第42話 幼馴染みとテストの点数勝負3
「負けた方が勝った方の命令を聞く……?」
唯奈の発言を繰り返す。
「どう? そうすれば少しは緊張感が出るでしょ?」
「いやいや、受けるわけねぇだろ! そんな勝負……」
当然オレは勝負を断った。
成績優秀な唯奈と、平均点を取るのがやっとのオレではやる前から結果が見えてるからだ。
そんなオレの弱気な態度に、唯奈が不満顔になる。
「受けないって何よ! 情けないわね! 勝つ自信がないの?」
「あるわけねぇだろ! 唯奈はいつも学年一桁じゃねぇか!」
中学、高校とテストが終わった後は廊下に成績上位者の名前が張り出されていたわけだが、唯奈はいつも九位以内に入っていた。
普通に考えて、そんな相手に勝てるわけがないのだ。
「……じゃあ全科目の総合得点じゃなくて、一教科だけで勝負してもいいわよ」
オレに勝ち目がないことを理解してくれたのか、唯奈が勝負内容を少しだけ変更してくる。
「一教科だけ……?」
「ええ。和樹の一番得意な科目で勝負してあげる。一番得意だと思う教科は何かしら?」
「それなら数学かな……」
他の科目はたいてい平均点前後だが、数学だけは高得点を取れることも多い。
オレが唯一上位に食い込める可能性のある教科なのだ。
「じゃあ、数学の点数で勝負ってことでいいわね?」
「……え?」
「ルールはシンプル。数学のテストで点数の高い方の勝ち。負けた方はさっき言った罰ゲーム。二人とも同じ点数だった場合は引き分けってことで罰ゲームはなし」
「ちょ、ちょっと待てよ……」
いつの間にか勝負が成立していることにオレは戸惑う。
しかし、唯奈の中では勝負することはすでに決定事項のようだった。
「ちなみに、あたしが勝ったらスイーツ奢ってもらうから覚悟しなさいよ?」
「何を奢らせる気だよ……」
「そうね……ケーキにパフェにクレープにドーナツにシュークリームにパンケーキにマカロンにソフトクリームにかき氷にあんみつにたい焼きに……」
「いや、どんだけ食う気だよ!?」
さすがにツッコまずにはいられない。
さすがに食べ過ぎだろう。
「大丈夫よ。あたし、甘いものならいくらでも食べられるから」
甘いものばかり食べてたら太るぞ……という言葉を直前で呑み込む。
そんなことを言えば機嫌を損ねることが目に見えているからだ。
「……まぁ、とにかく勝負のルールは今言った通りだから。せいぜい負けないように頑張りなさいよ」
「いや、だから勝負を受けるなんて一言も……」
強引に勝負を成立させたことに対して抗議しようと試みるも、唯奈はもう話を聞いてはいなかった。
「じゃあ、あたしはこっちだから。また明日ね」
いつの間にか別れ道に差しかかっていたらしく、唯奈が自宅のある方向に駆け出してしまう。
オレはその後ろ姿を見つめて立ち尽くすのみだった。
「これは覚悟を決めて勝負するしかなさそうだな……」
唯奈は勝負する気マンマンのようなので、もう何を言っても無駄だろう。
大人しく数学のテストの点数で競うしかないようだ。
「でも、勝つ自信ねぇよ……」
数学は確かに得意な科目だが、それはあくまで他の科目に比べたらの話だ。
まれに高得点を取ることはあるものの、基本的には全科目の中で最も点数が高いというだけの教科。
他の科目が平均点前後しか取れないため、相対的に得意な教科と呼べるだけなのだ。
実際、その数学ですら唯奈に勝ったことはない。
だから、今回のテストでもほぼ間違いなく負けるだろう。
「仕方ない……大人しくスイーツを奢るか……」
もちろん勝つために努力はするつもりだ。
だが、それですんなりと勝てるほど現実が甘くないことも知っている。
オレはこの日、テスト終了後に大量のスイーツを奢らされることを覚悟したのだった。
それから一週間ほどが経過し、ついに中間テストの日がやって来た。
うちの高校は中間テストや期末テストは三日にわたって行われることになっており、今日はその一日目だ。
テスト当日だからか、やはりクラスには緊張感が漂っている。
オレと唯奈は朝のホームルーム前に勝負のルールの最終確認をすることにした。
