第11話 勇者とはトラブルメーカーを美化した言葉である
「アンタがマスターか?」
「ああそうさ。『ヘカテ』のマスターはあたしだよ」
「やっと見つけた……!!」
じゃらじゃらと装飾品と剣を打ち鳴らしながら入ってきた少年は歓喜の声を上げる。
周りの客を押しのけながらどかどかと奥へ進むとカウンターから身を乗り出すように手を突いた。
「ダンジョンを教えろ!!」
外から聞こえてくる馬車の音を肴にウイスキーをあおる。
自動車とは違うどこかのんびりとした車輪の音が心地よく店内を駆け抜けていく。
せわしない日本の都会とは違う、人間味のある温かさってのを味わうのは何気に初めてかもしれない。
「なぜ何も言わない!?」
「ダンジョンって言われてもね、あたしがダンジョンの関係者だと思うかい? ただのマスターだけど?」
「それで言い逃れできると思うなよ? さっさと言えよ」
勇者が拳を打ち付けた拍子にカウンターに並べられた酒瓶が飛び上がる。
天を突くようにとがった金髪に深い青のローブ、そして腰に下げた『破魔の剣』。服装は間違いなくブレヴァンの勇者だ。
しかし今のところその性格は勇者というより地方都市でイキっている不良の方が近い。
「お門違いだよ。酒飲まないなら帰ってくれ」
「調べはついてるって言ってんだろ!! 勇者に従えないのか!?」
「何を焦ってんのよ。勇者だか知らないけど礼儀もなってないガキに教えることなんてないよ」
「貴様ァ……!!」
勇者の手がイレリアの襟に伸びる……!!
その瞬間、
「イレリア、もう一杯頼む」
2人の熱気に割って入るように俺の声が響く。
こちらを振り返った2人に見せびらかすようにグラスを軽く振って氷の音を立てた。
「誰だ! 俺が勇者だと知っての邪魔なんだろうなぁ!?」
そっか、
この世界にはカメラもスマホもないどころか画像を送信するような魔法もない。
会っていたとしても勇者の任命式の時くらいだろうし、俺の顔を知らないのも当然か。
なら逆にこの立場を利用してみるか。
「ああ。さっきアンタが自分で名乗ってたじゃないか」
「だったらなんで邪魔するんだよ!?」
「そりゃ、イレリアに殴りかかろうとしてたからだろう。ここはダンジョンじゃない。暴力が認められる場じゃないんだよ」
勇者が青筋を浮かばせながらこちらを睨みつける。
完全に矛先が俺に向いたな。
イレリアからグラスを受け取り、口をつける。
「ダンジョンで何するつもりだ」
「はぁ? 馬鹿なのか? レベリングに決まってんだろ」
「だったらやめた方がいい」
「なんでだよ」
視界が勇者で埋め尽くされる。
近づく以外の圧のかけ方を知らんのかコイツ。
「今、少々異常が発生していてな。魔物の討伐は控えた方がいい」
「は? てか誰お前? 勇者にそんな口きいてもいいと思ってんの?」
他の客たちがぎょっとした顔でこちらを向く。
「妹、元気にしてる?」
「答えになってねーじゃねえか。アホなの?」
「いや、答えにはなってるさ。勇者パーティーに妹がいるからね」
勇者は目を見開くと半歩下がった。
気づいたな。こういう時、身分が高いって便利だな。
「お前……ヴィル・ファンダイクか……?」
「そうだが?」
「なんで貴族がこんなバーに来てんだよ!?」
こんなとは失礼な。日本にいたころに飲んでいた酒よりうまいぞここの酒は。
「別に貴族が来てはいけない規則はないだろう?」
「庶民派貴族が勇者の邪魔してるんじゃねえよ! お前には関係ないだろ!?」
「いいや。ここは俺の領地だ。領地内でのトラブルは見過ごせない」
「てんめえ、勇者をトラブル扱いかよ!?」
そりゃそうだろ。いきなり店に来たかと思えば礼儀知らずの要求を繰り返した挙句、逆上してつかみかかろうとしたんだからな。迷惑客以外、分類するカテゴリーはない。
「それに、ダンジョンは最初話した通りトラブル発生中だ。お引き取り願おう」
「それ、絶対俺を返すための嘘だろ!」
勇者に襟首をつかまれながら、首を横に振る。
こんな子供っぽい奴が勇者なんて聞いて呆れる。今まで主人公補正でなんでも思い通りにいっていたから我慢すら学べなかったらしい。
主人公補正にもデメリットあるんだな。
「いいや。今ダンジョンに部下がいるからな。その勇者とやらの権力を使って問い合わせてみるといい」
「誰がするかよ。おい、こいつに許可出してるなら俺にも出せよ!!」
「トラブルだって言ってんだろ」
「……ああクソが!!」
らちが明かないと理解したのか、勇者は乱暴にドアを開いて去って行ってしまった。
「あんなのにあたしらは守られるのかい? ファンダイク家に頑張ってもらうほうが遥かにマシだね」
「実力だけはあったんだろうな」
ウイスキーに口をつける。勇者とのやり取りのせいでいくらか味が薄くなってしまっていた。
「いいのかい? あいつこの町でまたやらかしそうだけど」
「問題ない。俺の領地にいる限りあいつの行動はすべて筒抜けだ。手は打ってある」
レイアはそろそろ勇者に接触するだろうか。
勇者まわりは情報収集を続けたほうが身の安全を確保できそうだ。
──あいつ本当に勇者か?
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