第3話 こちらも黒でした

 ~ヴィル視点~


 ファンダイク邸に帰ってきた後、俺はシャワーと着替えを終え、執務室でボーっと使用人を待っていた。


 ヴィルはファンダイク家の当主であり、悪役として倒される運命にある。

 このことは変わらない。


 この運命が現実となるまであと7年。

 あと7年で勇者を超えていればいい。

 勇者を徹底的に返り討ちにする力を養えば何も問題はない。


 まずはブレヴァン内での対ヴィル戦を振り返ろう。

 勇者として覚醒した主人公がファンダイク邸に突入し、使用人たちモブを倒していく。そしてファンダイク邸のボスとして俺が登場し、殺される。


 俺の首を切ったのは愛すべき妹マルタ。

 ここで兄と決別することで一気に勇者に気持ちが傾いていくシナリオだ。


 ということはやるべきタスクは3つ。


 ファンダイク家全体の戦力の増強。

 兵士たちが勇者と戦えるように、勇者にダメージを負わせることができるようにしなければならない。

 戦闘訓練に関してはゲーム内の知識はほとんど活かせない。

 ゲームだったら魔物を倒していれば勝手にレベルが上がったからね。

 けどこの世界でそうとも限らない。ここら辺は兵士長と相談して決めていくか。


 そして2つ目、


「マルタをこちらに引き入れる」


 俺はデスクの引き出しを開けると一枚の便せんを取り出した。

 宛名は俺。差出人はマルタ。

 そこには勇者パーティーでの近況とこちらを心配するような質問と共に、勇者マオトに対する愚痴が書き連ねられていた。


 正直ここまで兄妹の仲が良かったことには目を見開いたが、逆にこの関係は利用できる。

 パーティーを抜ける理由さえあれば、すぐに味方に付いてくれるだろう。


 そして3つ目、これが一番重要だな。


ヴィルの汚職問題の解決か……」


 そもそもヴィルが勇者に襲われる原因となったのは、ヴィル自身の汚職が国王に見つかったからだった。

 税金の着服と賄賂、あと魔王との内通だったかな。

 賄賂は受け取らなければいいだけだけど税金周りは領地内の規則を変更する必要があるから時間がかかりそうだな。

 急に税率を下げても、逆に不審がられて俺が転生する前にやらかしてたぶんが見つかるだけ。

 ゆっくり慎重に1、2年はかけて改善していこう。


 だけど、


「魔王との内通ってどうやってたんだよこいつ……」


 魔王とはボスの上位互換、いわゆるドラゴンを倒すクエストを祖先とする現代的なRPGによくいる魔物の王。

 ブレヴァンでも第1部のボスとして出現する。

 そう。ラスボスではない。一般的なボスと同じカテゴリーで出現するのだ。


「だとしても内通ルートがわかんないんだよ……」


 通常、人間と魔物、魔王は敵対関係。

 魔王が意思疎通できる個体だとしても人間と関係を持つとは考えにくい。


 信用できる人間だけの諜報部隊でも作って調査するか。

 レイアに調査を頼んでみるのもいいかもな。ブレヴァンだとレイアは斥候として勇者パーティーに加わっていたからこの手の隠密調査は得意なはず。


 デスクで今後の計画について大枠をまとめていると、レイアと共に鎧を着たままの兵士が滑り込んできた。


「ヴィ、ヴィル様!! も、も、も、申し訳ございませんンン!!!!」

「ど、どうした? まずは落ち着け。ほら水だ」


 肩で息をする男に、机の上に合ったコップを差し出す。

 すると、兵士は息が止まったかのように硬直し、目を丸くしていた。


「ヴィ、ヴィル様!? い、いただいてもよろしいのですかっ!?」

「あ、ああ。いいぞ」


 兵士が、俺から差し出された水を勢いよく飲んでいる姿に廊下で見ていた使用人たちから悲鳴のような声が上がる。


「あの方、ヴィル様で間違いないですよね?」

「シッ! 聞こえたら殺されるわよ……! でも言いたいことはわかる。たかが一般兵に水をくださるなんて……」

「それも執務室の水ってブジ山麓から取り寄せている高級な水でしたよね? それをあんな惜しげもなく与えてくださるなんて……」


 もちろん全て聞こえている。

 ちゃんとこいつヴィル悪役らしい性格してたんだな。

 だとしても、だ。


 何で俺はまたブラック企業みたいなところの人間に転生してんだよォ!!!

 日本でも過労万歳の漆黒企業、こっちの世界でも水を与えるだけで驚かれる暗黒貴族。

 俺、本当に悪いことしましたかね!?

 転生するんだったらさ、せめて日本在住時と環境変えない? いや、剣と魔法のファンタジー世界なんだけどさ、何で日本に引きずり戻されるようなブラック企業が身近にあるんですかねぇ!?

 おい神!! 日本を参考にして転生させるなよ!!

 もう「様」付ける必要ないだろ。


「あ、あの。ヴィル様……? ご報告、よろしいですか?」

「すまない。考え事をしていた。話してくれ」


 内心をおくびにも出さず、俺は表情を変えないまま兵士を部屋の奥へ招き入れる。

 兵士は跪きひざまず、絞り出すような声で言った。


「申し訳ございません。ファンダイク領から見て北西にあるスレーブ村郊外にて勇者パーティーと接敵、敗北いたしました……!」


 ─────────────────────────────────────

【あとがき】


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