第11話 お兄ちゃんって呼んでもいい? 中編
「反対側を探してみるか……」
再び大通りに戻ってきた俺は、道の向こう側に行ってみることにした。
駅へと続く道路だけあって交通量は多いが、幸いすぐ近くに歩道橋があるので道路の向こう側へは簡単に行けそうだ。
さっそく歩道橋に向かって歩き出す。
そして歩道橋の真下に着くと、階段を上り始めた。
一段、また一段と上を目指す。
そうして三分の一ほど上ったところで、俺は一人の女子高生が上から降りてきていることに気がついた。
とても大人っぽい女子高生だ。背は高めで、手足はすらりとしており、長い黒髪はツヤがあってとても美しい。
顔立ちは非常に凛々しく全身から大人の女性のオーラを発しているので、制服を着ていなければ成人女性と思ってしまったかもしれない。
また、その制服もかなり着崩しており、スカート丈も限界まで短くしているようだった。
スカートが短いせいで白く美しい太ももが露出していて、なんだか煽情的だ。
これは目のやり場に困ってしまう。……というか、あれだけ短いとちょっと風が吹いたり走ったりしただけでパンツが見えちゃうんじゃないのか……?
俺は女子高生の下着を見てしまわないように、なるべく彼女のスカートから視線を逸らすように努めた。
――それにしてもこの時間に高校生と出くわすなんて珍しいな。まだ学校は終わってないはずだけど……
現在の時刻は午後一時前。一般的な高校なら、午後の授業が始まる時間のはずだ。
そんな時間帯に高校生が一人でこんなところを歩いているなんて本当に珍しい。何か事情でもあって早退したのだろうか……。
そんなことを考えながら、俺は黙って歩道橋を上る。
女子高生も無言で歩道橋を降りてくる。
上を目指す俺と、下を目指す彼女の距離がどんどん縮まってきた。
そして俺たちの距離が残り五段くらいになった頃――アクシデントは起こった。
俺たちの周囲に突然強風が吹いたのだ。
帽子くらいなら簡単に飛ばされてしまうほどの強い風だ。
当然だがそんな強風に目の前の女子高生の短いスカートが耐えられるはずもなく、盛大にめくれ上がってしまう。
それまでスカートの中に隠されていた布があらわになった。
――パ、パ、パ……
まさか至近距離で女子高生のパンツを拝むことになるとは思わず、思考が停止してしまう。ただのパンチラでも、彼女いない歴イコール年齢の俺には非常に刺激が強かったのだ。
一方、女子高生はというと、最初は何が起きたかわからない様子で、ぽかんとした表情で佇んでいるだけだった。
つい先ほどまで風なんてほとんど吹いていなかったのだから無理もない。まさか何の予兆もなしに突然こんな強風に襲われるとは思っていなかっただろう。
そのため、ほんのわずかな時間だったが、彼女は俺の前でパンツを晒すハメになってしまったのだ。
やがてスカートがめくれたことに気づいたのか、真顔だった彼女の顔がみるみる赤くなってゆく。
大人っぽい外見とはいえ、年頃の女の子なので男に下着を見られたら恥ずかしいのだろう。
彼女は無言でめくれ上がったスカートを押さえると、風が止むのを待ってから俺のことを睨みつけてきた。
「おじさん……見た?」
大人でも萎縮してしまいそうになるほどの怒気を含んだ声だ。相当ご立腹なのだろう。
しかし、彼女の怒りなんかよりも“おじさん”呼ばわりされたことの方がショックだった。
「え〜と……おじさんって俺のことかな?」
「他に誰がいるの?」
周囲を見回すが、近くに歩行者の姿は見当たらない。この場にいるのは俺と女子高生だけ。どうやら本気で俺のことを“おじさん”だと思っているようだ。
さすがに心外だったので、はっきりと抗議する。
「俺はまだ二十二歳だ。おじさんじゃねぇよ」
「あたしから見たら充分おじさんなの!」
「マジか……」
二十二歳はまだまだ若者と思っていたが、高校生にはそうは見えないらしい。
……いや、この子が変わってるだけだよね? さすがに世間一般的には二十二歳は若者と言えるよね? それとも、まさか俺が二十代前半とは思えないくらい老けて見えるとかじゃないよね?
