ラッキースケベシュライン
梅竹松
第1話 パンチラ
ラッキースケベ――それはすべての男子の夢。
学校や街中で偶然パンチラを目撃したり、可愛い女の子の着替えを見てしまったり、浴室に入ったら妹が入浴中だったり……。
そんなシチュエーションを夢見る男子は多いもの。特に思春期真っ直中の十代男子は、いつかそのような嬉しいハプニングが訪れることを密かに期待しているかもしれない。
そんな思春期男子の夢を叶えてくれる存在がこの世にあるとしたら――その存在にあなたはラッキースケベな出来事を望むだろうか。
オレの名前は
昔から冴えないオレだが、それでも高校生になれば彼女の一人や二人できるのではないかと密かに期待していた。
しかし現実ほど非情で無慈悲なものはない。何の取り柄もないオレに魅力を感じてくれる女子などいるはずがないのだ。
そのため夏休みが終わり九月になった現在も、オレは念願の彼女をゲットできないでいた。
「くっそ~! 結局彼女ができないまま高一の夏休みが終わっちまったよ! 高校の夏休みは三回しかないっていうのに……」
まだまだ蒸し暑い放課後の教室で、自分の机に突っ伏して期待通りの夏休みを送れなかったことを嘆く。本当なら夏休みは可愛い彼女と過ごす予定だったのだ。
「何でオレには彼女ができないんだ……」
高校に入学してからあと一ヶ月ほどで半年になる。
たった三年しかない高校生活のうち、六分の一近くがすでに終了してしまったのだ。
今こうしている間にも、時間は流れ、ゆっくりと卒業に向かっているというのに彼女ができない。
オレは本気で焦っていた。
そんなオレのそばに二人の友人が近づいてくる。
この男子二人とは小学校の頃からの腐れ縁で、高校生になった今もつるんでいるのだ。
そんな友人たちがオレのことを慰めてくる。
「ドンマイ、亮。まだ入学して半年なんだし、彼女ができないくらいで悩んでても仕方ねぇぞ」
「そうそう。そんなに焦らなくても大丈夫だって」
どうやら先ほどのオレの嘆きが聞こえたらしい。
純粋に励ましの言葉をかけてくれるが、オレにはそれが恋愛強者の上から目線の言葉にしか聞こえなかった。
「うっせぇな……彼女持ちのお前らにはオレの気持ちなんか分からねぇよ!」
友人たちも独り身なら、先ほどの励ましも笑ってスルーできただろう。
だが、この二人はすでに交際相手がいるのだ。
一人は入学してからわずか数日後に女子生徒から告白されて付き合うことになり、もう一人は中学生の頃から彼女持ちなのである。
そんな友人二人がそばにいるせいで自分が余計に惨めに感じられてしまい、だからこそ恋人ができないことに焦燥感を覚えてしまうのだ。
そんなオレの心中など想像もできないのか、友人の一人が気休めとしか思えない言葉をかけてくる。
「まぁまぁ、そう怒るな。きっとお前にもいつか彼女ができるよ」
「お前……他人事だからって適当なこと言うなよな……」
小馬鹿にしていると捉えられても文句の言えない発言にオレは苛立ちを募らせるが、特に怒ったりはしなかった。長い付き合いで、本人に悪気がないことは分かっているからだ。
「ところで亮ってさ……好きなヤツとかいるのか?」
もう一人の友人が突然訊ねてくる。
「どうしたんだ? 急に……」
「いや……何となく気になったから……」
「そうだな……好きかどうかは分からないけど、気になっている子はいるよ」
別に隠すようなことでもないので、友人の質問に正直に答える。
「俺らの知ってる子か?」
「ああ。クラスメイトの
「「クラスのアイドルじゃねぇか!!」」
二人の声が重なる。
だが、二人が驚くのも無理はない。佐野桃花はクラスどころか学年一可愛いと言われている女子生徒だからだ。
いや、もしかしたら学校一可愛いかもしれない。
そんなS級美少女をオレみたいな冴えない男子が狙っていると知れば、誰だって仰天するだろう。
「佐野さんは競争率高過ぎるからやめとけって!!」
「そうだ! 彼氏の噂は聞かないけど、あれだけの美少女なら言い寄ってくる男子も多いと思うぞ。少なくともお前には絶対無理だ」
「お前ら……もう少し言葉を選べよ。さすがのオレも泣くぞ?」
親友なのだから少しくらいは応援してくれるかもと期待したが、そんなことは全然なかった。
諦めさせるにしても、言い方というものがあるだろう。オブラートに包むことを知らないのだろうか……。
平気で失礼なことを言ってくる友人に、ムッとしてしまう。
しかし、二人の言うことが正論であることも事実なので強く反論はできない。
「……まぁでも、確かにお前らの言う通りだよ……」
佐野桃花は小柄で非常に可愛いらしい容姿をしたショートカットの元気な女の子だ。
勉強も運動もでき、人望も厚い。彼氏の噂がないのが不思議なくらいの女子生徒。
オレなんかじゃ絶対に釣り合わない。月とすっぽんどころか、月とダンゴムシくらい差がある。
好意を寄せることすらおこがましいと感じてしまう相手なのだ。
「だから別に告白なんてする気はねぇ。同じクラスになれただけで満足だからな」
それは紛うことなき本心だ。
同じクラスになれたからこそ、遠くから眺めて目の保養にすることが許される。
しかし、逆に言えばそれしか許されていない。オレみたいな陰キャは、それだけで満足すべきなのだ。
「……ただ、贅沢は言わないからちょっとしたハプニングとか起きないかなって期待してたりもする……」
「ちょっとしたハプニングって?」
「そうだな……たとえば、躓いて転びそうになった先に佐野さんがいて、回避できずに胸にダイブするとか……」
それを聞いた瞬間、友人たちはドン引きしたような表情を見せた。
「うわっ! キモっ!」
「亮……ラッキースケベはラブコメ漫画の主人公にしか起こらない現象だぞ?」
「そんなに引かなくてもいいだろ……」
心なしかオレから少し距離をとった二人に抗議する。
……まぁ、確かにちょっとキモい発言だったかもしれないから強くは非難できないけれど。
「……つーか、オレだって健全な思春期男子なんだから、ちょっとくらいそういう妄想をしてもいいだろ」
「その妄想が童貞丸出しでキモいんだよ……」
「悪かったな、童貞で!!」
女性経験がないからキモい妄想をしてしまうのだと言われればその通りなのかもしれないが、それは仕方ないことだろう。そういう行為に発展するような相手がいないのだから。
……ていうか、オレのことを童貞だと馬鹿にしてるけど、お前らも童貞だよな? 彼女持ちとはいえまだ一線は越えてないよな? ……越えてないよね?
