第14話 完璧なお姉さんだと思ってた 中編
夏休みを目前にひかえた七月中旬のある日。
その日は朝から猛暑で、湿度も高く、じっとしていても汗ばんでくるような日だった。
梅雨が明けてからまったく雨が降らなくなり、晴天が続いたため、ここ数日は異常な暑さだ。
実際、七月に入ったあたりから毎日のように熱中症で病院に搬送されるというニュースを聞くようになった。
それほどに過酷な暑さなのだ。
しかし残念なことに、そんな理由では学校は休みにならない。どんなに酷暑でも、平日である限り子どもは学校へ行かなければならないのだ。
うだるような暑さの中、いつもより少し早めに家を出たオレは、学校に向かって歩き始めた。
中学生になって早三ヶ月強。毎日のように往復しているから、この通学路はすでに慣れていた。
どこにどんな店や建物があるかも完璧に把握している――はずだったのだが、今日はその慣れたはずの通学路に見たことのない神社が建っていたため、思わず足を止めてしまった。
「……え? 神社!?」
立派で厳かな雰囲気の漂う神社だ。
こんな神社など昨日まではなかったはずなのに、これは一体どういうことだろう……?
「……まぁ、せっかくだし参拝するか……」
なぜかはわからないが、参拝しなければならないという使命感のような感情を抱いたため、オレは鳥居を潜り、境内に足を踏み入れる。
広いだけでなくきれいな境内だなと感じた。
まずは手水舎で手と口を清め、拝殿へ。
賽銭箱の前で立ち止まると、カバンから財布を取り出した。
……が、ここでちょっとした問題が発生する。
「あれ!? 小銭がない!?」
そう――財布には小銭が一枚も入っていなかったのだ。
一円玉も五円玉も十円玉も五十円玉も百円玉も五百円玉も入っていない。どうりで財布が軽いわけだ。
「どうしよう……」
オレは本気で迷った。
一応千円札は入っていたが、残念ながら参拝でお札を投入できるほど経済的に豊かなわけではない。中学生にとって千円は大金なのだ。
「けど、ここまで来て参拝しないで帰るのも神様に失礼だよな……」
賽銭箱の前まで来ておいて、参拝せずに帰るのはさすがに気が引ける。
オレは普段はそこまで信心深いわけではないが、それでもこういう場所に来れば神仏に対する信仰心は芽生えるのだ。
「………………仕方ないか……」
迷いに迷った末、オレは財布から千円札を取り出し、賽銭箱に入れた。
千円という大金を失うのは相当の痛手だが、参拝せずに帰るよりはマシだろう。
オレは本坪鈴を鳴らし、目を閉じて二礼二拍手すると、本気で神仏に祈願し始めた。
「あき姉の彼氏になれますように!!」
ここまで真剣に祈願したのは人生で初めてだろう。
毎年元旦には初詣に行って健康や学業に関する祈願をしているが、今回はその比ではないくらい真剣に祈っている。
何しろ千円も投入したのだ。それ相応のご利益を期待する権利はあるだろう。
そんなことを考えながら、ひたすらあき姉との関係の進展を祈願する。今のオレには、それ以外に叶えたい願いなどないのだ。
そうして充分過ぎるほど祈ると、最後に一礼してから目を開けた。
「……本当にお願いしますよ」
そうつぶやいてから、オレは拝殿に背を向ける。
そのまま参道を歩き、鳥居をくぐって敷地の外に出た。
そして、自分が今なにをやっていたのか思い出せないことに気味の悪さを感じつつも、再び学校を目指して歩き出すのだった。
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