第41話 幼馴染みとテストの点数勝負2
ある日の放課後。
授業が終わって帰り支度をするオレのそばに唯奈がやって来た。
「和樹! 一緒に帰ろ!」
オレの肩をたたき、いつもと同じように一緒に下校しようと気軽に誘ってきたのだ。
その瞬間、一斉に注がれる男子からの嫉妬の視線。
校内でも一、二を争うレベルの美少女である唯奈から下校に誘われたのだから嫉妬を集めてしまうのはある程度仕方ないことなのだが……正直すごく怖い。
ほとんど毎日のこととはいえ、この視線だけはなかなか慣れることができなかった。
オレと唯奈がただの幼馴染みで付き合っているわけではないことはすでに知れ渡っているので、オレたちを恋人同士だと誤解している生徒はこのクラスにはいないはずだ。
にも関わらずここまで妬みのこもった視線を集めてしまうとは……。
やはり付き合っていなくても、幼馴染みという事実だけで充分に嫉妬を集める要因となってしまうのだろう。
オレ……大丈夫かな? いつかこの中の誰かに刺されたりしないよな? ボディガードを雇った方がいいのか?
冗談抜きで身の危険を感じてしまうほどに周囲からの視線は恐ろしいものだった。
しかし、その原因となっている唯奈はオレが周囲から嫉妬以上、殺意未満の視線を浴びていることにまったく気づいていない様子だ。
「……どうしたの? 早く帰りましょうよ!」
気づいていないから、無邪気に下校を急かしてくるのだ。
「そ、そうだな。帰ろうか」
これ以上教室に留まっていたら男子たちから何をされるか分からなかったので、オレは急いで荷物をまとめた。
そして唯奈と一緒に、教室から出ていくのだった。
それからオレたちは校舎を出て、いつもの通学路を並んで歩く。
片想い中の女の子との下校は本来なら嬉しいはずなのだが、今は男子の嫉妬心で充満していた教室から逃げられたことに対する安堵の気持ちの方が強かった。
正直、みんなの前で下校に誘ったり話しかけてきたりするのは控えてほしい。
唯奈から話しかけられる度に周囲からの視線を集めてしまって居た堪れないのだ。
もちろん話しかけてくれたり、こうして下校に誘ってくれるのは嬉しいが、場所くらいは考えるべきだろう。
唯奈には自分が美少女であるという自覚がまったく足りていなかった。
そんな唯奈がオレの隣で呑気につぶやく。
「もうすぐ中間テストかぁ……あんまり自信ないなぁ……」
「いや、唯奈は毎回高得点とってるだろ!」
その発言に、思わずツッコんでしまう。
自信がないとかどの口が言うのだろうか。
成績優秀で中学の頃から毎回当たり前のように高得点をとって平均点を上げている生徒の発言ではない。
たまにはわざと点数を落として少しでも平均点を下げてほしいものだ。
「いや、でも今回は結構難しいから自信ないのは本当よ?」
「成績いいヤツほど『自信ない』とか『全然勉強してない』とか言うんだよな……で、ちゃっかり高得点を取るから腹が立つんだよ。唯奈だって今はそんなこと言ってるけど、どうせテストでは満点に近い点数を取るんだから心配しなくて大丈夫だろ」
「満点に近い点数ね……取れたらいいけど……」
確実に取るんだろうなと、オレは思う。
なぜなら唯奈の成績は上の上だからだ。
テストの順位は常に学年一桁で、点数もほとんど90点以上なのに『自信がない』とか言われてもまったく信用できなかった。
「……それで和樹はどうなの? テスト、大丈夫そう?」
「まぁ、赤点は回避できると思ってるよ」
唯奈の質問に適当に答えておく。
実際、オレの点数は平均より少し高いくらいだ。
中の中から中の上を行ったり来たり。
中学の頃、優秀な唯奈と一緒に勉強したおかげで成績が上がったオレだが、それでも偏差値の高い今の高校では平均点を維持するのが精一杯なのだ。
「……ところでオレの方からも訊きたいことがあるんだけど、質問してもいいか?」
「あたしに質問? 別にいいけど……」
質問する許可が得られたので、思いきってずっと気になっていたことを訊いてみることにする。
「唯奈ってその……彼氏作ろうとか思わないのか?」
「……え?」
その瞬間、唯奈の頬がほんのり赤くなった。
「ど、どうしたの? 急に……」
「いや、唯奈はモテるし何となく気になっただけだよ。実際、告白されたことだってあるんだろ?」
「ま、まぁ……あるにはあるけど……」
恥ずかしそうに俯く唯奈。
普段の無邪気な彼女とは正反対とも言えるしおらしい姿に少しドキッとしてしまった。
オレはなおも質問を続ける。
「その告白してきたヤツらの中に一人くらい彼氏にしたいと思える男はいなかったのか?」
