第30話 中学生になった幼馴染み 中編

 四月七日、月曜日。

 ついに真奈の入学式の日がやって来た。


 前日の夜、オレはそわそわし過ぎてなかなか寝つけなかった。

 何だか本人以上に緊張しているような気がするが、仕方ない。

 真奈の入学式は、オレにとってとても重大なイベントなのだ。


 だが、なかなか寝つけなかったわりには朝から元気だった。

 幼馴染みの晴れ姿を見るのが楽しみでテンションがハイになっているためだろう。

 オレはその日、朝食を済ませると、いつもよりずっと早く登校した。


         ◇◇◇◇◇


 特にトラブルが発生することもなく、予定通りの時刻に入学式が始まる。

 保護者や教員、そして在校生の待機する体育館に新入生たちが入場した。

 着慣れない制服を身にまとい、期待や不安の入り混じった表情の新一年生たちは、とても新鮮で初々しい。

 残念ながら真奈の姿を見つけることはできなかったが、きっと他の一年生たちと同じような表情をしているのだろう。

 真奈がどんな顔をしているのかを想像しながら、オレはおめでたい入学式を過ごすのだった。




 式は滞りなく進行し、やがて終了となる。

 生徒たちはそれぞれ割り当てられた教室へと向かった。

 だが今日は半ドンなので、この後は特にやることはない。

 せいぜいクラス内で自己紹介とホームルームがあるくらいだ。


 その自己紹介やホームルームもあっという間に終了し、解散となる。

 その瞬間、クラスは賑やかになった。

 教室内でおしゃべりを始める者、どこかへ遊びに行く者、まっすぐ帰宅する者など様々だ。

 オレは新しい教科書などをカバンに詰め込むと、すぐに教室を出て、昇降口へと向かった。


 昇降口で靴を履き替えて、外に出る。

 入学式の日だけあって、外は新一年生やその保護者で賑わっていた。


(真奈は……いないか)


 どこかに真奈がいるのではないかと期待したが、キョロキョロ見回してみても彼女の姿は見当たらない。

 できれば会いたかったが、どこにいるのかわからないのでは仕方ないだろう。

 明日から毎日会えるのだから、今日会えないことなど大した問題はない。

 そう考えて帰宅することにしたオレは、校門へと向かった。

 そして校門を出て少し歩いたところで、


「あ……智紀せんぱ〜い!」


 背後から突然声をかけられたのだった。


 可愛らしい女の子の声だ。


 それが真奈の声だということは、振り返らずともすぐに分かった。


「……真奈?」


 足を止めて、ゆっくりと振り返る。

 そこには果たして真奈の姿があった。

 小柄で手足は短く、それほど長くない髪を二つに括ってツインテールにしており、幼いが可愛らしい顔立ちの少女は間違いなくオレの幼馴染みだ。

 今年度の新入生の中で一番可愛いかもしれない。

 そんな学年一の美少女と言っても過言ではない真奈は、にこやかに微笑みながらオレのことを見つめていた。


「よかった……智紀先輩に会えて」

「オレも会えてよかったよ。でも、いいのか? 今頃両親が探してたりするんじゃ……」


 校門あたりには今も多くの新入生たちが両親と話したり写真を撮ったりしている。

 だから真奈の両親も娘のことを探しているのではないかと思ったのだ。


「あ、大丈夫ですよ。両親とは、ついさっきまで一緒に過ごしてましたから。二人ともわたしの制服姿を撮影したらすぐに仕事に飛んで行っちゃいました」

「そういえば真奈の両親は忙しい人だったな……」


 おそらく娘の入学式のために、会社の上司に無理を言って午前中だけ休みにしてもらったのだろう。実に娘想いの両親だ。


「……で、どうですか? 制服姿、似合ってますか?」


 真奈がはにかみながら訊いてくる。

 オレは思ったことを正直に伝えた。


「ああ、似合ってる。めちゃくちゃ可愛いよ!」


 新品の制服に身を包んだ真奈はとても可愛い。

 紺色のブレザーも、胸元の赤いリボンも、チェック柄の短いスカートもすべてが似合っていた。

 冗談ぬきで、真奈のためにデザインされたのではないかと思ってしまうほどだ。


「本当ですか!? よかったです!」


 幼い頃から一緒にいるせいか、オレたちは互いの嘘をすぐに見破ることができる。

 だから、オレが心から可愛いと思っていることは真奈にもちゃんと伝わっているのだ。

 お世辞はないことが分かるから、こんなに喜んでいるのだろう。

 真奈の喜ぶ姿を見ていると、オレも嬉しい気持ちになるのだった。

 

「ところで、先輩の方はどうでしたか? クラス分けがあったんですよね?」

「オレの方は大丈夫だ。一年生の頃のクラスメイトもたくさんクラスにいたからな。それより、さっきから気になってたんだけど、“先輩”っていうのは……」

「もちろん智紀先輩のことですよ。今日から中学生になったんですから、上級生のことはちゃんと“先輩”って呼ばないといけませんからね」

「そうか……」


 想像以上に真奈がしっかりしていたので、オレは少し驚いた。

 小学生の頃はオレのことは“智紀くん”と呼んでいたし、話し方もタメ口だった。

 それが今はちゃんと“先輩”と呼び、後輩らしく敬語で話している。

 見違えるほどの成長だ。

 今年の正月に会って以降、約三ヶ月ぶりの再会だが、まさかこんなに成長しているとは思わなかった。

 この年頃の子どもがちょっと見ない間に刮目してしまうほどの成長を遂げるのは男子も女子も同じようだ。

 引っ込み思案でオレ以外の相手とはまともに話すことすらできなかった真奈だが、この様子を見るにもう大丈夫だろう。

 これなら充実した中学校生活が送れるような気がする。

 まだまだ子どもだと思っていた真奈が巣立ってゆくのは少し寂しいが、それ以上にこんなに成長してくれたことが嬉しかった。


「さてと……いつまでも話しているわけにはいきませんし、そろそろ帰りましょうか?」

「そうだな……久しぶりに一緒に下校しようか」

「はい! 一緒に下校するの一年ぶりだから嬉しいです!」


 そうしてオレたちは桜の花びらが舞う道を、並んで歩き始めるのだった。


 

 

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