第35話 オープンキャンパス4
とてもきれいな女子大生だ。
大人びた顔立ちに、整った目鼻。ぱっちりとした瞳や、美しいまつ毛、そして柔らかそうな唇はすべて彼女のチャームポイントと言えるだろう。
髪は艶のあるロングヘアで、手足は長く、背も比較的高い方だ。
非常にグラマラスな体つきをしており、特に胸は服の上からでもはっきりとわかるくらいデカイ。メロンかスイカを二玉隠しているのではないかと疑ってしまいそうになるほどだ。
服装は花柄のブラウスにグレーのプリーツスカートを着用しており、靴は黒のパンプスを履いている。
とても美しく、大人っぽい女性だった。
そんな美人の女子大生に見惚れて、僕は声が出なくなってしまう。
緊張しているせいか、体も硬直してしまっていた。
だが彼女は僕の態度などまったく気にする様子もなく、にこやかに話しかけてくる。
「制服着てるからオープンキャンパスに参加した高校生で合ってるわよね? それとも誰かの付き添いだったりするのかな?」
「い、いえ! オープンキャンパスで来た高校三年生です! い、今はその……迷ってしまって……」
緊張のせいでうまく話せないが、それでも何とか現在直面している問題を伝える。
「あら、そうだったのね。どこに行きたいのかしら?」
「と、図書館です。蔵書が充実していると聞いて興味があって……」
「図書館か……ここからだと少し距離があるわね。よかったら案内するけど、どう?」
「……え? いいんですか!?」
「もちろんよ。困ってる高校生を見捨てるなんてできないしね」
まさに渡りに船だ。
実際にこの大学に通っている学生に案内してもらえば、もう迷子にならなくて済む。
しかも、この女性は超絶美人だ。そんな人が案内してくれるなら、むしろ迷子になってよかったのかもしれない。
だが、嬉しい反面、少し申し訳なくも感じた。
「でも、お姉さんも何か用事があるんじゃ……」
図書館まで距離があるなら、彼女にもその距離を移動してもらうことになる。そのことが申し訳ないのだ。
それに大学にいるということは、彼女にも予定があるだろう。
もしも火急の用事や先約があるならば、そちらを優先してほしいというのが本心だった。
しかし、それについてはどうやら心配無用のようだ。
彼女はなおもにこやかな表情で、予定などないことを伝えてくる。
「平気よ。今日は特に予定なんてないから」
「そうなんですか?」
「ええ。実はサークルの用事で大学に来たつもりだったんだけど一日勘違いしてて……用事は明日だったのよね。サークルに行ったら誰もいなかったからビックリしたわ」
「な、なるほど……」
大人っぽい女性かと思っていたが、どうやら抜けているところもあるようだ。
そんな彼女が、ちょっとだけ可愛らしいと思ってしまった。
「そんなわけでヒマなのよ。だから案内させて」
「そういうことなら、ぜひお願いします」
彼女に予定がないなら、遠慮なく頼ることができる。
ここはお言葉に甘えて図書館まで案内してもらうことにした。
「……それじゃあ、私についてきて」
彼女が先頭に立って歩き出す。
「はい!」
僕もその後を追って足を動かした。
建物を出て直射日光の降りそそぐ屋外を歩く。
相変わらず気温は高いままだが、涼しい風が吹いていたため暑さもだいぶマシになっていると感じた。
そんな夏の昼下がりの屋外を、長く美しい髪を揺らしながら歩くお姉さん。
その背中に向かって、僕は遠慮がちに訊ねた。
「あ、あの……」
「……ん? なぁに?」
「僕、
「あ……そういえば自己紹介がまだだったわね」
どうやらまだ名乗っていないことに気づいてすらいなかったらしい。本当にどこか抜けているようだ。
「私は
「一年生だったんですか!?」
学年を知って僕は少し驚く。大人っぽい女性だったので、てっきり三年生か四年生くらいだと思っていたからだ。
「えっと……失礼ですが、浪人や留年などされたりしましたか?」
「いいえ? 今年の春に現役で合格したばかりだけど、どうして?」
「あ、そうだったんですね……すみません、何でもないです」
現役で合格したなら、大久保さんは現在18歳か19歳ということになる。
つまり、僕と一年しか違わないということだ。
それなのに、彼女は僕とは異なり非常に大人っぽい。
大学生になれば、みんな自然と大人のような外見に近づくのだろうか。
そんなことを考える僕に、今度は彼女が質問をしてくる。
「ねぇ、星崎君。私からも訊きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「もちろん構いませんよ。何でしょう?」
そう言って、大久保さんの質問に耳を傾けた。
「星崎君って、この大学を受験するつもりなの?」
「はい! ここが第一志望の大学です!」
