第24話 家出したクラスメイト 紫視点①

 私の名前は松宮紫まつみやゆかり。地元の学校に通う高校一年生。

 自慢じゃないけど、私の通っている高校はこのあたりでは一番偏差値が高くて、大多数の生徒が有名大学を目指して日夜勉学に励んでいるわ。

 かくいう私も、親から半強制的に今の高校に入学させられて、少しでもいい大学に行くために平日も休日も関係なく勉強しているの。


 だけど、私には子どもの頃から夢がある。

 母親から反対されるのが怖くてまだ誰にも話したことのない夢。

 今までは母親に言われるがままに高校受験をして、言われるがままに勉強してきた。

 今も言われるがままに有名大学を目指している。

 いい大学を出て有名な企業に就職できれば、それなりに幸せな人生を送れると心のどこかで信じていたのかもしれない。


 でも、やっぱり私は子どもの頃からの夢を叶えたい。

 そのために専門の学校で学びたい。

 日に日にそんな気持ちが強くなってきたの。

 

 だから私は今度の土曜日に、将来について親と真剣に話し合うことを決意したわ。

 休日の夕方なら時間もあるし、ちゃんと聴いてもらえると思う。

 今まで将来の話なんてほとんどしたことなかったから驚かせてしまうかもしれないけど、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。

 高校生活はあっという間なのだから。


         ◇◇◇◇◇


 親と進路について話すという決意を固めてから数日。

 ついに運命の土曜日がやって来た。

 その日は朝から塾があったので、しっかりと寒さ対策をしてから家を出たの。

 この塾も親からほとんど強制的に通わされているだけなんだけど、勉強は嫌いではないし成績を下げるわけにもいかないから頑張って続けているわ。


 そして私はその日、夕方の五時まで塾で過ごしてから帰宅した。


「……ただいま」

「おかえりなさい、紫」


 帰宅した私を母親が出迎えてくれる。

 

「寒かったでしょう。今、温かいココアでも入れるわね」


 そう言って台所に向かおうとする母親。

 そんな母の背中に、意を決して話しかけた。


「あの……お母さん。大事な話があるんだけど……」

「……大事な話?」


 母親が立ち止まって振り返る。


「うん。進路について話があるの……」

「わかったわ。じゃあ飲み物を用意するから、あなたはコートを脱いでリビングで待ってなさい」


 母が再び台所へと歩き出す。

 私は内心不安を感じながらも、言われた通りコートを脱いでリビングに向かった。


 イスに座ってしばらく待っていると、母がココアの入ったマグカップを二つ持ってやって来る。

 そしてテーブルの上にマグカップを置き、私と向かい合う形でイスに座った。


「……で、話って何かしら?」

「えっと……あのね……」


 私はおっかなびっくり話し始めた。

 子どもの頃からの夢があること。

 その夢を叶えるために専門学校で学びたいと考えていること。

 そういう理由で、大半の生徒が目標にするような有名大学に行くつもりはないこと。


 母は最初こそ冷静に話を聴いてくれていたが、徐々に怒りをあらわにするようになってゆく。

 そして、私が話し終わる頃にはその怒りが頂点にまで達してしまったようだった。


「紫! あなた、自分が何を言っているかわかっているの!?」


 怒りを爆発させ、感情のままに責め立ててくる。

 

 ここまで感情的になっている母を見たのは初めてかもしれない。

 私は気圧されつつも、必死に自分の気持ちを伝えた。


「私はどうしても夢を叶えたいの! わかって! お母さん……」


 だが、母は頑として私の気持ちを理解しようとはしてくれない。

 ただただ自分の考えを押しつけてくるのみだ。


「私はあなたのためを想って言ってるのよ! 偏差値の高い高校を受験するように勧めたのも、塾に行かせてるのもすべてあなたの将来のためなの。叶うかもわからない夢のために専門学校に行くより、有名な大学を出た方が選択肢が広がるし、何より就職の時に有利になる……だから今はくだらないことを言ってないで、とにかく成績を上げることだけ考えていればいいの!」


 有名な大学を出て大手企業に就職することこそが幸福につながると信じて疑わない母。

 

 あまりに一方的な押しつけに、私は苛立ちを募らせていった。


「くだらないって何よ!! 私にとっては子どもの頃からの夢なの!! お母さんの勝手な価値観を押しつけないで!!」


 感情のままに捲し立てると、勢いよくイスから立ち上がる。

 そしてそのまま玄関に向かって走り出すと、乱暴にドアを開けて外に飛び出した。


「こら、待ちなさい! 紫!」


 家を飛び出した私を母が引き止めようとしてくる。

 

 そんな母の言葉を無視して、私は脇目も振らずに一月の寒空の下を走り続けた。

 

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