第2話 透けブラ

ラッキースケベシュライン。通称LSS。神出鬼没の不思議な神社。この神社に参拝した者には、ちょっとエッチなハプニングが発生するという。



とある平日の朝。


「やっべ~急がねぇとバスに乗り遅れる!!」


オレの名前は松原灯也まつはらとうや。ごく普通の高校二年生だ。顔も普通。体格も普通。身長や体重もほぼ平均値。勉強もスポーツも苦手ではないが、得意と言えるほど秀でているわけでもない。本当に普通としか言いようのない十七歳の男子だ。


そんな凡人のオレは、現在とても焦っていた。寝坊したせいで家を出る時間が遅くなり、いつも通学に利用しているバスに乗り遅れそうになっているからだ。

万が一乗り遅れたら、次のバスまで三十分ほど待たされてしまう。

それでは遅刻確定だ。

だからオレはバス停に向かって全力疾走をしていた。


「……けど、これなら何とか間に合いそうだな」


バス停まであと少し。

今のペースを維持した状態で走り続ければ、ある程度余裕をもってバス停に到着できるだろう。

どうにか遅刻は免れそうだ。


遅刻の心配がないとわかり、少しホッとする。


しかし安心したのも束の間、思わず足を止めてしまう事態に遭遇した。


「……何だ? この神社……」


走っている最中に見慣れない神社が視界に入ったからだ。


「昨日まではこんな神社なんてなかったよな……」


高校生になってから毎日のようにこの道を通っているので、ここに神社などないことは知っている。

だから驚いて立ち止まってしまったのだ。


このままこの場所で立ち尽くしていたらバスの時間に遅れてしまう。

だが、目の前の神社のことが気になって先へ進めない。昨日までなかったはずのものが存在しているのだから無理もないだろう。一体、一晩のうちに何があったのだろう……。


気になって仕方がなかったので、オレは敷地内に入ってみることにした。

本当ならこんな不気味な場所に近づくべきではないのだろうが、不思議と危険は感じられなかったので自分でも驚くくらい落ち着いていた。


鳥居をくぐり、境内へ。

敷地内には手水舎や狛犬が設置されており、その奥には立派な拝殿が建てられている。

よく手入れされている境内だ。

にもかかわらず、人の姿はまったくない。社務所すら見当たらない。神主や巫女はどこにいるのだろうか……。


不気味に思いつつも、オレは手水舎で手と口を清めて拝殿に向かった。

遠くからでも立派な拝殿であることはわかったが、近くで見るとその荘厳さに圧倒されてしまいそうだ。

拝殿の横には樹齢何百年と経っていそうな大樹が根を下ろしており、神社全体が神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「さてと……」


