第39話 鹿さん、ありがとう!

 僕の名前は宇山昴うやますばる。都内の中学校に通う三年生だ。

 平均的な身長に中性的な顔立ち。髪は生まれつき癖毛で、あまり太れないタイプらしくどちらかというと痩せている。

 勉強や運動は人並みにできる程度で、誰かに自慢できるような特技もない。

 極めて平凡で大した取り柄のない男子中学生だった。


 そんな僕には、友だちと呼べるような人がひとりもいない。

 そのせいで学校では常にぼっちなのだが、当然といえば当然だろう。

 僕のような影が薄く何の魅力もない人間とわざわざ仲良くなろうなんて考える物好きなど存在するはずがないからだ。


 しかし、僕は友だちがいないことをそこまで気にしているわけではなかった。

 もちろん友だちはいるに越したことはないと理解はしているのだが、今さら何をしたところでぼっちである現実は変わらないだろうとほとんど諦めてしまっているのだ。


 それに、ぼっちだからといって困ることはそれほど多くない。


 今はその気になればSNSなどで地球の裏側の人とでも繋がれる時代だから一人でいてもそこまで孤独を感じなくて済む。しかも24時間365日、常に趣味の似通った人と繋がれるから、リアル生活でヘタに趣味の合わない人間と関わるよりよっぽど有意義な時間が過ごせるだろう。


 それに今の時代は一人で楽しめるコンテンツが充実してるし、なんならスマホ一台あれば無限に時間が潰せるからぼっちでも退屈しない。


 まさにぼっちに優しい時代と言えるのだ。


 しかし、友だちがいないと困ることも当然ある。

 グループを作らなければならない時だ。

 教師の言う「二人組作って」とか「三人グループになって」などは、ぼっちにしてみれば残虐行為以外の何者でもなかった。

 

 ただ、全体の人数を把握した上でちゃんと割り切れる人数でグループを作らせるならギリギリ許せないこともない。たとえば全体の人数が30人で3人グループを作るなら、ぼっちでも最終的にどこかのグループに入れてもらえるからそこまで問題はないだろう。


 問題なのは、余りが出ると分かっているのにグループを作らせるパターンだ。

 そんなことをすれば、ぼっちがツラい思いをすると分からないのだろうか……。

 

 とりあえず、人数が奇数だと分かっているのに「二人組を作って」とか言う教師はクビにしてほしい。

 ぼっちの切実な願いだ。


 さて、『友だちがいないと困る状況』を簡単に説明したが……僕は今まさにその状況に陥っていた。


「あ〜あ……せっかくの修学旅行なのに一人か……」


 ベンチに座って虚空を見つめながら無意識にそんなことをつぶやく。


 そう――今は修学旅行一日目の真っ最中なのだ。


 場所は外国人観光客にも人気の観光地・奈良県の奈良公園。

 ここでしばらく自由行動となり、クラスメイトたちは友だち同士で行動し始めたのだが、僕には一緒に行動してくれる人などいない。

 まさに『友だちがいなくて困っている』状態。

 そのため、たくさんの鹿が公園内を自由に闊歩しているのを横目にしながらベンチに座ってスマホをいじるくらいしかやることがなく、非常に退屈だった。


 まわりを見渡せば、僕と同じ修学旅行生や一般の観光客たちが鹿を撫でたり鹿せんべいを与えたりしながら仲間同士で盛り上がっている様子が嫌でも視界に入ってくる。


 そんな賑やかな公園内で一人ぽつんとベンチに座っている制服姿の僕はどうしても目立ってしまう。


 自由行動の時間などなければよいのにと本気で思っていた。


「明日も自由行動があるんだよなぁ……」


 明日の日程を考えて、さらに憂鬱になってしまう。


 僕の通う中学校の修学旅行先は昔から京都・奈良と決まっており、日程は二泊三日だ。

 一日目に奈良を観光し、二日目と三日目に京都を観光することも昔から変わっていない。

 一般的な中学校の修学旅行と言えるだろう。


 だが、うちの中学の修学旅行はやたらと自由行動が多い。


 それも班行動などではなく、完全な個別行動なのだ。


 集合時間さえ守れば誰とどこへ行ってもよいことになっているため、みんな友人同士、仲間同士で行きたい場所に行き、したいことをして思い出を作っている。


 おそらく学校側は、生徒たちの自主性を尊重し、少しでも良い思い出を作ってもらおうと考えているのだろうが……完全にぼっちのことを無視してしまっているため、この自由行動は一部の生徒には不評だった。


 そして、この苦痛でしかない時間は今日だけでなく明日も続く。


 二日目の京都観光も自由行動となっているのだ。


 当然僕は京都でも一人で過ごすことになるだろう。

 普段の学校生活では友人がいなくてもそこまで気にならないが、今だけは一緒に行動してくれる相手がほしいと思ってしまっていた。 


「しょうがない……移動するか……」


 観光客が増えてきたので、仕方なくベンチから立ち上がりこの場を離れる。

 修学旅行生がいつまでも一人でベンチに座っていたら観光客たちから奇異の目で見られかねないし、何より孤独を感じて僕がツラいのだ。


 できるだけ人がいない静かな場所を探して歩き回る。

 