「そうなのね……じゃあ、勉強が好きだったりするのかな?」
「え〜と……」
大久保さんがなぜそんなことを訊いてきたのかは理解できる。
ここは非常に偏差値の高い大学なので、ちょっと勉強ができる程度ではまず合格できない。
そんな大学が第一志望だと聞いたから、勉強が好きなのかもしれないと思ったのだろう。
僕は本当のことを話そうか少しだけ考えた。
約一年前に僕のことを手酷くフッた幼馴染みを見返したくて有名な大学を目指し始めただけで、勉強が好きだから偏差値の高い大学を第一志望にしたわけではない。
もちろん成績が上がるにつれて多少は勉強の楽しさも理解できてきたつもりだが、それでも幼馴染みを見返したいという気持ちは未だに冷めていないのだ。
そのことを今日会ったばかりのお姉さんに話すべきか……。
少しの間悩んだが、隠していても仕方ないことなので、正直に話してしまうことにした。
「実はそこまで勉強が好きなわけじゃないんですよ……一年前まではむしろ嫌いなくらいでした」
「あら……じゃあどうしてこの大学を第一志望にしたの?」
「えっとですね……情けない話ですが、去年の夏にずっと片想いしていた幼馴染みに告白してフラれちゃったんですよ。だからその子を見返したくて難関大学を目指し始めたんです……」
「そうだったのね……」
さすがに幻滅されるかと思ったが、全然そんなことはないようだ。
今の話を聞いても、大久保さんは普通に接してくれている。
それが何だかすごく嬉しかった。
「その幼馴染みは見る目がないわね」
「……え?」
「だって、こんなにかわいい男の子をフるなんて普通は考えられないもの」
「そ、そんな……」
そこまで言われると、お世辞だとしてもさすがに照れてしまう。
女性に“かわいい”なんて言われたのは初めてだった。
「照れなくてもいいのに……本当にかわいいわね」
「からかわないでくださいよ」
「からかってるつもりはないんだけどね……あ! そろそろ図書館に着くわよ」
いつの間にか目的地に近づいていたらしく、大久保さんが階段の下にある大きな建物を指差して言う。
「あの建物が図書館よ。この階段を下りたらすぐだからね」
「あれですね……案内してくださって本当にありがとうございました!」
ここからならもう迷うことはないので、大久保さんの案内は終了だ。
僕は深々と頭を下げて感謝の気持ちを伝えると、さっそく目の前の階段を下り始めた。
コンクリートの階段を一段飛ばしで下りてゆく。
そんな僕の背後で大久保さんがつぶやいた。
「せっかくだから私も図書館に寄って行こうかしら」
「……え? じゃあ一緒に……」
一緒に行きましょう――そう言おうとしたまさにその瞬間だった。
僕たちの周囲に一陣の強風が吹いたのだ。
その強風が大久保さんのプリーツスカートを思いきりめくり上げる。
「あ……」
丸見えになった下着に僕は視線が釘付けになってしまった。
「きゃっ!!」
大久保さんが慌ててスカートを押さえるが、もう遅い。
今の光景はすでに脳内に焼きつけてしまっていたからだ。
「まさか黒とは……」
無意識にそんなことをつぶやく。
大久保さんが穿いていたのはフリルの付いた黒のパンツで、勝負下着かと思ってしまうくらいセクシーでアダルティなパンツだった。
さすがは大学生。外見だけでなく、下着まで大人っぽい。
そんな大人のお姉さんのパンチラを拝めたことに、僕は心からの喜びを感じていた。
一方、下着を見られてしまった大久保さんは両手でスカートを押さえたまま、初心な少女のように顔を真っ赤にしていた。
「……見た? 見たわよね!?」
わかりやすく取り乱す年上のお姉さん。
先ほどまでの大人っぽい振る舞いが嘘のようだ。
あの大人の振る舞いをしていた大久保さんと本当に同一人物なのだろうか……。
「大丈夫です。見てませんから」
一応、見ていないと答えるものの、
「嘘! 今、『まさか黒とは……』とかつぶやいてたじゃない!!」
あの呟きをばっちり聞かれていたため、すぐに嘘だとバレてしまう。
「すみません……」
これ以上、誤魔化そうとしても無駄だろうと感じたので、素直に謝罪した。
「と、とにかく忘れて! いいわね!?」
しかし謝罪だけでは満足できないのか、ものすごい剣幕で忘却を強要してくる。
「あ、あの……階段でそんなに興奮しない方が……」
ここは階段なので、あまり興奮し過ぎるのは危険だ。
だから、真っ赤な顔で取り乱す彼女を何とか落ち着かせようとする。
しかし、少し遅かった。
「きゃっ……」
懸念した通り、彼女は階段から足を踏み外して前のめりに倒れてきたのだ。
「危ないっ!!」
このままでは階段から転げ落ちてしまう――そう思った僕は無我夢中で彼女の体を支えた。
が、両手で支えた部位が悪かった。
