第4話 目の前に巨乳が……
僕の名前は
平凡な両親のもとに生まれたため、顔も体格も普通で、身長や体重も毎年のように平均値。
勉強もスポーツも人並みにできる程度で、取り柄と言えるものは特にない。
これといった特徴のない、本当に平凡な十四歳の男子だった。
そんな僕だが、現在本気で悩んでいた。
いつもと変わらない平日の朝のことだ。
いま僕がいる場所は、格式高そうな神社の拝殿の賽銭箱の前。
通学のために駅に向かおうとする途中で見慣れない神社を発見したので、せっかくだから参拝していこうと思って賽銭箱の前に立ったのだが、ちょっとした危機に直面してしまったのだ。
具体的には、現在の所持金が予想外だったこと。
賽銭箱にお金を入れようと財布を開いたまではいいが、中に入っていたのは五百円玉と一円玉のみだった。その他の硬貨は入っておらず、所持している五百円玉と一円玉もそれぞれ一枚ずつしか入っていなかった。
ちなみに、お札は一枚も入っていない。
つまり現在の所持金は五百一円。
どうりで財布が軽いわけだ。
五百円を投入するか一円を投入するか――それが現在僕の直面している危機だった。
もちろん『危機』と呼ぶには少々大げさだということは理解している。
しかし、中学生にとって五百円が大金なのもまた事実。
まさに究極の二択を迫られている状況と言っても過言ではなかった。
「くっそ……どうしよう……」
賽銭箱の前で突っ立ったまま参拝できずにかれこれ十五分は経過しているだろう。
これ以上悩んでいても徒に時間を浪費するだけだし、下手すれば学校に遅刻してしまう。
しかし、それが分かっていてもなかなか決められない。
「五百円か……一円か……」
日本で最高額の硬貨を投入するか、それとも最低額の硬貨を投入するかで悩み続ける中学生の僕。
心情的には五百円を投入したいという気持ちの方が強かった。
神仏に祈願するのに賽銭の金額をケチっても仕方ないからだ。
しかし、五百円玉を投入してしまえばしばらくは金欠の状態で過ごさなければならなくなる。
一応スマホにいくらかチャージされてはいるが、その残高は残り少なかったはずだ。
当然プリペイドカードなども持っていない。
中学生なのでクレジットカードも作れない。
今ここで何も考えずに五百円玉を投入できるほどの金銭的余裕はないのである。
だが余裕がないからとはいえ、一円玉を選ぶのも気が引ける。
ご利益を期待するならもう少し奮発した方がよい。
でも五百円は大金だし……という堂々巡りの悩みからなかなか抜け出せないから困っているのだ。
「いっそのこと両方入れるか……?」
悩み過ぎたせいで第三の選択肢が頭に浮かんでしまう。
どちらを投入するかで迷っているなら、両方投入してしまえば迷いがなくなるのではないかという逆転の発想のような選択肢だ。
……だがまぁ、金銭的に余裕がないからこんなに迷っているのだ。この第三の選択肢は却下だろう。
「……よし。決めた」
悩みに悩んで、そろそろ二十分が経過する頃。
僕はついに賽銭額を決めることができた。
決まったら、即行動だ。
財布から一円玉を取り出し、賽銭箱に投入する。
そして、両手で鈴緒を掴んで本坪鈴を鳴らした。
――結局、一円を選んじゃったけど……許してもらえるよね……?
参拝しながら、ふとそんなことを考えてしまう。
悩みに悩んだが、やはり五百円を選ぶことはできなかった。
この先お金が必要になる事態が発生するかもしれないので、現金は少しでも多く所持しておいた方がよい。
そう考えて、今回は一円を投入したのだ。
そういった中学生の経済事情は、きっと神様もわかってくれるだろう。
そんな神仏の心の広さに期待して、僕は本気で祈願する。
「彼女ができますように……」
まだ中学生なので、恋人のいる生徒は少ない。
もしも彼女ができれば、友達や部活仲間に自慢できるだろう。
また、恋人ができれば普段の学校生活がさらに楽しくなるはずだ。
年頃の男子にとっては、神仏に願ってでも手に入れたい存在だった。
だが、冷静に考えるとその願いは贅沢かもしれない。
大事なのは賽銭の額ではなく祈りの気持ちだというのは理解しているが、それでも一円に見合う願いではないだろう。
それに気づいた僕は、途中で願いを下方修正することにした。
「最悪、女の子とお近づきになれればそれでいいです……」
下方修正した願いでも贅沢な気がするが、これ以上願いのグレードを下げても満足できないだろうから、このまま祈り続けることにする。
拝殿の前で両手を合わせ、充分過ぎるほど祈ると、最後に僕は一礼して目を開けた。
それからくるりと回れ右をして、鳥居に向かい、神社の敷地から出るのだった。
最寄りの駅に到着した僕は、定期を使って改札を通過し、ホームに向かった。
自宅から中学校までは少し距離がある。
自転車でも通学できないことはないが、電車の方が便利なので中学校入学時に電車通学を選んだのだ。
ホームで待つこと約五分ほど。
ダイヤ通りの時刻に電車はやってきた。
