第9話 妹の授業参観 後編

それからおれは教室の隅でずっと妹の様子を見守っていたのだが、瑠璃はとても真面目に授業を受けていたと思う。

ちゃんと先生の話を聴いているし、自分から積極的に挙手もしている。

先生に指名されれば元気よく答えるし、時折まわりの友達と相談している姿も見られた。


――瑠璃のヤツ……ちゃんと学校生活を送れているみたいだな


楽しんで授業を受ける姿を見れば、瑠璃がクラスに溶け込めていることは想像に難くない。

このぶんなら卒業まで楽しく過ごせるだろう。

妹が学校でうまくやっていけていることを知って、おれは少し安心した。


――授業参観……最初は行きたくないって思ってたけど、瑠璃の学校での様子を知ることができたし、来てよかったな……


そんなことを考えている間も時計の針は進み、気づいた時には授業終了の時刻となっていた。

それはつまり、授業参観も終了したということだ。


――もう終わりか……あっという間だったな……


もう少し妹の様子を見ていたかったが、もうすぐ帰りのホームルームが始まってしまう。

生徒以外の人間がいつまでも教室にいたら迷惑だ。


ぞろぞろと教室から出ていく保護者たち。

おれもその流れに従って廊下に出た。

ここでほとんどの保護者は一階の昇降口に向かったが、おれは昇降口には向かわず廊下で待機し、ホームルームが終わるのを待つ。

友達に紹介したいから、授業が終わった後も帰らずに待っていてほしいと事前に妹から頼まれているからだ。 


――やることなくなっちまったな……ま、ホームルームくらいすぐに終わるだろ


そう考えて、特に何もせず廊下でホームルームが終了するのを待つ。


予想通り、ほんの数分で帰りのホームルームは終了した。


ランドセルを背負った生徒たちが教室から次々に出てくる。

そんな生徒たちに混じって、瑠璃が姿を表した。

ちなみに、瑠璃はランドセルを背負っていない。おそらく教室に置いてきたのだろう。

そして、そんな妹の後ろに二人の女子生徒の姿が確認できた。

その二人もまだ帰宅するつもりがないのか、ランドセルを背負っていない。

どうやらおれのことを紹介したい友達というのは、彼女たちのことみたいだ。


「お兄ちゃん、お待たせ。この二人がわたしの友達の村内綾乃むらうちあやのちゃんと岸倉実花きしくらみかちゃんだよ」


瑠璃が二人の紹介をする。

おれも自分の名を名乗ることにした。


「あ、えっと……吉崎真也です。いつも妹がお世話になってるみたいで……」


自分ではちゃんとあいさつしたつもりだったが、少し声が裏返ってしまった。

おれはあまり人と話すのが得意ではないので、相手が小学生でも多少は緊張してしまうのだ。


そんなおれを、綾乃と呼ばれていた少女がにまにましながら見つめてくる。


「え~この人が瑠璃のお兄さんなの? 想像してたのと全然違ったんだけど~? 女子小学生相手にキョドり過ぎでしょ」


ずいぶん生意気なメスガキだ。年上を敬おうという気持ちが微塵も感じられない。……まぁ、おれに高校生らしい威厳がないせいなのかもしれないが。

しかし、性格はともかく容姿はなかなかのものだった。

小五にしては長身で、手足はすらりとしており、まだ五月だというのに肌には少しだけ日焼けの跡が見られた。