 人気の観光地だからそんな場所はなかなか見つからないが、それでも静かな場所が見つかると信じて人の少ない方へと向かった。


 そうして鹿と観光客であふれている道を歩き続けていると、やがて周囲に人の姿も鹿の姿も見えなくなる。


「このあたりで時間を潰そうかな……」 


 ようやく静かな場所まで来ることができて安堵した僕は、キョロキョロと周囲を見回して座れそうなベンチでもないか探し始めた。


 すると、ベンチの代わりにとんでもない建物を見つけてしまうのだった。


「え……神社……?」


 驚きのあまり、その場で硬直してしまう。

 目の前には、非常に格式の高そうな立派な神社が建っていたからだ。

 

「こんな場所にこんなすごそうな神社があったのかよ……でも境内に人はいないな……」


 鳥居は大きく立派で、境内は広く、奥にある拝殿の荘厳さには敷地の外からでも圧倒されてしまう。


 ここは奈良なので、圧倒されてしまうほどに荘厳な神社が存在してもおかしくはないのだが……人がいないというのが何とも不気味だった。

 観光地にこれだけ立派な神社があるのに、なぜ境内には人がいないのだろうか……。


 そんなことを考えながら鳥居をくぐって敷地に足を踏み入れ、参道の端を進む。

 少々不気味だが、せっかくなので参拝したい気分になったのだ。


 途中にある手水舎で手と口を清めたら、そのまま拝殿へ。

 

 そして賽銭箱の前で足を止めると、さっそく参拝することにした。


 まずは賽銭を入れて、本坪鈴を鳴らし、目を閉じて二礼二拍手をする。

 それから真剣に神仏に祈るのだった。


(あぶれる生徒が出るようなグループ作りがなくなりますように……)


 世の中のすべてのぼっちを代表して切に願う。

 

 ペア作りやグループ作りが苦手な生徒はきっと僕だけではない。

 友だち同士で好きに行動しろなどと言われたら困る生徒もたくさんいるはずだ。


 だから本気で神さまにお願いした。

 こんなことを願っても仕方ないとは分かっているのに、それでも祈らずにはいられなかった。

 ペア作りやグループ作り問題は、それほど切実な悩みなのだ。


(……そろそろいいかな)


 拝殿の前で充分に祈り、お願いは神さまに伝わっただろうと判断した僕は、最後に一礼して、目を開けた。 


 そしてくるりと回れ右をして拝殿を後にする。

 

 そのまま参道の端を歩き、鳥居をくぐって敷地の外に出た。

 しかしその瞬間、僕は何をしていたのかを忘れてしまった。


(……あれ? 僕、何してたんだっけ?)


 その場に立ち止まって何とか思い出そうとするが、まったく思い出せる気がしない。

 きれいさっぱり記憶が消えてしまっていたのだ。


「う〜ん……まぁいいか……」


 思い出せないのなら、大したことはしていないのだろう。

 早々に思い出すのを諦めて、ポケットから何気なくスマホを取り出す。

 そして画面に表示されている時刻を見て、集合時間が近づいていることを知った。


「そろそろ戻った方がいいかな……」


 そう考えた僕は、先ほどまでいた場所まで戻ることにした。

 

 そうして来た道を引き返していくと、再び鹿や観光客の姿を目にするようになる。


 ここまで来れば、集合場所はもうすぐだ。

 まだまだ時間に余裕はあるので、これなら遅れることはないだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、突然一匹の鹿が僕のそばに近寄ってきた。

 

 立派な角をお持ちの雄鹿だ。


 その雄鹿が僕の体を鼻でつつき始める。

 もしかしたら鹿せんべいを催促しているのかもしれない。


 僕は鹿せんべいを持っていないので、両手を広げてそのことをアピールすることにした。


「ごめんね。せんべいはないよ」


 すると、雄鹿はすぐに僕のそばから去ってゆく。

 せんべいがないと分かったので、ねだるのをやめたのだろう。


(奈良公園の鹿は本当に賢いな……)


 鹿の賢さに軽く驚きつつ、去ってゆく雄鹿の姿をぼうっと見つめる。


 すると、雄鹿の歩く道の先で数人の女子グループが楽しそうに談笑している姿が視界に入った。


(あの子たちは……どこの学校の生徒だろう?)


