第8話 未来より恩義

 ~勇者視点~


 俺たちはセネカの噂を確かめにファンダイク領に入った。


「なんというか……普通だな」


 特別豪華な建物があるわけでもなく、美人が練り歩いているわけでもない。

 ごく普通の街。そんな印象だった。


「すごいにぎわってるっすね~!! わっはぁ~! 串焼き買ってくるっすね!!」


 そう言い残してネトは一目散に露店へ駆け出していってしまった。


 熱気が見えるほど街全体がにぎわっていた。

 貴族直轄の街は国が管理している街とは違い、国税だけでなく、貴族へ支払う税金もあるため、街全体が困窮し、さびれている印象があった。


「兄様が税率を引き下げた結果、にぎわいを取り戻したそうですよ。貴族が自主的に税率を下げたのは兄様が初だそうです」


 出た。マルタの兄貴自慢だ。

 何かと口を開けば兄様、兄様と鬱陶しいくらいにさえずってくる。そんなにお前の兄は偉いのか? たかが1貴族の人間が勇者の俺よりも重要視されていいわけがない。


 俺を称賛する言葉は無機質なくせに兄を誇る言葉には力がこもっている。


 クソッ、いまいましい……! 聖魔法さえなければ裏路地で犯し捨ててやるのに……!!


「みなさ~ん、バーの場所がわかりましたぁ」


 顔をパンパンにはらした中年の男を引きずりながらセネカが戻ってくる。


「今すぐ連れていけ」

「あい~」

「だれもあのおじさんの介抱とかしないんですね」


 そうして俺たちはバーへ向かう。

 道すがらマルタがおっさんに回復魔法をかけたりと世話を焼いていた。


 真面目過ぎる。勇者パーティーの名を聞いて協力しなかったであろう人間にかける情けなど持ち合わせなくていい。

 むしろ勇者パーティーの威光を示すためにも、逆らうものには罰を与えるほうが効果的だ。


 マルタは甘すぎる。

 そのくせ俺には気も使わないし、いつも棒読み。


 なぜ勇者の俺を敬わず、そこら辺の市民に慈悲を振りまく?

 あいつは勇者パーティーの一員だ。何事も勇者を最優先にする義務がある。

 その義務すらも行おうとしない。


 これは、罰を与えなければならない。


 バーにたどり着く。

 それはさびれたバーだった。にぎやかな中心街から外れた小汚い路地にたたずんでいた。


 王都の歓楽街にあるバーとは違い、店の前に美女が立っているわけでもなく、豪華な装飾があるわけでもない。

 隠れ家としては正解だろうが、勇者のような人間が入るにふさわしい店ではない。


「入るんじゃないのですか」


 立ち尽くす俺を見かねたのか、マルタが先にドアを開けた。

 なんだその呆れかえった眼は。

 どこまでもバカにしやがって……!


「ああ入るよ。入ればいいんだろ」


 中は意外に客が入っていた。


 客たちを押しのけて奥へ向かう。

 またマルタに何かささやかれたがどうせムカつくことしか言わないから無視しておく。


「なあ、あんたがマスターか」


 席に着くとカウンターに立っていた男に尋ねる。

 騎士でも通用するほど盛り上がった筋肉で武装された屈強な体をスーツで包み、仏頂面で酒のボトルを眺めている。


 こだわりも癖も強そうだ。


「おい、聞いてるのか」

「あん? 俺に言ってるのか」


 いやいや、大男に睨まれたくらいで怖気づくな。


「あんたしかいないだろ。マスターは」

「マスター? 俺はちげぇよ。俺はただの店番だ」

「……は?」


 思わず口から音が出た。


 男はさっきまでの仏頂面からは想像ができないような人懐っこい笑みを浮かべ胸を張る。


「マスターの姐さんに変わって店番を仰せつかってるだけの商人さぁ。あんちゃん、酒飲めるか? 何飲むんだ?」

「おい、マスターはどこにいる?」

「いや俺も知らんのさ。なんかお偉いさんが来て一緒に出て行っちまったよ。なんだ姐さんに会いに来たのか?」

「俺は勇者だ。今すぐ連れて帰ってこい」


 男は眉を八の字に曲げ肩をすくめる。


「連れて帰ってこいと言われても俺もどこに行ったか知らねえんだよ」

「じゃあ、誰と出ていった?」

「それは……俺の口からは言えねえな」

「言え!! 不敬だぞ!!」


 カウンター越しに男の胸倉をつかむ。

 屈強な体に反して男は怯えた表情で腕をほどこうとするも外れない。


「落ち着け……! 言うなって言われてんだよ!」

「勇者を優先しろ! こんな寂れたバーのマスターよりなぁ!!」


 その言葉が俺の口から飛び出た瞬間、空気が変わった。

 今まで各自で楽しんでいた客たちの視線が一気に俺に突き刺さる。


 店番の男もこちらを睨みつけていた。


「勇者だかなんだか知らねえけどよ。それだけは言っちゃいけねえぜ」

「魔王が侵攻すればこの町などすぐに滅びる。それを防ぐことができるのは勇者の俺だけだ。そのことを理解して発言しろよ」

「ポッと現れたお前さんなんかより貴族の兵士たちの方がよっぽど役に立つわ。いいかボウズ、ここに来る客はなあ、少なからず姐さんに恩がある人間ばかりだ。あんたこそ発言には気をつけろよ」


 分かってない。誰も未来が分かってない。


「俺は国王に選ばれた勇者だってことは分かってるだろ!? 魔王を倒さなければ国が滅ぶんだぞ!?」


 俺の叫びがむなしく店内に響く。

 少しの沈黙の後、店番の男がため息をついた。


「しゃあねえ。姐さんを連れて行った人間の名前、教えてやるよ。その代わり早く帰ってくれ」

「まあ、いい。罰は与えないでやる。言え」

「ヴィル・ファンダイク。ここの領主様だよ」


─────────────────────────────────────

【あとがき】


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