髪は短くさっぱりとしていて、目鼻立ちは整っている。

全体的に大人っぽい印象なので、中学生と言われたら信じてしまうかもしれない。

ちなみに服装は、花の模様があしらわれたピンクのブラウスに黄色のフレアスカートという、年相応の可愛らしい格好だった。


そんなメスガキに反論できないでいると、もう一人の少女・実花がおれの代わりに綾乃を窘めてくれる。


「綾乃ちゃん。年上の人相手に失礼だよ」


それから実花は、おれの方を向いて友人の非礼を詫びた。


「初めまして、瑠璃ちゃんのお兄さん。岸倉実花です。綾乃ちゃんが失礼なことを言ってしまい、すみませんでした」

「い、いや大丈夫だよ。気にしてないから」


どうやらもう一人の方はきちんと礼儀をわきまえているようだ。


「そうですか。優しいんですね、真也さんは……」


口元に手を当てて、ふふと笑う。

非常に愛くるしい仕草だ。


――可愛いな……


容姿も仕草も可愛らしい実花に思わず見惚れてしまう。

小柄で手足は短めだが、髪は長くツヤがあってとてもキレイだ。

また、肌は美しく柔らかそうで、ぱっちりとした目が特徴的なまさにお人形さんのような女の子。

服装は、白の生地に赤い水玉模様が散りばめられた水玉ワンピースを着用していた。


あいさつが済んだところで、瑠璃が得意気に言う。


「さっすが実花ちゃん! 見る目があるみたいだね。お兄ちゃんはカッコイイし、優しいんだよ! でも、綾乃ちゃんはまだお子様だからお兄ちゃんの魅力はわからないかな……」

「瑠璃にお子様呼ばわりされたくないんだけど……」


綾乃が不服そうに瑠璃をジト目で見るが、当の本人はまったく気にしていない様子だ。


だが、今のやり取りだけで三人の仲の良さが伝わってきたので、おれは少し安心した。

妹が学校で友達と仲良くやれているというのは、兄としてこの上なく嬉しいことなのだ。


「あの……お兄さん! いろいろ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ああ、いいよ。何でも聞いてくれ」


人懐っこい実花に、おれはいつの間にか完全に心を開いていた。

彼女の質問にはできる限り答えてあげたいという気持ちになる。


「ありがとうございます。じゃあまずは……」


それから実花はいろいろなことを質問してきた。

好物や趣味といったおれ個人に関することはもちろん、瑠璃の家での様子や家族仲など質問内容は様々だ。

その中でもおれの通う高校の話については特に熱心に聴いていた。高校にはどんな部活があるのか。どんなことを学ぶのか。義務教育との違いは何なのか――などなど。

きっと高校生活に興味があるのだろう。高校について質問する時の実花の表情は非常に生き生きとしていた。


だが、おれは高校生になってまだ二ヶ月も経っていない。

そのためそこまで高校生活に詳しいわけではなく、実花の質問に完璧に答えることはできなかった。


そんなおれの拙い回答でも、実花は真剣に聴いてくれる。


「高校って何だか楽しそうですね。私も早く高校生になりたいなぁ……」


そんな風に興味を持ってもらえるのが嬉しくて、自分の知っている高校生活のことをさらに詳しく教えてあげたくなった。


――うちの高校、どんな行事があったかな……?