 彼女たちは見たことのない制服を着用している。

 おそらく僕と同じ中学生だろう。

 地元の女子中学生には見えないので、修学旅行で奈良を訪れた他校の女子生徒かもしれない。


 その女子グループをじっと眺めていると、彼女たちの中に一人だけとびきり可愛い子がいることに僕は気がついた。


 本当に可愛い女の子だ。髪はサラサラのストレートヘアで、肌は美しく、ぱっちりとした瞳は彼女のチャームポイントと言えるだろう。

 小柄でやや童顔のため、一挙手一投足がとても可愛らしい。

 特に口元に手を当てて微笑む姿は、たいていの男子を骨抜きにしてしまうのではないかと思うほどに可憐だった。


(可愛い子だなぁ……あんな子が彼女だったら毎日楽しいだろうなぁ……)


 全然知らない他校の生徒なのに、ついつい見惚れてしまう。

 彼女の姿をもう少し近くで眺めたくて、僕はこっそり近寄った。


 ……と、その時だった。

 先ほどの雄鹿がその女の子に近づいてゆき、彼女のスカートの裾に噛みついたのだ。


 そして、そのままスカートを思いきりめくり上げてしまう。 


(……え?)


 僕の目の前で彼女のスカートの中があらわになり、パンツが丸見えになる。

 

 僕の視線は彼女のパンツに釘付けになってしまった。


(レース……だと!?)


 これほどの衝撃を受けたのは初めてだ。

 いや、この先も今日の出来事を超えるような衝撃を受けることはおそらくないだろう。

 なんと彼女は、かなりセクシーな白いレースの下着を身に付けていたのだ。

 しかも、ちょっぴり透けているのが遠くからでもわかる。

 もしかしたら背伸びしたくなって、ついついセクシーな下着を選んでしまったのかもしれない。

 何にせよ中学生の女の子にはあまり相応しいとは言えないエッチな下着だった。


 一方、鹿にスカートをめくられてしまった女の子は最初のうちは何が起きたか理解できていない様子だった。


 だが、状況が理解できた途端、みるみる顔が赤くなってゆく。


「きゃあっ!!」


 そして、悲鳴を上げながらスカートを押さえるのだった。


 悲鳴を上げたせいでまわりの観光客から視線を集めてしまう女子生徒。

 彼女の顔は茹でダコのように真っ赤になっていた。


 一緒にいた女子生徒たちがスカートをめくられた子を心配して口々に励まし始める。

 しかし、励ましの言葉など当人には気休めにもならないらしく、恥ずかしそうに俯くのみだった。


 まぁ、こんな観光地のど真ん中でスカートをめくられ、パンツ丸見えの状態になってしまったのだから励ましの言葉が届かないのも無理はないだろう。


 だが、本気で恥ずかしがる彼女の姿は非常に可愛らしかった。


 やがてその女子グループがこの場から去ってゆく。

 おそらく、これ以上ここにいたくないという彼女の気持ちを汲んでの行動だ。

 僕はそんな彼女たちの後ろ姿を、ただ黙って見送っていた。


 そして彼女たちの姿が見えなくなった時、僕はようやく正気に戻ることができた。


 可愛い女の子のちょっとセクシーなパンツを拝むことができたために、喜びや幸せの気持ちが込み上げてくる。

 嬉しすぎて、思わず小躍りしてしまいそうだ。

 いや、まわりに観光客がいなければ本当に小躍りしていたかもしれない。

 それほどに今の僕の心は幸福感で満たされているのだ。


 たかだか女の子のパンツを見ただけで大げさだと思う人もいるだろうが、嬉しくなるのも仕方ないだろう。

 なぜなら、中学生の男子なんて基本的にみんなスケベだからだ。


 卑猥な話をしては盛り上がるし、保健体育の授業ではニヤニヤするし、運良く可愛い女の子のパンチラや透けブラを目撃した時はまわりが引くレベルで興奮してしまう。

 それが思春期男子の特徴なのだ。


 僕も当然例外ではない。

 名前も知らない他校の女子生徒だが、パンチラを拝むことができれば素直に嬉しい。

 間違いなく修学旅行最大の思い出となるだろう。

 嬉しすぎて、明日の自由行動でも一人で寂しく過ごさなければならないことなど、もはやどうでもよくなっていた。


 自分のようなぼっちにもこんな幸福が訪れたのだから、人生悲観する必要などないとようやく思えたような気がした。


 ぼっちならぼっちなりに楽しめばよい。

 友だちなんてできなくても幸せは訪れる。

 先ほどのパンチラ事件から本当に大切なことを学んだのだ。


「さてと……そろそろ集合場所に行かないとな」


 スマホで時刻を確認する。

 時間はまだ大丈夫そうだ。

 今から向かえば十分前には集合場所に到着するだろう。


「でもその前に……」


 近くで販売されている鹿せんべいを買いに行く。


 そして鹿せんべい購入後、すぐに同じ場所に戻ってきた。


 先ほどスカートをめくってくれた雄鹿はまだ近くをうろついている。


 僕はその雄鹿に近づくと、


「さっきはありがとう……おかげでいいものが見られたよ」


 優しく頭を撫でながら、お礼の鹿せんべいをプレゼントするのだった。


 

 

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