なんと僕の両手は、彼女の豊かな胸を鷲掴みにしていたのだ。
一応、体を支えて転げ落ちないようにするという役目は果たしたが、引き換えに彼女にさらなる辱めを与える結果となってしまったのだった。
「あ……あ……」
涙目になって狼狽える大久保さん。
「デカイ……柔らかい……手が埋もれる……」
一方の僕は、初めて触った女性の胸の感触にに感動を覚えていた。
もう少しだけこの感触を堪能したい。この人と密着していたい。
そんなふうに思ってしまったが、今はオープンキャンパスの最中だ。
すぐに人が集まってきて騒ぎになってしまったため、断腸の思いで大久保さんから離れるしかなかった。
「うぅ……恥ずかしい……」
彼女の顔は未だに真っ赤だった。
パンツを見られ、おっぱいまで触られてしまったのだから、まさに踏んだり蹴ったりだろう。
だが、顔を真っ赤にして恥ずかしがる彼女はとても可愛い女の子のようだった。
大人の女性だと思い込んでいたが、まだまだ女の子らしい一面も残っているようだ。
そんな彼女に、僕はいつの間にか心を奪われていた。
しばらくして彼女が耳元でささやいてくる。
「星崎君……」
「は、はい!」
「その……とりあえず支えてくれてありがとう。でも、すごく恥ずかしかったから……今日のことはなるべく早く忘れてね」
ようやく落ち着いてきたのか、もう先ほどまでのように取り乱してはいなかった。
「わかりました。できるだけ早く忘れます」
一生忘れられないだろうなと思いつつも、とりあえずそう返事をしておく。
「よかった……それじゃあ受験頑張ってね、星崎君!」
最後にそう言うと、大久保さんはこの場から去ってゆく。
「……ひとまず僕も移動しよう」
一人になった僕は、周囲の人たちの視線から逃れるために図書館に向かうことにした。
ずっと楽しみにしていた大学の図書館だが、今の僕は大久保さんのことで頭がいっぱいだった。
「いい人だったな、大久保さん……アイツとは大違いだ」
思いやりのない言葉で僕をフッた幼馴染みと、今日会ったばかりの僕に優しくしてくれた大久保さんを比較する。
あんなお姉さんのいる大学なら、彼女が卒業するまでは楽しく過ごせるかもしれない。
そう思うと、何が何でもこの大学に合格したくなってきた。
「優しいし、美人だし、可愛いし、それに何より……間違いなく処女だろうしな……」
完全な推測だが、大久保さんはおそらく処女だろう。
処女どころか、男子と付き合ったことすらないような気がする。
不可抗力でパンツを見られたり、胸を触られただけであれだけ取り乱していたことから考えれば、交際経験はないと推測するのが自然なのだ。
優しくて美人で可愛くて処女のお姉さんなんて最高すぎる。
しかも、彼氏がいないのなら僕にだってチャンスはある。
告白すれば、もしかしたら付き合えるかもしれない。
仮にダメだったとしても、大久保さんならアイツみたいに手酷くフッたりはしないだろう。
だが、そのためにはまずこの大学に合格しなければならない。
今の成績では合格は難しいだろうが、まだ受験まで時間はあるので努力次第だろう。
もし合格できなかったとしても、来年もあるし、再来年もある。
大久保さんは現在大学一年生と言っていたので、今年を含めてチャンスは三回残っているのだ。
その三回の受験のどれかで合格すれば、彼女と一緒にキャンパスライフを送れるかもしれない。
つまり、二浪までならセーフ。
浪人してでもこの大学に入学してやろうと強く思った。
「……まぁでも、やっぱり現役で合格したいな」
二浪まではセーフとはいえ、浪人すればそれだけ大久保と大学で一緒に過ごせる時間が減るし、何よりその間に彼氏を作ってしまうかもしれない。
だから、あまり浪人はしたくないというのが本音だった。
「そのためにはこれまで以上に勉強しないと……」
今まではただ幼馴染みを見返したくて難関大学を目指していた。
しかし、今はもう幼馴染みのことなどどうでもよい。
大久保さんと同じ大学に通いたい――今、僕の心にあるのはその気持ちだけだ。
この大学に合格して同じサークルに入れば一緒にいろいろな活動ができるし、一緒に食事をしたり二十歳になったあとは飲み会をすることだってできる。
もしかしたら同じバイト先で働けるかもしれないし、一緒に旅行をする機会だってあるかもしれない。
そうやって多くの時間を共有し、信頼を積み重ねていけば、いつかは恋仲になれる可能性だってあるのだ。
そんな未来を掴むためにも、今はとにかく勉強して成績をさらに上げなければならない。
受験まで残り約半年。
もう一分一秒だって無駄にできない。
僕は本気で受験勉強に取り組み、全力を出し切ろうと誓った。
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