三年間の大まかな行事は学校説明会などですでに聞いている。

おれはその時のことを必死に思い出そうとした。

だがその瞬間、思いもよらなかった事件が発生し、おれの思考は完全にフリーズすることになる。


その事件とは……一言で言うならスカートめくりだ。


教室から突然三人の男子生徒が飛び出してきて、こちらに近づいたかと思うと、目にもとまらぬ速さで瑠璃たちのスカートをめくり上げたのだ。


ひらひらと宙に舞う女の子たちのスカート。

あらわになる下着。

そして、羞恥と困惑の入り混じった三人の表情。


「「「きゃあっ!!!」」」


三人が同時に可愛らしい悲鳴を上げた。

そして顔を真っ赤にしながら、反射的にめくれ上がったスカートを両手で押さえる。

それによって、あらわになった下着が再び衣服で隠された。


スカートめくりをした男子たちは『大成功』と言わんばかりの表情で満足げにこの場から去ってゆく。


「こ、こら! 男子たち!! 何すんのよ!?」


綾乃が男子たちに抗議するが、すでに彼らは遠くまで逃げてしまっていた後だった。

これでは綾乃の抗議の声がちゃんと届いたかは定かではないだろう。


おれはというと、目の前の扇情的な光景に視線が釘付けになってしまっていた。


――すごい光景だったな……


パンツが見えていた時間はほんの一瞬だったが、その一瞬の間に、おれは自分でも驚くほどの動体視力で三人のパンツを目に焼きつけていた。


――綾乃ちゃんは縞パンか……もうちょっと大人っぽい下着を穿いてそうなイメージだったから意外だな……


綾乃が穿いていたのは、白の生地に水色の縞模様が入った、俗に言う“縞パン”だった。

地味過ぎず派手過ぎない普通の下着だと思うが、そういう下着を綾乃が身につけているというのは少し意外だ。

おませな綾乃のことだから、もっとアダルティなパンツを穿いていても不思議ではないと思っていたからだ。

……まぁ想像と違ったとはいえ、縞パンも普通に似合っているのだが。


一方、実花のパンツは白の生地に黄色の水玉模様を散らした、イメージ通りの下着だった。


――実花ちゃんは水玉パンツか……こっちは想像通りだな


水玉ワンピースの下から現れた水玉パンツ。

もしかしたら、実花は水玉模様が好きなのかもしれない。

いずれにせよ、とても似合っていると言えるだろう。


――綾乃ちゃんと実花ちゃんは普通だったけど、問題は……


おれは、我が妹・瑠璃の方へ視線を向けた。

妹の穿いていたパンツに少し問題があったからだ。


――まさか瑠璃があんなセクシーな下着を穿いてたとは……


そう――瑠璃は、とても小学生が穿くとは思えないセクシーなパンツを着用していたのだ。

ピンクの生地に可愛らしいフリルが付いており、やたら布面積の小さいパンツ。

どう考えても、大人の女性用の下着だ。

そんなセクシーな下着を、まだまだお子様向けのショーツを愛用してそうな瑠璃が着用していたから驚いたのだ。


おれたち四人の間に気まずい沈黙が流れる。


――それにしてもスカートめくりか。そういや小学生の頃にいたなぁ……やたら女子にちょっかい出す男子……


自分が小学生だった頃のことが思い起こされる。おれ自身はやったことはないが、同じクラスのやんちゃな男子がイタズラで女子のスカートをめくる場面は何度か目撃したことがあった。


――あの頃はそういう場面に立ち会っても何とも思わなかったけど、今は気まずいな……どうすりゃいいんだろう……?


気まずい空気に耐えかねていると、実花が俯いたまま話しかけてきた。


「あの……見ましたか?」

「えっと……」


顔は依然として真っ赤だし、態度や口調から羞恥に震えていることも容易に推測できる。

実花たちはもう小学五年生だ。下着を見られたら恥ずかしいと思う年頃なのだろう。

そんな年頃の少女たちに何を言えばよいのか押し黙ってしまう。


沈黙するおれの代わりに、綾乃が口を開いた。


「その態度だとバレバレだよ~。ま、瑠璃のお兄さんだし無害そうだから別にいいけど!」


気丈な態度でいかにも気にしていない風を装っているが、実花と同様に頬は赤く染まっている。

大人ぶってはいるが、やはり綾乃も思春期の女の子。異性に下着を見られてまったく気にしないなど不可能なのだ。


とりあえず、下着はちらっとしか見ていないことを伝えることにする。


「あ、安心しろ! ほんのちょっとしか見てないから!!」


そう言ってから、ちらりと三人の顔色を窺う。

綾乃と実花はそこまで怒っていない様子だった。

妹の友達に嫌われたわけではないとわかり、少しほっとする。

だが、瑠璃だけはご立腹だったようだ。

急に口を開いたかと思ったら、次の瞬間にはおれを激しく非難してきた。


「お兄ちゃん……」

「な、何だ?」


凄みを利かせた声に恐怖に似た感情を抱く。

妹のこんな声は初めて聞いた気がした。


「どうして女子小学生のスカートの中を見て鼻の下を伸ばしてるの……?」

「ええっ!? 別に鼻の下なんか伸ばしてねぇぞ!?」


突然かけられてしまった疑いを全力で否定する。

しかし、瑠璃は信じてはくれなかった。


「ウソつかないでよ!! 思いっきり動揺してるじゃない!!」

「そ、それは……」


おれはそれ以上反論することができなかった。

女子のパンチラを見てドキドキしてしまったことは事実だからだ。


「お兄ちゃんのロリコン!!」

「ロ、ロリコン!? ちょっと待て!! おれは断じてロリコンじゃねぇ!!」

「いや、どう考えてもロリコンでしょ!! 女子小学生の下着に欲情したんだから!!」

「欲情はしてねぇよ!!」


欲情はしていない。四歳も年下の女子のパンチラにドキドキしてしまったことは認めるが、それだけで“ロリコン”などという不名誉な称号を与えられたくはない。おれだって思春期の男子なのだから、ある程度は大目に見てほしいものだ。