「そ、それは……」
明らかに返答に困っている様子の唯奈。
そんな幼馴染みの様子を見て、少し申し訳ない気持ちになる。
しかし、こっちは唯奈がいつ彼氏を作ってしまうのか気が気でないのだ。
正直、テストなんかよりもずっと気になっていることだった。
「……どうなんだ?」
答えさせるために圧力をかける。
もはや質問というより詰問のようになっていた。
オレたちの間に気まずい空気が流れるが、気にせずに返答を待つ。
しばしの沈黙の後、唯奈はゆっくりと口を開いた。
「えっと……確かに告白してくれた人の中にはカッコいい男子もいたけど……」
「……けど?」
「付き合うなら、あたしより成績のいい男子かなって思ってるから断ったの」
「何だそれ!?」
予想外の断り方に思わず声を上げてしまう。
「だってあたしは優しくてカッコよくて頭のいい男子がタイプだから……」
「その条件に当てはまる男子がどれだけいるんだ!? 特にうちの学校で唯奈より成績のいい男子はほんの数人だぞ!?」
常に上の上の成績をキープしているのだから、それより頭のよい男子となるとごくわずかだ。
だが、唯奈より成績のよい男子は勉強に専念していることが多く、あまり恋愛に興味を示さない。
つまり今の条件のままなら、少なくとも高校を卒業するまで唯奈は彼氏を作れないことになる。
だから、オレはひとまず安堵した。
しばらくは唯奈に恋人ができてしまう心配をしなくて済むとわかったからだ。
だが、同時に悲嘆に暮れそうになる。
そこまで異性に対する理想が高いなら、オレも恋人には立候補できないということになるからだ。
今のままでは唯奈の彼氏になるなど夢のまた夢だろう。
そんなふうに考えて落ち込んでしまうオレの気持ちになどまったく気づく様子もなく、唯奈が必死に反論してくる。
「仕方ないでしょ! それがあたしの理想なんだから!」
「まぁ、それくらいの男じゃないと唯奈には釣り合わないとは思うけど……」
「……なんなら和樹が成績であたしを抜いて告白してくれてもいいのよ?」
「いやいや、オレが唯奈に成績で勝つとか……そんなの無理に決まってるだろ……」
この子は突然何を言い出すのだろう……。
オレの学力では唯奈には敵わないことくらい彼女自身が一番よくわかっているはずだ。
仮に何かしらの奇跡が起きて彼女の成績を上回ることができたとしても、オレは大してカッコよくないし優しいわけでもないから、告白したところで結局付き合えないだろう。
まさかと思うが、オレのことをからかっているのだろうか……。
成績で勝ったら告白してきてもよいという彼女の言葉の真意がわからないため、どうしても邪推してしまう。
そんなオレから視線を逸らし、唯奈が誰にも聞こえないくらいの小さな声でぽつりとつぶやく。
「卑屈になってないで早くあたしに成績で勝って告白してきなさいよ……何のために勉強を教えてあげたと思ってるの」
その声は風の音にもかき消されてしまうほど小さかったので、オレの耳には届かなかった。
「……何だって?」
大事なことを言っていたかもしれないので、一応、発言内容について訊いてみる。
「何でもないわよ!」
しかし唯奈は同じ発言を繰り返す気はないようだった。
「それより、どうせ成績では勝てるわけないって決めつけるのはどうなの? もっと頑張ってよ! 努力してあたしの成績を抜いてみせてよ!!」
なぜか興奮気味に無茶な要求をしてくる唯奈。
当然オレは反論した。
「だから無理だって言ってるだろ!! オレは平均点を取るのがやっとなんだから……」
それを聞いた唯奈が押し黙り、何やら考え込む。
そして、しばらく熟考してから再び話し始める。
「なるほど……完全に諦めてるってわけね。それなら考えがあるわ!」
「お、おい……唯奈……」
「ペナルティがないから、いつまで経っても本気になれないのよ! だから、次の中間テストであたしと勝負しなさい!」
「しょ、勝負……?」
「そうよ。テストの点数で勝負するの。もちろん負けた方は罰ゲーム」
「そんなこと勝手に決めるなよ!」
「だって、そうでもしなきゃ本気にならないでしょ?」
「そ、そうかもしれないけど……ちなみに罰ゲームって何をするんだ?」
まだ勝負を受けると決めたわけではないが、とりあえず罰ゲームの内容を確認してみることにする。
ほんのわずかな沈黙の後、唯奈はオレの質問に答えるため口を開いた。
「負けた方は勝った方の命令を何でもひとつ聞くっていうのはどうかしら?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます