第31話 中学生になった幼馴染み 後編

 楽しくおしゃべりをしながら、オレたちは自宅への道を歩く。

 オレにとってはとっくに慣れてしまった通学路。

 だが、真奈にとってはこれから少しずつ慣れてゆく通学路。

 これから毎日のように一緒にこの道を歩いて学校へ行けるのかと思うと、今からすごく楽しみだった。


 そうして歩くこと約十五分。

 もう少しで自宅に到着するというところで、真奈が突然ある場所を指差した。


「……あ! 見てください、先輩! 子どもの頃によく遊んだ公園ですよ」


 その指の先にあったのは、幼い頃に一緒に過ごした公園だ。

 どうやらその時の思い出が急に蘇ってきたようだ。


「そういや小学校低学年の頃は暗くなるまでここで遊んだっけな」


 もちろんオレもその時のことはちゃんと覚えている。

 小さい公園だがブランコや滑り台、ジャングルジムに登り棒、そして広めの砂場と、子どもが遊ぶには充分過ぎるほどの遊具がそろっていたから当時は夢中になって遊んだものだ。

 自宅の近くだったというのも、この公園でよく遊んだ理由のひとつだろう。

 子どもの足でも五分ほどで来ることができたからこそ、オレや真奈にとっては大事な遊び場だったのだ。

 そんな思い出深い場所だが、小学校高学年になる頃にはすっかり来なくなってしまったため、最後にここで遊んだのはもう何年も昔だろう。

 なんだか急に懐かしくなってきた。


「せっかくですし、ちょっと寄っていきませか? 今なら誰もいないので貸し切りですよ」

「……え? まぁいいけど……」


 真奈の提案で少し公園に寄っていくことになった。

 さすがに遊具で遊ぶような年齢ではないが、思い出の場所であることに変わりはないので、ちょっとだけ立ち寄るのも悪くないと思ったのだ。


 オレたちは数年ぶりに公園の敷地に足を踏み入れた。


 そのまま静かな公園内を歩き、ブランコの前で足を止める。

 二人分しかない簡素なブランコが、あの当時の状態のまま残っていた。


「わ〜懐かしい〜! このブランコって、こんなに小さかったんですね……あ、でもちゃんと今でも座れます!」


 そう言いながら近くのベンチにカバンを置き、真奈が二つあるブランコのうちのひとつに座る。

 それからオレにもブランコに座るように促してきた。

 

「先輩もどうですか? となり空いてますよ」


 無邪気にはしゃぐ真奈が可愛らしい。

 オレは言われた通り、もう片方のブランコに座ることにした。

 もちろんカバンはベンチに置いておく。


「確かに……小さいけどちゃんと座れるな……」


 子ども向けに造られていると思っていたが、中学生でも乗ることはできるようだ。

 童心に返ることができて少しだけ楽しいと感じてしまった。


「あはは! 楽しいです〜!」


 となりでは真奈が座ったままブランコをこいでいる。

 つい半月前まで小学生だったので、中学の制服を着ていてもやはり内面はまだまだ子どもなのだろう。

 無邪気にブランコをこぐ彼女の姿はとても微笑ましかった。


 だがしばらくすると、真奈は座ったままブランコをこぐことに物足りなさを感じたのか、急に立ちこぎを始めるようになった。

 ブランコという遊具は座ってこぐより立ってこぐ方が、より高い位置まで動かすことができる。

 だから立ちこぎを始めたのだろう。


「高い、高〜い!」


 座ってこいでいた時より高い位置に到達できたことが嬉しいのか、真奈は先ほどまでよりも楽しそうにしていた。


 しかしブランコに夢中になるあまり、真奈は失念してしまっているようだ――自分が今、膝上数センチの短いスカートを着用しているということを。


 当然スカートは盛大にめくれ、清楚な純白のパンツが丸見えになる。

 だが、真奈はスカートがめくれていることにまったく気づかない。

 オレの視線は、そんな幼馴染みの下半身に釘付けになっていた。


(どうしよう……言った方がいいのはわかってるんだけど……)


 すぐ隣でパンチラしながらブランコをこいでいる真奈を見て、オレの脳内で天使と悪魔が口論を始める。

 彼女のことを想うなら下着が見えていることをそれとなく教えるべきだというのが天使の意見。

 女の子のパンチラに遭遇する機会なんて滅多にないし自分で気づくまで遠慮なく拝ませてもらおうというのが悪魔の意見。

 

 頭では天使の意見が正しいとわかっているのだが、本能が邪魔して彼女に伝えることができない。

 オレだって年頃の男子なのだから、可愛い女の子のパンチラを見たら理性なんて吹っ飛んでしまうのだ。


(真奈は妹のような存在……真奈は妹のような存在……)


 必死に自分に言い聞かせるも、まったく効果はない。

 結局オレは、下着が見えているのを本人に伝えることも視線をそらすこともできずに、ただただ幼馴染みのパンチラ姿を欲望のままに見つめていた。


 やがてオレの視線に気づいた真奈が、ブランコをこぎながら首を傾げて話しかけてくる。


「……どうかしたんですか? 先輩……あ!」


 オレの視線を追って下半身を見下ろしたことで、真奈はようやくパンツが丸見えになっていることに気づいたようだ。

 顔を真っ赤にしてしゃがみ込み、その体勢でブランコの揺れが収まるのを待つのだった。

 