完全に停車すると、ドアが開き、乗客が次々に下車してくる。
そうしてこの駅で降りる客がいなくなると、今度は乗車する客が乗り込み始めた。
僕もその流れで車内に乗り込む。
普段なら周囲に同じ中学の制服を着ている生徒がたくさんいるのだが、今日はなぜかいつもより二十分ほど遅れてしまったため同じ中学の生徒はほとんど見当たらなかった。
――本当になんでこんな時間になっちまったんだろうなぁ……
同じ中学の生徒がほとんどいない車内を見て、改めてそんな疑問を抱く。
朝はいつもと同じ時間に家を出たはずだが、今日はどういうわけか最寄りの駅に着くまでにやたらと時間がかかってしまった。
そのせいで、いつもとは違う時間の電車に乗るしかなかったのだ。
――まぁ、この時間でも間に合うからいいけど……
今から学校に向かえば、ギリギリだが朝のホームルームには間に合うはずだ。
だから、僕はそこまで慌ててはいなかった。
電車がゆっくりと動き出す。
ロングシートはすでに乗客で埋まっていたため、僕は吊革に掴まり、目的の駅に到着するまでぼんやりと車窓の景色を眺めることにした。
流れてゆく普段と変わらない景色。
見慣れ過ぎているせいで、これといった感想は浮かばない。
せいぜい道行く人や車などを見て、今日も平和だなと思うくらいだ。
そんなふうに無為に乗車時間を過ごしていると、いつの間にか電車は隣の駅に到着していた。
といっても僕にとってここはただの通過駅なので、降りる準備をする必要はない。
再び電車が動くのをじっと待つだけ――だったのだが、ここでちょっとした問題が発生した。
駅で待っている乗客の人数が想像以上に多かったのだ。
一応この駅で降りる客もいたが、乗ってくる客の方がはるかに多い。
そのせいで元々混んでいた車内がさらに窮屈になり、僕は反対側のドアの付近まで追いやられてしまうのだった。
――う……苦しい……
普段はここまで混まないので、こんな定員オーバーの電車には慣れていない。
おそらくいつもとは違う時間の電車に乗ったからだろう。
ほんの少し時間をずらすだけでこんなに混むなんて想定外だ。
やはり明日からは普段通りの時間の電車に乗らなければ……。
ぎゅうぎゅう詰め状態の車内でそんなことを考えるが、それ以上に困った状況になっていることに僕は気がついた。
なんと、目の前に女子大生と思しき美人のお姉さんがいたのだ。
服装は生地の薄い黄色のブラウスに、丈の長い水色のスカートだ。
かなりスタイルがよく、背は高くて手足もすらりとしており、香水の甘い香りが漂ってくる。
それだけでも思春期の男子を悶々とさせるには充分だったが、胸の破壊力はその比ではなかった。
女性の胸に詳しいわけではないが、間違いなくFカップはあるだろう。
女子大生は、僕の後ろにある開閉ドアに両手をついてバランスを取っている状態なので、ちょうど僕の目の前にその巨乳があるという状況だ。
――でか……それにこの人、もしかして……
ただの巨乳ならまだ良かったのかもしれない。
だが、あろうことか女子大生はブラを付けていないような気がしたのだ。
遠目ではおそらく気がつかなかっただろう。
至近距離で胸を見てしまっているために、そんな疑惑を感じてしまったのだ。
もちろんノーブラだという確証はないが、ノーブラかもしれないという妄想が僕を余計に悶々とさせる。
――目のやり場に困るな……
ブラウスの生地が薄いせいで、大きな胸がやたらと強調されているのだ。
直視するのはなかなか困難だった。
ちらりと視線を上に向けてみる。
女子大生は、ほんのりと頬を上気させており、呼吸も少し乱れている様子だった。
まるで全力で走った直後のような表情だ。
その表情を見て、僕は一つの仮説を立てる。
このお姉さんは今朝寝坊して、大学の講義あるいはバイトのシフトに遅れそうになった。
だから、急いで支度をして最低限の化粧を済ませ、駅までダッシュで向かうハメになった。
そう考えれば、顔が上気していたり息が乱れている理由も説明がつく。
ノーブラ疑惑についても、今朝はブラを付ける時間がなかったか、そもそもブラを付け忘れたと推測すれば解決だ。
真相は確かめようがないが、何となくその仮説は当たっているような気がした。
――それにしても、本当に大きいな……
再び胸に視線を戻す。
改めて見てもその存在感はかなりのものだ。
ここに顔をうずめれば天にも昇るような気持ちなのではないかと不埒なことを考えてしまうほどに、その豊かな胸は魅力的だった。
――たまには電車の時間をずらすのも悪くないな……
そんなことを考えながら、僕は目的の駅に着くまでの間、美人のお姉さんのたわわなおっぱいを至近距離で堪能していた。
ラッキースケベシュライン。
参拝した者にラッキースケベをプレゼントしてくれる神社。
たとえ賽銭額が一円でもムフフな体験をさせてくれる非常にありがたい存在だ。
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