第37話 双子だったの!? 中編
今日は一時間目から移動教室だ。
そのため朝のホームルーム終了後、オレは移動を開始するべく急いで教科書や筆記用具などの準備を始めた。
そうして授業に必要なものをすべて準備し終えると、ゆっくりとイスから立ち上がる。
それから教科書や筆記用具などを持って教室を出ようとしたのだが……どうやら筆箱が開いていたらしい。
イスから立ち上がった時に、筆箱の中の消しゴムが床に落ちてしまった。
「あ……やべ……」
拾いたかったのだが、両手がふさがっているせいで拾えない。
仕方なく教科書やノート類を机の上に置こうしたら、その前に落ちた消しゴムを拾ってくれた生徒がいた。
拾ってくれたのはなんと、優しくて明るくて学年一可愛いと言っても過言ではない女子生徒・笹岡真穂だった。
「はい、近野くん。落としたよ」
彼女が笑顔で消しゴムを差し出してくる。
「さ、笹岡……」
だがオレは、それを受け取ることもできずにその場で硬直していた。
笹岡の笑顔には男子を癒す効果の他に、オレのような童貞を金縛りにする効果まである。まさに魔性の少女と言えるだ。
そんな美少女の笑顔を間近で不意打ち気味に見てしまったのだから体が硬直してしまうのも無理はないだろう。
その魔性の少女が不思議そうにオレの顔を覗き込んでくる。
「……どうしたの? 近野くん」
固まったままずっと動かないので不審に思ったのだろう。
だが、その無邪気な行為はオレを余計に硬直させた。
「え、ええと……」
美少女に見つめられ、心臓の鼓動が信じられないくらい速くなる。
これほどまでに心臓に負担がかかったのは、おそらく十七年の人生の中で初めてだろう。
可愛い女の子の笑顔はそれだけの破壊力を有しているのだ。
そうして笹岡の前で固まること十数秒。
教室の入口付近から彼女のことを呼ぶ声が聞こえてきた。
「真穂〜! そろそろ行くよ〜!」
笹岡のことを呼んでいるのは同じクラスの女子生徒だ。
おそらく一緒に移動するために友だちを待っているのだろう。
「……あ、うん! 今行くね!」
笹岡はその友人に対して返事をすると、
「消しゴムはここに置いておくね、近野くん」
机の上に拾った消しゴムを置いてから、くるりと背中を向けて友人のもとへと駆け出し、その友人とともに教室から出ていくのだった。
その瞬間、オレのまわりにいた男子たちが騒ぎ始める。
「笹岡……相変わらず可愛かったなぁ……」
「ずるいぞ、近野! オレも笹岡と話したいのに」
「今度笹岡の前でわざと消しゴムを落としてみようかな……」
騒いでいるのは、いずれも彼女のいない男子たちだ。女子との接点がほとんどないから、笹岡に消しゴムを拾ってもらっただけのオレのことを本気で羨ましがっているのだろう。
相変わらず無自覚に少年の心を弄んでしまう女子だ。
一体今まで何人の童貞をその笑顔であの世に送ってきたのだろうか……。
そんなことを考えている間も、男子たちは移動しようともせずになおも騒ぎ続けている。
だが、今のオレには彼らに構う余裕などなかった。
何しろ天使のような女の子の笑顔を至近距離で見てしまった直後なので、冗談ぬきで昇天してしまいそうなのだ。
もしかしたら彼女の『可愛い成分』を過剰に摂取してしまったのかもしれない。
オレみたいな女子と接点のない童貞に、笹岡のような美少女の笑顔は刺激が強過ぎた。
本当なら遠くから眺めるだけで満足するべきなのだろう。
(まさか……これがオーバードーズか……?)
ふと、そんなことを思う。
童貞にとって、美少女の笑顔はなくてはならないものだ。
その笑顔に含まれている『可愛い成分』は、日々の疲れを癒し、嫌なことやツライことを忘れさせ、場合によっては傷ついた心までも治癒してくれる。まさに薬のような効果が期待できるのだ。
童貞はその成分を毎日摂取することで健康に過ごすことができている。持病のある人が薬を持ち歩いて定期的に摂取するようなものだろう。
しかし、癒しや治療の効果があるはずの『可愛い成分』を過剰に摂取したことで昇天しかけてしまうなら、それはもはやオーバードーズだ。
健康的な毎日を送るためにも、薬の摂取量には気をつけなければならない。
オーバードーズ、ダメゼッタイだ。
……とはいえ、笹岡の笑顔を至近距離で見たくらいでオーバードーズになってしまう体質も問題だろう。
いずれは笹岡と付き合いたいと考えているのに、彼女の笑顔で毎回昇天しかけていたら体がもたないからだ。
(笹岡と付き合うためにも、まずはもう少し美少女に耐性をつけないとな……)
美少女とまともに話せない状態では、笹岡との交際なんて夢のまた夢である。
とりあえず今は美少女に免疫をつけなければならない。
改めて当面の目標を認識できた瞬間だった。
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