第49話 イルカに近づいてはいけません④

 青い空に白い雲。眼前に広がる海や足元のきれいな砂浜を真夏の太陽が容赦なく照りつけ、シーズン中の海水浴場なので周囲はどこを見ても海水浴客で賑わっている。


 そんな賑やかで美しいビーチを前に、瑠衣ちゃんのテンションは明らかに上がっていた。


「わ〜海〜〜〜!!」


 太陽光を反射してキラキラと輝いている海に感動したのか、波打ち際に向かって駆け出してしまう。


 そんな従妹を、オレは後ろから呼び止めた。


「お〜い、瑠衣ちゃん! 早く海に入りたい気持ちはわかるけど、まずは準備運動をしないとだめだよ」


「あ……そうだね。準備運動しなきゃ……」


 我に返った瑠衣ちゃんが立ち止まる。

 

 そして、その場で軽いストレッチを始めた。


 その様子をオレは少し離れた場所からじっと見つめる。


(……それにしても本当に美人だよな……)


 水着姿でストレッチをする従妹が魅力的すぎて思わず見惚れてしまう。


 特に体を動かす度に揺れる大きな胸からは視線をそらすことなどできるわけがない。


 もちろんそれはオレだけではないようで、周囲の海水浴客からの視線を一身に惹きつけてしまっていた。


(まぁ、海水浴場にこんな美人でスタイルのいい女の子がいたら誰だって注目するよな……ナンパとかされなきゃいいけど……)


 呑気にそんなことを考えながら、真面目にストレッチをする従妹になおも視線を向ける。


 ……と、まさにその時だった――たった今懸念したことが従妹の身に起こったのは。


「ねぇねぇ、キミもしかして一人?」

「一人ならオレらと一緒に遊ばねぇ?」


 ちゃらちゃらした二人組の男がやって来て、瑠衣ちゃんに話しかけたのだ。


「……え? あの……」


 突然知らない男に話しかけられて困惑する瑠衣ちゃん。


 オレはというと、何が起きたのかすぐには理解できずにただ呆然と立ち尽くすのみだった。


(さすが瑠衣ちゃん……まさか海に来て10秒でナンパされるとは…………って、そんなこと考えてる場合じゃなかった!)


 美人の女子高生なので、正直ナンパしたくなる気持ちはわからないでもない。


 だが、彼女が困っていることは火を見るよりも明らかだ。


 さすがにこれ以上は見過ごせない。


 オレは全身が震えるのを感じながらも勇気を振り絞って、彼女をナンパから守ることにした。


「あの……本人も嫌がってるのでそのくらいにしてもらえませんか?」


 波風を立てないようにできるだけ穏やかな口調でナンパ男たちに話しかける。


 ケンカになったら絶対に勝てるわけがないので、内心はビクビクだった。


「……あ? 何だ、お前……」


 ナンパ男の視線が彼女からオレに移る。


「えっと……その子の連れというか家族というか……」


 普通に「従妹だ」と言えばよいのだが、自分よりはるかに体格のよい男二人を前に完全に萎縮してしまっていたため、かなり曖昧な返答になってしまった。


 だが、今の返答で彼らはオレと瑠衣ちゃんの関係をある程度察したようだ。


「家族ってことは……お前、この子の弟か?」


「……え?」


 予想外の発言に、思わず言葉を失う。


「言われてみりゃ、どことなく似てる気もするな……お姉ちゃんが男に絡まれてたから助けにきたってわけか」


「い、いや……弟じゃなくて……」


 否定しようとするが、彼らはまったく聞く耳を持ってはくれなかった。


「なるほど……家族で海水浴に来たのにオレらが邪魔しちまったってわけか……」


「悪かったな……お前の姉ちゃんをナンパしたりして……オレらはもう行くよ」


 そう言って、彼らは本当にナンパを諦め、この場から立ち去ってゆく。


 その背中をぽかんとした表情で見送るオレと瑠衣ちゃん。


 どうやらそこまで悪い連中ではなかったらしい。


 やがて彼らの姿が見えなくなると、瑠衣ちゃんは口元に手を当ててくすくす笑い始めるのだった。


「あはは……弟だって。わたしの方が年下なのにね」


「うるさいな……オレだってまさか弟に間違われるとは思わなかったよ」


「ふふ。勇吾くんがわたしの弟……」


「さすがに笑いすぎだろ!!」


 遠慮なく笑う瑠衣ちゃんに少しむっとしてしまう。

 彼女は中身はともかく外見は大人っぽいので、姉に間違われたとしてもあまり文句は言えないのだが、それでも先ほどの出来事はさすがに屈辱的だったのだ。 

 

 陰キャのオレにだってプライドはある。


 間違えるならせめて兄と言ってほしかったというのが本音だった。


「ごめん、ごめん。もう笑わないから許して」


「……本当かな?」


「本当だって! わたし嬉しかったんだから……勇吾くんに助けてもらえて……だからありがとね、勇吾くん!」


 お礼を言いながらオレの腕に抱きついてくる。

 どうやら感謝しているのは本当のようだ。


「別にお礼なんていいよ。当たり前のことをしただけだし……」


 腕からダイレクトに伝わってくる胸の感触にドギマギしつつ、少しぶっきらぼうに答える。


 大きな胸を押しつけられているせいで理性を保つのがやっとだった。


「それじゃあ、気を取り直して遊ぼっか!」


「ああ……そうだな」


 腑に落ちないこともあったが、結果的に瑠衣ちゃんは無事だったので良しとしよう。


 せっかく海に来たのだから、今は何より楽しむことが重要だ。


 だが、まだストレッチが途中だったので、海水浴の前にオレたちは準備運動を再開することにした。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る