第33話 オープンキャンパス2

 幼馴染みにこっぴどくフラれた日から約一年。

 僕は三年生になり、高校生活も残り八ヶ月ほどとなってしまった。


 あの告白以来、幼馴染みとは一言も話していない。

 家が近所だし学校も同じなのでほとんど毎日のように顔を合わせるのだが、やはり気まずいし、それに何より彼女が『話しかけないで』オーラを発していたため、声をかけることはおろか近づくことさえ躊躇われてしまっていたのだ。

 そのせいでこの一年間、一言も話せないまま、ついに高校生活最後の夏休みを迎えようとしているのである。


「いよいよ最後の夏休みかぁ〜」


 とある平日の放課後。生徒たちが下校し、誰もいなくなった教室で僕はぼんやりと窓の外の景色を見つめながらつぶやいた。


 思えばずいぶんと退屈な高校生活を送ったものだ。

 友だちも少なく、部活にも入らず、当然恋人もいない、およそ“青春”とはほど遠い二年と四ヶ月。

 たいていの人は灰色の高校生活と考えるだろう。


 しかし、僕は自分の高校生活をそこまで悲観しているわけではなかった。

 なぜなら幼馴染みにフラれたことをきっかけに、勉強に目覚めたからだ。


 イケメンというわけでもなく、スポーツができたり特技があったりするわけでもない僕が、唯一努力で何とかできることがあるとすればそれは勉強だ。


 今まではおろそかにしていた勉強を頑張ることで少しずつでも成績を上げて有名大学に合格し、僕をフッた幼馴染みを見返してやりたい。

 その一心でこの一年間必死に勉強してきたのだ。

 おかげで僕の成績はみるみる上昇し、今では学年上位に入るほどにまで成長した。


 これは間違いなく一年前のあの日、こっぴどくフラれたおかげだろう。

 もしもやんわりとフラれていたら、ここまで必死に勉強しようなんて思わなかった可能性が高い。

 あの時の幼馴染みの言葉は今でもトラウマとして僕の心に残ってしまっているし、あの一件以来、彼女と会話することすらできなくなってしまったことは悲しいが、それでも勉強に目覚めるきっかけになったと考えればそこまでツラくはないのだ。

 むしろ手酷くフッてくれたことに感謝さえしているくらいだった。


「夏休みのメインイベントと言えば……やっぱりオープンキャンパスだよな」


 手元にある大学のオープンキャンパスの案内パンフレットに視線を落とす。


 多くの大学は夏休みにオープンキャンパスを実施しており、大学のキャンパスはその間、主に受験生で賑わうことになる。

 去年までの僕はあまり興味を持てなかったのだが、勉強に目覚め、難関大学を受験しようと考えている今は違った。

 志望校には受験前に一度足を運んでおいた方がよい。

 受験生にとって夏休みは天王山なので今まで以上に勉強に力を入れなければならないが、実際に受験する予定の大学を訪れて、期待を膨らませ士気を高めることも重要なのだ。

 そのため今年は絶対にオープンキャンパスに参加するつもりだった。


「僕が受験する予定の大学ってどんなところなんだろう……今から楽しみだ」


 第一志望の大学は、非常に偏差値の高い難関大学だ。

 学年上位に食い込むほど成績が上がったとはいえ、正直今のままでは記念受験にしかならないだろう。地に足の着いた人生を望むならワンランク下の大学を目指すべきなのかもしれない。


 しかし、僕をフッた幼馴染みを見返すためには妥協は許されない。

 彼女も相当優秀な生徒なので、そこそこレベルの高い大学を受験するだろう。

 そんな彼女より難しい大学に合格しなければ意味はないのだ。


「……とりあえず今は帰って勉強しないとな」


 学校指定のカバンを掴み、教室を後にする。

 オープンキャンパスを楽しみにするあまり、勉強がおろそかになって成績が下がったら本末転倒だ。

 来たるべき大学受験に備えて、今は一分一秒を惜しんで勉強しなければならない。


 幼馴染みを見返すため、そして何より自分自身の将来のため、合格するその日まで全力で頑張ろうと改めて思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る