財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に投入する。


「とりあえず彼女ができますようにと祈っておくか」


特に願い事が思いつかなかったので、オーソドックス(?)なことを願うことにした。

実際、神社で恋人や結婚相手が見つかるように祈願する参拝客は多い。

だからオレが神仏に彼女を願ったとしても、別に悪いことではないだろう。


……まぁ、ここが恋愛成就の神社とは限らないのだが。

もしかしたら学問だったり健康だったり長寿を司る神様かもしれない。

だが、そうだったとしても参拝しておけば何らかの御利益はあるだろう。


オレは御利益を期待して、本坪鈴を鳴らし、目を閉じて二礼二拍手をした。


――彼女ができますように。


神様に届くように強く願う。五円の賽銭にしては贅沢な願いかなと思いながらも、本気で祈願した。

そうして充分すぎるくらいに祈ると、最後に一礼してから目を開ける。


改めて見ても非常に霊験あらたかな場所だ。

これなら本当に御利益があるかもしれない。


「……よし! 学校行くか!」


拝殿に背を向け、鳥居の方へ歩き始める。

予想外の寄り道となってしまったが、まだバスにはギリギリ間に合うだろう。


そうして鳥居をくぐり、神社の敷地内から完全に出た瞬間――


「……あれ? オレ、何してたんだっけ?」


脳内の記憶がきれいにデリートされてしまった。

何かしていたはずなのに、どうしても思い出せない。

自分でも驚くほどきれいさっぱり忘れてしまっていた。


「こんなことってあるか!? 今しがたの出来事なのにまったく思い出せねぇ!!」


頭を抱えながら、ふと背後を振り返ってみる。

そこにはいつも目にしている空き地があった。

こんな何もない空き地の前でオレは一体何をしていたのだろうか……。


「まぁ仕方ないか……もう行かねぇと……」


自分が何をしていたのか気にはなるが、思い出せる気配がないのでもう諦めるしかない。


それより今は学校が優先だ。

このままではバスに乗り遅れてしまう。


思い出すのを諦めたオレは、バス停に向かって走り出した。


息が切れそうになっても立ち止まらずに走り続ける。


そのおかげで、ギリギリだが何とかバスの時間に間に合ったのだった。



高校に到着し教室に入った後は、いつも通りに授業を受ける。

睡魔と格闘しながら受ける退屈な授業。

何度も居眠りしてしまいそうになるのを気力で堪え、オレはどうにか午前の授業を乗り切った。


しかし、昼休みが終わって午後の授業が開始した頃。

急に空が厚い灰色の雲に覆われ始めた。

午前中は快晴だったのに、今は一雨きそうな空模様だ。


午後から天気が崩れるなんて、天気予報では報じられていない。

降水確率は一日中低かったはずだ。

そのため傘などは持ってきておらず、降られると非常に困る。


傘を持ってきていないのは他の生徒たちも同じだったようで、みな一様に天気の心配をしていた。


「うわ……これは降るかな……」

「あたし傘なんて持ってきてないよ~」

「夜まで降らないでくれると助かるんだけど……」


これ以上天気が崩れないことを祈る生徒たち。


そんな祈りもむなしく、ちょうど下校時刻になると同時に激しい雨が降り出すのだった。


放課後の教室でオレは降りしきる雨を窓越しに眺める。そうしていると、自然とぼやきたい気分になった。


「まさか土砂降りになるとは……しかも下校するタイミングで降り出すのはなんか腹立つな……」


授業が終了してあとは帰るだけなのに、そのタイミングで土砂降りになるのは非常に腹立たしい。


どうせ降るなら朝から降っていてほしかった。

それなら傘がなくて帰れないなんて状況に陥らずに済んだのに……。


ちなみに部活のないクラスメイトはすでに下校したので、今この教室にいるのはオレだけだ。

どうやらクラスメイトたちは折りたたみ傘を持っている友達と一緒に帰ったり、保護者に迎えにきてもらったり、ずぶ濡れになるのを覚悟で雨の中飛び出したりしたようだ。


オレの場合はバス通学なので校門前のバス停にたどり着ければよいのだが……いま外に出れば確実にびしょ濡れになる。

それが嫌で目と鼻の先にあるバス停に向かえないでいた。


「全然小降りになる気配がねぇし……」


しばらく教室で待っていれば、完全に降り止むことはなくとも多少は雨が弱まるのではないかと期待していたのだが……雨は弱まるどころか激しくなる一方だ。

これ以上待つのは無意味だろう。


「仕方ねぇか……」


教室で立往生するのもそろそろ限界だったので、オレは覚悟を決めて傘無しで外に出ることにした。


カバンを掴み、教室を出て昇降口に向かう。

そして、誰もいない薄暗い昇降口で靴を履き替えた。


「よし……行くぞ!」


濡れるのを承知で土砂降りの屋外に飛び出す。

その瞬間、冷たい雨が全身を襲った。

雨が強すぎるため、ろくに目を開けていられず、前方の様子を確認することさえままならない。


それでも必死に走って、どうにか屋根のあるバス停にたどり着くことができた。


「……着いた」


膝に両手をつき、立ったまま呼吸を整える。

制服はもちろん靴や靴下もびしょ濡れで、非常に気持ち悪かった。

この状態で公共の乗り物に乗車するのはさすがに迷惑なので、バスが来る前に何とかしておくべきだろう。


カバンの中からタオルを取り出し、オレは濡れた体を拭き始めた。

体に付いた水分が、吸水性のあるタオルに吸い取られてゆく。

完全に乾かすのは不可能だが、だいぶマシにはなっただろう。これならバスに乗っても大丈夫そうだ。


水を吸って重くなったタオルをその場で絞る。

ちょうどその時だった。


「はぁ……やっと着いたぁ……」


一人の女子生徒がバス停にやって来たのだ。

艶のある美しい黒髪を一つに括ってポニーテールにしている少女。背は高めで、四肢はすらりとしており、非常にスタイルが良い。

外見はかなりスポーティーだ。顔立ちも整っていて、特に長くキレイなまつげが目を引く。間違いなく美人の部類だろう。


そんな美少女がオレの前で乱れた呼吸を整えていた。

彼女も傘を持っていないようで、雨の中ここまで走ってきたらしく全身ずぶ濡れだ。


「……って、華奈かな!?」


オレは、その女子生徒が幼馴染みの永藤華奈ながふじかなだということにようやく気がついた。


「……え? 灯也!?」


華奈もオレに気づいたようだ。


「どうしてここに? まだ下校してなかったの?」

「帰りたかったんだけど、傘を持ってなくて校舎から出られなかったんだよ。教室で待っていれば多少は小降りになるかと思ったんだけど……全然弱まる気配がないからびしょ濡れになるのを覚悟でここまで来たってわけ」