「……確認するわよ。勝負する教科は数学。点数の高い方が低い方に何でもひとつ命令ができる。いいわね?」
「あぁ、わかってる」
あまり自信はないが、それでも今日まで努力したつもりだ。
負けるにしたってなるべく差はつけられたくない。オレにだってプライドはあるし、あまり点差をつけられたら唯奈に失望されてしまう可能性だってなくはないのだから、惨敗だけは回避したかった。
なので、理想は5点差以内の惜敗だ。
一点でも多く取って、オレだってやればできるというところを唯奈に見せつけたいのだ。
「じゃあ、お互いに頑張りましょ」
そう言って、唯奈は自分の席に戻っていった。
オレも自分の席に座る。
ほどなくして担任教師がやって来て、朝のホームルームが始まった。
これが終われば、中間テスト一日目の始まりだ。
オレは気を引き締めてテストに臨むことにした。
そして三日後。
高校一年生の中間テストは無事に終了した。
テストから解放された生徒たちの表情はそれぞれだ。
嬉しそうな表情をしている者もいれば、ひどく落胆している者もいる。
今回のテストに手応えを感じている者とそうでない者との違いだろう。
オレはといえば、数学だけは恐ろしいほどの手応えを感じていた。
他の教科は相変わらず平均点を取れれば御の字なのだが、今回の数学は自分でも驚くほどすらすら解答することができたのだ。
おそらく数学は小テストなども含め過去最高得点になるだろう。
少なくとも唯奈に大差で負けることはなさそうだ。
「まさかこんなにできるとは思わなかった……努力した甲斐があったな……」
オレは今回の中間テストのために寝る間も惜しんで必死に勉強した。
特に数学は本当に頑張ったと思う。
それもこれも唯奈にかっこ悪いところを見られたくなかったから。
そんな理由でここまで頑張れるのだから、オレは自分で思う以上に単純だったのかもしれない。
「テストの返却が楽しみだ」
テストが返ってくるのを楽しみに思うなんて初めての経験だった。
◇◇◇◇◇
中間テスト終了からおよそ一週間後。
ついに数学のテストが返却される日がやって来た。
「一時間目がさっそく数学なんだよな……」
今日は一時間目に数学の授業があり、テストが返却される予定になっている。
ちなみに、他の教科はすべて返却済みだ。
一応、唯奈と点数の見せ合いをしたが予想通り全敗。
改めて彼女の優秀さを思い知らされたのだった。
そうして静かに自分の席で待機していると、朝のホームルームの時間となった。
だが、ホームルームなど大して時間はかからない。
すぐに終了し、一時間目の数学の授業が始まった。
「いよいよだな……」
テスト返却を目前にしてオレは緊張感を覚える。
手応えはあったのだから、高得点であってほしいという気持ちが強かった。
数学教師が教壇に立ち、生徒たちにテストを返却し始める。
やがてオレの番になったが、採点済みのテストを受け取っても点数は見ずに、そのまま答案用紙を折り曲げて机の中にしまった。
唯奈との取り決めで、勝負する瞬間まで点数は見てはいけないことになっているからだ。
点数が悪かった場合に勝負を下りる可能性もあるから、それを防ぐためだろう。
オレは自分がどれだけ点数を取ることができたのか楽しみにしながら数学の授業を受けるのだった。
そして、一時間目の授業が滞ることなく終了した後。
オレと唯奈は数学の答案用紙を持って空き教室に移動した。
いよいよ勝負の時間がやって来たのだ。
「……一応確認するけど、点数は見てないわよね?」
「ああ、まだ見てない」
「あたしも見てないから何点取ったかはわからないけど……結構自信あるわよ?」
「奇遇だな。オレも今回は自信あるんだよ」
「それなら、いい勝負になりそうね。……じゃあ『いっせーの』で見せ合いましょうか」
「わかった。そうしよう……」
数学の答案用紙を両手で持ち、他に誰もいない静かな空き教室で向かい合って立つ。
そしてオレたちは、『いっせーの』の掛け声とともにお互いの点数を見せ合った。
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