しかし、そんな思春期男子の悩みなど、生まれて十年やそこらの少女にわかるわけがない。

瑠璃は、まだおれのことを非難のこもった目で睨みつけている。

だから、今度はこちらから攻めることにした。


「だいたいお前だって際どい下着を穿いてたじゃねぇか!! 何だよ、あの布面積の小さい下着は!? 子どもの穿くものじゃねぇぞ!?」

「な……!?」


先ほど見たセクシーな下着について言及した瞬間、瑠璃が動揺を見せる。

もともと赤く染まっていた頬がさらに赤くなるのが確認できた。


「……ったく、いつの間にあんなもん買ったんだよ。母さんも知らないんじゃないのか?」


同じ家に住んでいるので、干してある妹の下着を見てしまう機会はわりと多い。

だが基本的にお子様パンツばかりなので、あのセクシーな下着はおそらく親にも内緒で最近買ったものだろう。

いったいなぜ、あんなものを買ってしまったのだろうか……。


「あ、あれはたまたま下着売り場で見つけて衝動的に買っちゃっただけ! その後ずっとタンスの奥にしまってたんだけど、今日は大事な日だから気合を入れようと思って穿いてきただけなの!!」

「……大事な日?」

「授業参観……お兄ちゃんが見に来てくれるって約束してくれたから、嬉しくてテンション上がっちゃって……」

「瑠璃……」


すべてを説明し終えた瑠璃は、涙目になっていた。

勢いで穿いてきてしまったセクシーパンツを見られてしまったのだから無理もない。


だが、おれが授業参観に来ることを楽しみにしていたことは伝わってきた。

それは兄として純粋に嬉しいことだ。

それなのにその兄が他の女の子に鼻の下を伸ばしていたら怒りたくもなるだろう。

……いや、別に鼻の下なんか伸ばしてないんだけど。ただ、三人のパンチラを無意識のうちに脳裏に焼きつけてしまっただけなんだけど。

それでも瑠璃には、おれが綾乃や実花のパンチラを拝んでデレデレしているように見えたのだろう。

そう見えてしまったのなら、反省するしかない。


おれと瑠璃の間に沈黙が流れる。

その沈黙を破ってくれたのは綾乃だった。


「まぁまぁ、瑠璃。そろそろ許してあげなよ。あたしも実花も怒ってるわけじゃないし、そもそもお兄さんは何も悪くないんだから」

「綾乃ちゃん……」

「それに、年下女子のパンチラで動揺しちゃうのは仕方ないよ。童貞なんだから」

「おい! ちょっと待て! 今、何て言った!?」

「え~正解でしょ?」

「う……」

「私も、お兄さんは童貞だと思う」

「実花ちゃんまで!?」


まさか実花にまでそんなことを言われるとは思わず、軽く落ち込んでしまう。


「そっか……そうだよね。童貞じゃ仕方ないか」

「おい……瑠璃……」


ついには妹までもおれを“童貞”と呼んで馬鹿にする始末だ。


年下の女子三人にからかわれ、心が抉られてしまう。

だが、おかげで瑠璃の機嫌は直ったようだ。


「あはは……でも安心していいよ、お兄さん。このまま三十歳になっても童貞のままだったら、あたしが卒業させてあげるから」

「お前……冗談でもそういうこと言うなよ……」


どうやらおれは三十歳まで童貞だと、綾乃で卒業するハメになるらしい。

正直、お情けでそういう行為をするのはゴメンだ。

初めては好き人に捧げたい。

これ以上この三人にからかわれないためにも、できるだけ早く恋人をつくって大人の階段をのぼるべきだなとおれは強く思った。






ラッキースケベシュライン。

それは参拝した者にラッキースケベをプレゼントしてくれる神社。

この神社の定義では、『スカートめくりの現場に偶然居合わせてパンツを目撃する』という出来事も“ラッキースケベ”に該当するようだ。




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