだけの簡素な内装だ。椅子もテーブルもない。
つまり人が座るのはベッドしかないということだ。
レイアは俺の部屋に入るとちょこんとベッドに腰かけた。
「あの……話って何でしょうか?」
「別に身構えるもんじゃねえよ。世間話さ。世間話」
コップに注いだ黄緑色の酒を酒場から奪ってくると、レイアに渡す。
「飲みながら話そうや。ほら、遠慮せずグイっといきな!」
「で、ですが……」
ああくそ、じれってえな。俺がちょっとピンクな雰囲気にしようとしてるのによォ。
「勇者様からの施しだぞ? 飲めないっていうのか?」
「い、いえ……いただきます」
そういうと恐る恐るレイアは酒に口をつけた。
あーあ。飲んじまった。どこまで不用心なんだこの娘は?
もちろんこの酒がただの酒なわけがない。睡眠魔法を施してある、名付けてだれでもワンナイト酒だ!
睡眠魔法は酒の液体に直接発動してある。
いくら魔法に対する防御力が高かったとしても体の内側を意識的に防御することはほぼ不可能だ。
つまり、この酒さえ飲ませれば聖女だろうが賢者だろうが誰でも眠りこけてしまうのである。
「うまいだろ? こんな街でも高い酒はうまいんだよな」
もちろん嘘である。こんな町娘に与える酒が高いわけがない。ただのリキュールだ。
「おいしいです。でもよろしいのですか? パーティーの方たちに申し訳ないような……」
「大丈夫、大丈夫。あいつらはもう寝てるから。今は二人っきりの時間を楽しもうぜ」
「は、はあ。お仲間にファンダイク様の妹さんもいるのに申し訳ないな……」
「マルタなんか気にすんな。あいつは生意気だったからどうせ後で罰を与えるしな」
今日、あいつは先に酒場に入ったくせに俺の酒を頼んでおかなかった。ほかの奴らなら不眠不休コースで地獄を与えている。
ただ処女を守る必要があるのがなんとも憎い。
こっちはイライラして止まんねえんだが。
「妹様は、あまり良い噂は聞きませんから、パーティーでも問題が?」
「よくない噂あるのか? 聞かせてくれよ」
あいつをゆする手札が増えるな。
これでまた生意気なマルタを調教できる。
レイアはニヤッと笑ったかと思うと、語りだす。
「マルタ様、あなたが嫌いでたまらないから毎晩、酒場に戻ってきて店主に愚痴を言っているそうです。なんと嫌がらせも考えているとか」
「……それは嘘でないんだな?」
「あくまで噂ですので」
このことが事実ならばマルタには早急に俺自身の手で罰を与えなければ。
もはや聖魔法が使えなくなってもいい。一発やればおとなしくなるはずだ。
「ヤるしかないか」
立ち上がろうとしたが、足がもつれてうまく立ち上がれない。
頭の中に靄がかかったように四肢の先から言うことを聞かなくなっていく。
「私、魔法無効なので、その酒は効きませんよ。おサルさん」
足音が徐々に遠ざかっていく。
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