 こぐのをやめたことでブランコの揺れはどんどん小さくなってゆく。

 そうして完全に止まった頃、赤い顔をこちらに向け、彼女は一言だけつぶやいた。


「…………えっち」

「な……」


 まさか妹のように思っていた幼馴染みからそんなことを言われる日がくるとは夢にも思わず思考が停止してしまう。


「見えてるなら教えてほしかったです……それか、せめて視線をそらすとか……」


 未だ赤い顔のまま不満を口にする真奈。


「それは……ごめん……」


 とりあえず素直に謝罪することにした。

 だが健全な男子中学生にとって、女子のパンチラから視線をそらすなんて不可能に近い行為だ。

 目が離せなかったとしても仕方がないだろう。


「もう……帰りますよ、先輩」


 真奈がブランコから降りて、ベンチに置いたカバンをつかみ、歩き出す。


「あ、待てよ……」


 オレも慌てて自分のカバンをつかむと、前を歩く後輩の背中を追いかけた。


「あの……」


 目に見えて不機嫌になってしまった後輩に、恐る恐る声をかける。


「何ですか?」


 怒っているはずなのに、一応返事はしてくれた。

 その怒りを少しでも鎮めるつもりで、彼女に耳打ちをする。


「さっきのことだけど……なかなか可愛いパンツだったと思うぞ? 変に背伸びしてないっていうか……ぶっちゃけ紐パンとかTバックとか穿いてたらどうしようかと思ったよ」

「……なっ!?」


 それを聞いた瞬間、真奈の顔がみるみる赤くなっていった。

 フォローしたつもりだったのだが、どうやら逆に火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。


「な、な、な、何言ってるんですか!? 先輩の色情倒錯男!!」

「色情倒錯男!?」


 引っ込み思案の幼馴染みからは想像もつかないほどの罵声を浴びせられてしまった。

 今までこんなに怒った真奈を見たことがなかったため、どう対処すればよいのかわからない。


 そんなオレには目もくれず、真奈は再び歩き出してしまう。


「だから待てって! 帰るなら一緒に……」

「ふん! えっちな先輩なんてもう知りません!」


 フグみたいに頬を膨らませて怒っていることをアピールしてくるが、その姿が可愛いくて思わずふき出しそうになってしまった。

 ……まぁ、ここで笑ったら今度こそ本気で怒らせてしまいそうだったので、なんとか笑いは堪えたのだが。


(それにしても可愛いパンツだったな……)


 真奈の後ろについて歩きながら、オレは先ほどの光景を思い出す。

 パンツ丸見えの状態でブランコをこいでいた姿が脳裏に浮かんだ瞬間、自然と顔がニヤけてしまった。

 可愛い女の子のパンチラは、思春期の男子を幸福にするには充分過ぎるのだ。

 この幸福はしばらくは忘れられないだろう。


(真奈のパンツを見る機会なんてもうないだろうし、さっきの光景はちゃんと頭に焼きつけておかないとな……)


 家に着くまでの間、オレはずっとニヤけ顔でそんなことを考えていた。




 ちなみに余談だが、もう二度と見ることはないであろうと思っていた真奈のパンツを、この後オレはなんと五日連続で目撃することになる。


 明日の火曜日は階段を上っている時に偶然降りてくる真奈と出くわし、その際にスカートの中が見えてしまい、


明後日の水曜日は真奈に部活動見学に付き合って廊下を移動している時に、なぜか床に落ちていた手鏡に彼女のスカートの中が映ってしまい、


その翌日の木曜日は一緒に登校している時に突然強風が吹いて真奈のスカートがめくれ上がったことで彼女の下着を目撃してしまい、


最後の金曜日は廊下でばったり会った際に、なぜか濡れていた床に真奈が足を滑らせ尻もちをついたことで、オレに見事なM字開脚を披露するハメになったのだ。


 パンツの柄は、火曜日が花柄、水曜日がうさぎ柄、木曜日が無地の白に黄色い水玉模様を散りばめたドット柄、そして金曜日が薄い水色だった。

 どれも年相応の可愛らしい下着と言えるだろう。


 オレにパンツを見られる度に恥ずかしそうに顔を赤くする真奈はとても可愛くて、こんなハプニングなら毎日続けばいいのに……などと思ってしまうのだった。


         ◇◇◇◇◇


 ラッキースケベシュライン。

 それは参拝した者にラッキースケベなイベントをプレゼントしてくれる神社のことだが、基本的にラッキースケベは一度の参拝で一回しか起こらない。


 にもかかわらず今回に限って五日連続でラッキースケベが発生したのは、参拝の時に智紀が自分のことではなく幼馴染みのことを願ったからだろう。

 

 幼馴染みが充実した中学校生活を送ることこそが最大の幸せ――そんな心優しい智紀だから、神様もサービスしたくなったのだ。


 自分自身の幸福を追求することは大切だが、時には他人の幸福を願うのも同じくらい大事なことなのかもしれない。

 最後に幸せになるのは、他者の幸せを心から願える人間なのだから――。


 

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