女子高生に“おじさん”と呼ばれることがこんなにショックだとは思わなかった。この先しばらくは定期的に今日の出来事を思い出して落ち込んでしまうだろう。彼女の今の発言はそのくらい精神的ダメージが大きかったのだ。
しかし彼女は、心に大きな傷を負った俺のことなどお構いなしに詰め寄り、詰問してくる。
「……で、見たの? 見てないの?」
「…………見たけど」
見ていないと言っても仕方がないので、素直に白状する。というか、嘘をついたところでバレバレだろうから、正直に見たと言った方がまだ印象がよくなるかもしれない。
その可能性に賭けて白状したのだが、どうやら特に印象はよくなっていないようだった。
「ふ〜ん……じゃ、とりあえず土下座ね」
「何で!?」
般若のような表情で土下座を強要してくる彼女が本気で怖かった。
そもそも俺は何も悪いことはしていない。
だから土下座は勘弁してほしいものだ。
果たしてどう言えば、彼女はわかってくれるだろう。
俺は必死に頭をフル回転させて、彼女の怒りを鎮められるような言葉を探し始めた。
「……ん? おじさん、その顔……」
何かに気づいたのか、彼女が押し黙っている俺の顔を凝視してくる。
「あ、あの……」
女子高生に顔をのぞき込まれるのは非常に照れくさく、思わず目を逸らしてしまう。
だが、彼女は視線を俺の顔に固定したまま逸らそうとはしなかった。
「お兄さん……名前を聞いてもいい?」
その状態で突然名前を聞いてくる。なぜか俺の呼び方が“おじさん”から“お兄さん”に変わっていた。
「……名前? 細山良樹だけど……」
あまり圧力に、反射的に名を名乗ってしまった。
「細山良樹ね……良樹お兄ちゃんって呼んでもいい?」
「いいけど……」
わけがわからず混乱してしまう。
つい先ほどまで下着を見られて激怒していたはずなのに、今はそこまで怒っているようには見えない。
それどころか、俺のことをフレンドリーな呼称で呼ぼうとしている。
一体何が彼女の心境を変えたのだろうか……。
そんな風に困惑する俺に構わず、今度は彼女が自分の名を明かした。
「あたしは
名乗るだけでなく、ファーストネームで呼ぶことを強制してくる。
本当に意味不明だが、ヘタに逆らって彼女の機嫌を損ねても面倒だったので、とりあえず従うことにした。
「わかったよ……真優」
「うん! 良樹お兄ちゃん!」
なぜかはわからないが、真優はとても嬉しそうだ。
俺はひとまず胸を撫で下ろす。
「……で、さっきの話だけど、あたしの下着を見たんだよね?」
「ああ……思ったより子どもっぽい下着だったから驚いてる……」
「子どもっぽいとか言うなぁ!!」
真優が握った両の拳を上に振り上げて抗議した。
「ごめんごめん……」
一応謝るが、子どもっぽいと思われても文句は言えないだろう。なぜなら真優の穿いていたのは、可愛らしい小さなウサギの模様が複数描かれた“ウサちゃんパンツ”だったからだ。
とても女子高生の穿く下着とは思えない。
ましてや成人女性に近い外見の真優がそんな下着を身に着けているなんて、本当に意外だった。
真優が再び顔に紅葉を散らす。
「もう……本当に悪いと思ってる?」
「思ってるって……」
「じゃあさ、お詫びにランチ奢ってよ!」
「……え?」
「それとも、もうお昼食べちゃった?」
「いや、まだだけど……」
「それなら決まりだね。近くに手頃なカフェがあるから案内するよ!」
そう言って俺の腕を掴むと、真優は歩き出した。
「お、おい! 引っ張るなって!」
真優に引っ張られるがままに俺も歩き出す。
――本当に何なんだ? この子は……
結局真優は、目的のカフェに到着するまで俺の腕から手を離してはくれなかった。
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