第54話 アラサーでも恋愛はできるのかもしれない 中編

 定時になったため、俺は会社を出て最寄り駅の方へと歩き出した。


 現在の時刻は17時過ぎだが、12月なのですでに周囲はかなり薄暗い。

 そして当然だが気温は低く、風も冷たかった。


「う〜寒……早く家に帰って温まろう」


 白い息を吐きながら、すっかりクリスマスムード一色となった街中をひたすら歩く。


「それにしてもこの時期は街中がキレイだから、ちょっとだけテンションが上がってくるな」


 イルミネーションが飾りつけられた街路樹やあちこちから聞こえてくるクリスマスソングは子どもだけでなく大人までも楽しませてくれる。

 

 クリスマス前のワクワク感はいくつになっても変わらないような気がした。


 ……まぁ仕事で疲れ切っているから純粋にクリスマス仕様の街を楽しむ余裕はないのだが。

 今はとにかく早く家に帰って寝たいという気持ちが強いのだ。


 そのため寄り道をせずに駅へと向かい、改札を通ってホームでしばし待つ。

 そして、やって来た電車に乗り込んだ。


 帰宅ラッシュの時間帯なので車内は非常に混雑しているが、何年も電車通勤をしていればさすがに満員の車両にも慣れてくる。


 心を無にして定員オーバーの車両に乗車し続け、やがて電車が自宅の最寄り駅に停車すると、その駅で下車した。


「……よし。自宅の最寄り駅に着いたぞ」


 ここまで来れば、家まではもうすぐだ。

 

 俺は駅を出て、すっかり暗くなってしまった道を歩き出した。


 このあたりはそこまで人が多いわけではないので、会社のある場所に比べたらかなり静かだ。

 コンビニや飲食店なども存在するが、店内はそこまで活気があるわけではない。

 また、イルミネーションで彩られた街路樹なども存在しない。

 少し物淋しい駅前通りと言えるだろう。


 そんな静かな道を、コートのポケットに手を入れ無言でひたすら歩く。

 心なしか肌に触れる空気が一段と冷たくなっているような気がした。


 そうして人気ひとけのない道に差しかかった頃。

 とあるものが視界に入り、俺はぎょっとした。


 今朝まで空き地だったはずの場所に、非常に格式が高そうな神社が鎮座していたからだ。

 立派な鳥居が建てられており、広い境内に狛犬まで設置されている。


 あまりの出来事に、一瞬だけ夢でも見ているのではないかと疑ってしまった。


「昨日まではこんな神社なんてなかったよな……」


 鳥居の向こうの拝殿をまじまじと見つめてみる。

 立派な神社なのに境内に参拝客は一人もおらず、それどころか神主や巫女の姿すら見当たらなかった。


「……とりあえず参拝していくか」


 疑問に思うことは多々あるが、すでに心身ともに仕事で疲弊してしまっているために冷静に考える気にはなれず、いろいろと不気味さを感じつつも無警戒に境内に足を踏み入れてしまう。

 

 それから参道の真ん中を避けて歩き、途中の手水舎で手と口を清めてから拝殿へと向かった。


 そして拝殿の前で立ち止まると、財布から小銭を取り出し、賽銭箱に投入する。


 その後、本坪鈴を鳴らして二礼二拍手をした。


(さてと……願いは何にしようかな。初詣にはまだ早いし……)


 目を閉じて、何を願うかを考え始める。


(……ここは無難に良縁を願うか)


 そうして悩んだ末、今回は縁結びをお願いすることにした。

 健康や出世など他にも願いはいくつか思い浮かんだのだが、今は一刻も早く結婚相手を見つけることが最優先だと考えたのだ。


 そうすれば、もう実家に帰省した時に両親や親戚から結婚を急かされなくて済む。


 そして何より退屈な今の暮らしが華やかなものになるかもしれない。

 それだけでも結婚相手を探す価値はあるだろう。


 そうと決まれば、さっそく神様にお願いだ。


(素敵な女性と出会えますように……)


 目を閉じたまま強く願う。


 だが正直、今の俺が素敵な女性に巡り会えたところで果たして恋愛感情を抱けるかは疑問だった。

 心のどこかで恋愛を億劫だと考えてしまっていることも事実だからだ。

 仮に魅力的な女性が現れても、おそらく若い頃のようにときめくことはできないような気がする。


 しかし、それでも良縁に恵まれて困ることはない。

 素敵な出会いを願うこと自体は間違いではないはずだ。


 そう考えた俺はしばらくの間、拝殿の前で必死に神様に祈り続けていた。


 

 

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