第23話 家出したクラスメイト 悠介視点②

 翌日・土曜日。

 その日は朝から曇っていたせいか、気温が上がらず、いつも以上に寒く感じた。


 だからオレは、防寒着でしっかりと寒さ対策をしてから玄関に向かう。


「……じゃあバイト行ってくるから、留守番よろしくな」

「うん! 行ってらっしゃい、お兄ちゃん!」


 そう言って、笑顔でバイトに行くオレを見送ってくれるのは、妹の上浦実優かみうらみうだ。

 実優は現在中学二年生で、不在がちな両親に代わって家事全般を担ってくれている。


 少し童顔で背が低くショートカットの実優は、実年齢よりも下に見られることも多いが、非常に真面目でしっかりしている女の子だ。

 だからこそ、両親も安心して実優に家のことを任せられるのだろう。

 オレにとっても自慢の妹だった。


 そんなしっかり者の妹に留守番を任せてオレは家を出る。

 その瞬間、一月の厳しい寒さに襲われる。


「うわっ! 寒っ!!」


 あまりの寒さに、オレは無意識のうちに身を縮こまらせ、ポケットの中に手を突っ込む。

 少しはマシになったが、一月の厳しい寒波はその程度の抵抗では防げない。

 このまま屋外で突っ立っていたら、冗談ぬきで凍死してしまいそうだ。


「……早くバイト先に行こう」


 一刻も早く暖房の効いた屋内に避難しなければと考えたオレは、ポケットに手を入れたまま、バイト先のコンビニに向かってゆっくりと歩き出した。


 自宅からコンビニまでは歩いて二十分ほど。

 少し距離があるので普段は自転車で向かうのだが、今日は風が強く自転車では煽られそうだったので歩いて向かうことにしたのだ。


「うぅ〜さみぃ……」


 全身に吹きつけてくる寒風に耐えながら、一歩ずつ前進する。

 風がモロに当たる鼻と耳が特につらかった。


 それでも遅刻するわけにはいかないので、オレは無心で歩き続けた。


 そうしてバイト先まで残り半分となった頃。

 視界に不思議な建物が飛び込んできて、オレは思わず足を止めた。


「なんだ? あれ……」


 バイトに行く途中だということも忘れて、その建物を呆然と見つめてしまう。


 そこには厳かな空気の漂う神社が建っていた。


「こんな神社、昨日まではなかったよな……」


 オレが驚いた理由はそれだ。

 昨日までは何もなかったはずの場所に立派な神社が建っている。

 これで驚くなという方が無理だろう。

 だが、不思議と恐怖は感じなかった。

 だから緊張感を覚えつつも、鳥居をくぐって敷地内に足を踏み入れる。

 他に参拝客はおらず、境内は静まり返っていた。


「変わった神社だな……こんなに広くて立派なのに参拝客どころか巫女も神主もいないなんて……」


 人がいないことに疑問を感じながら、参道を歩く。

 そして拝殿に到着すると、さっそく参拝することにした。


 ポケットから財布を取り出し、中身を確認する。

 中には小銭が少しと紙幣が数枚入っていた。


「さてと……いくら投入するか……いや、悩むまでもねぇな」


 オレは迷うことなく五千円札を取り出す。

 そして、それを賽銭箱に投入した。


「彼女ができますように!!!」


 切に、本当に切に願う。

 何しろ五千円も投入したのだ。

 大人でもこんな大金を賽銭箱に入れたりはしないだろう。

 それなりのご利益を期待する権利はあるはずだ。


「五千円は大金だけど……お年玉を貰ったばかりだし、バイト代も入るからまぁ大丈夫だろ……」


 今回オレが躊躇なく五千円札を投入できたのは、いつか彼女ができた時のためにお年玉やバイト代をコツコツと貯金してきたからだ。

 デートをするにも身だしなみを整えるのにもお金はかかる。今までそのために貯金してきたのだ。


 だが、肝心の彼女ができないままでは貯金した意味がない。

 だから、あくまで彼女と出会うキッカケを作ってもらうために神仏を信じて大金を投入したというわけだ。

 合コンにしろマッチングアプリにしろ異性と出会うにもお金はかかるものなので、今回の賽銭も必要経費と思えば割り切れないこともない。

 五千円で彼女ができるなら安いものだ。


 それからオレは数分間微動だにせず、ただひたすら祈り続けてからバイト先に向かうのだった。



         ◇◇◇◇◇


 それから約十時間後。

 バイトを終えたオレは、ようやく帰宅することを許された。


「や、やっと終わった……」


 コンビニを出たオレは、自宅へ道をゆっくりと歩き出す。

 現在の時刻は午後六時前。

 一月なので、すでに周囲は真っ暗だ。


「まさかこんな時間まで扱き使われるとは思わなかった……」


 本来のシフトではもっと早い時間に上がれるはずだった。

 だが、従業員の一人が急病で仕事に来れなくなってしまったために残業を余儀なくされ、こんな遅くまで拘束されてしまったのだ。


「……まぁ明日は休みだし、一日ゆっくりしよう」


 そんなことを考えながら、ヘトヘトになった体を無理矢理動かして自宅に向かう。


 だが、少し歩いたところで顔に何か冷たいものが当たった。


「冷たっ!!」


 反射的に手で顔に触れる。

 すると、その部分がわずかに濡れていることに気がついた。


「まさか……」


 嫌な予感を覚えて空を見上げる。

 その予感は的中し、ぽつぽつと雨が降り始めるのだった。


「雨が降るなんて聞いてねぇぞ!?」


 今朝は曇っていたが、降水確率は低かったため、傘など持ってきていない。

 近くに雨宿りできるような場所もないので、オレは仕方なくバイトで疲弊した体に鞭打って走り出した。


 雨はだんだん強くなってゆき、降り始めてからわずか数十秒ほどで本降りになる。

 すでにオレの体はびしょ濡れだ。


「くっそ! ただでさえ寒くて凍えそうだってのに……」


 冬の雨なので、氷のように冷たい。

 その冷たい雨に、どんどん体温が奪われてゆく。


「せめてコンビニを出る前に降ってくれれば、傘を買えたんだけどなぁ……」

 

 そんなオレの泣き言が、冬の雨空にむなしく響いた。

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