幼馴染みに下校が遅くなった事情を説明する。


「あたしと同じだ……あたしも傘を忘れてさっきまで教室で待ってたの」

「やっぱりそうか……息を切らして走ってきたから、オレと同じだろうなとは思ってたよ」

「さすが幼馴染み……考えることはいっしょみたいだね」

「そうだな」


華奈とは家が隣同士なので、幼い頃はよく一緒に遊んでいた。

高校生になった現在はクラスが別々になったこともあり、昔ほど交流することはなくなったが、それでも会えば雑談くらいする仲だ。


「あ~それにしてもびしょ濡れになっちゃったなぁ……この状態でバスに乗って大丈夫かな?」


華奈が自身の濡れた体を見てつぶやく。

やはり彼女も、今のずぶ濡れの状態で公共の乗り物に乗るのは抵抗があるようだ。


「よかったらオレのタオル使うか? 二枚持ってるから一枚貸すぞ?」


バッグの中からタオルをもう一枚取り出して、華奈に差し出す。


「いいの!? ありがとう!!」


変に遠慮したりせず、彼女は素直にタオルを受け取った。幼馴染みとして昔からいろいろな物を貸し借りしてきたので、こういう時にまったく抵抗を感じないのだ。


華奈はさっそく受け取ったタオルで体を拭き始めた。

胸や首筋、二の腕などを拭く姿は妙に色っぽくて視線が釘付けになってしまう。


一通り体の水分を拭き取った後、華奈は自身の長い髪を拭くべく両腕を後方にまわした。


その時だった――華奈の制服が透けてブラジャーが見えていることに気づいたのは。


うっすらと見えているのはフリルのついたピンクのブラで、男のオレから見ても非常に可愛らしいデザインだ。


しかし、それ以上に驚いたことがある。

想像以上にデカかったのだ。

小学校高学年あたりから胸が膨らみ始めたことは何となく察していたが、それからわずか数年でここまで大きくなるとは……。


「でかっ……」


無意識に口から感想が漏れた。


「……何? あっ!!」


華奈がオレの視線に気づいたらしく、慌てて両腕でそのたわわな胸を隠す。……まぁ、デカすぎて隠せているとは言いがたいのだが。


両腕で隠されてしまった後も、オレの視線は未だに胸のあたりで固定されていた。

恥ずかしそうに胸を隠す姿が可愛くて、目を逸らそうにも逸らせないのだ。

完全に本能が理性を凌駕してしまっていた。


そんなオレを、顔を真っ赤にした華奈が睨みつけてくる。


「ちょっと! いつまで見てるの!?」

「ご、ごめん……」


幼馴染みに本気で怒られて、オレはようやく視線を逸らすことができた。


「もう……」


両腕を胸から離して顔を真っ赤にしたままそっぽを向く華奈。


しばしの間、気まずい空気が流れた。

何を話せばよいのかわからず、お互い一言も喋ることができずに俯いてしまう。


――気まずすぎる……


少しだけ顔を上げてちらりと華奈の様子を確認してみるが、未だに赤面した状態で俯き、一言も喋ろうとしない。


だからオレも何も言えずに困ってしまう。


さすがにこれ以上はこの空気に耐えられないだろう――そう思った時、遠くからバスがやって来るのが見えた。


――よかった。バスが来てくれた。


まさにナイスタイミングと言えるだろう。

いつも利用している何の変哲もないバスが救世主のように感じられた。


「……タオル貸してくれてありがとう。洗って返すから」


ようやく口を開く華奈。


「あ、うん……」


バスが停車して、ドアが開く。


「じゃ、帰ろうか」


そう言って、華奈はバスに乗車した。

まだ顔にはほんのりとした赤みが確認できるが、ほとんど普段の華奈に戻っている。

ブラジャーを見たことについても、もう怒っていない様子だった。

きっと今しがた起きた透けブラ事件をなかったことにして、一刻も早く忘れようとしているのだろう。


だが、オレの脳内には未だに先ほどの透けブラの映像が焼きついていた。


――今日の出来事は一生忘れられそうにねぇな……


そんなことを考えながら、オレは華奈に続いてバスに乗り込んだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る