万が一越えていたら、取り残されたオレは絶望のあまり引きこもりになっちまうぞ……?
友人たちがすでに童貞を卒業しているか否かはオレにとって非常に重要なことだ。
だが、そんなオレの複雑な心境など二人はまったく興味がないようだ。
オレのことを『童貞』と言いやがった方ではない友人が、厳かに語り出す。
「いや、待て。ラッキースケベの話だけどな……恋弱の単なる妄想じゃないかもしれないぞ……」
「誰が“恋弱”だ!! お前までオレを馬鹿にするのかよ!!」
“恋弱”とは、おそらく“恋愛弱者”という意味だろう。
彼女がいないだけでなぜそこまで言われなければならないのか……。
憤慨するオレを宥めるように、友人が続きを話し始めた。
「まぁ、聞けよ。さっきはラブコメ漫画の主人公にしか起こらないって言っちまったけど、現実でラッキースケベを体験できるかもしれない話があるんだ。今、思い出した」
「そんな話があるわけねぇだろ!!」
「じゃあ言わない方がいいか?」
「……一応聞かせてくれ」
聞くだけ無駄だろうとは思いつつも、興味深い話なので食いついてしまう。
友人は声を潜めて話し始めた。
「これは先輩から聞いた話なんだけどな……『LSS』と呼ばれる神社がこの世に存在するらしいんだ」
「LSS……?」
「ラッキースケベシュラインの頭文字をとって『LSS』だ。名前で何となく想像できると思うけど、その神社に参拝した者はちょっとエッチなハプニングを体験できるという噂なんだよ」
「え~……」
別に期待していたわけではないが、それでも落胆してしまう。
そんな眉唾物の話なんて、とてもじゃないが信じる気になれない。
大方モテない男子の妄想から生まれた都市伝説だろう。
そんな風に聞き流そうとするオレだったが、もう一人の友人は興味津々のようだった。
「すげぇな、それ。どこにあるんだ? その神社……」
食い気味に神社の所在を聞き出そうとしている。
「それが……所在地なんてものはないらしい」
「……どういう意味だよ?」
「どうもその神社は全国のあらゆる場所に気まぐれに出現するみたいなんだ。だから、参拝できるかどうかは運次第ってことになるな……LSSが現れた場所に偶然居合わせた人だけが参拝する機会に恵まれるというわけだ」
「マジで都市伝説レベルの噂じゃねぇか……」
これでは信用しろという方が無理な話だ。
わかってはいたが、所詮LSSなどという神社は誰かの妄想の産物なのだろう。
「確かに都市伝説なんだけどな……でも、『エッチなハプニングをプレゼントしてくれる存在』ってちょっとワクワクするよな。オレらみたいな年頃の男子にとっては特に」
どうやら本人も先輩から聞いたという話をあまり信じていないようだ。
それでも話して聞かせたのは、LSSという神社にロマンを感じたからだろう。
もう一つ、いつまで経っても彼女ができないオレを不憫に思い、希望を持たせるために男子の夢とも言える話を聞かせてくれた可能性もあるが……それは思い過ごしだと信じたい。
「ま、なかなか興味深い話だったよ。じゃあオレは彼女と下校する約束があるから、もう行くよ」
あまり人には聞かせられないボーイズトークが終わったところで、友人の一人が帰り支度を始めた。
幸いまだ教室に残っている生徒は他にはいないため、今のボーイズトークは誰にも聞かれていない。
「オレも彼女と放課後デートする予定だったんだ! それじゃ亮……また明日な」
もう一人も彼女との約束があったらしい。
急いで教室から出ていこうとする。
……急ぐ理由はわかったが、普通に「予定があるから帰る」とだけ言えばよかったんじゃねぇか? わざわざ『彼女と』を強調する必要があるか? まさかと思うが、単なる当て付けじゃねぇよな……?
一瞬だけ邪推してしまったが、すぐにその考えを振り払う。
この二人に限ってそんな悪質な意図はないだろう。
あまり友人を疑うのはよくない。
「そっか……わかった。じぁあな、二人とも」
友人たちに別れの挨拶をすると、イスから立ち上がって学校指定のカバンを掴んだ。
そのままドアの方に向かい、教室を出る。
放課後に突入してからだいぶ時間が経っているため、廊下に生徒の姿はまったくなく閑散としていた。
そんな物淋しい廊下を無言で歩き、昇降口に向かう。
廊下と同様に、ここにも生徒の姿はなかった。みんなとっくに下校したか、部活に励んでいる最中なのだろう。
手早く靴を履き替え、外に出る。
その瞬間、厳しい残暑に襲われた。
「うわっ! 暑っ!!」
もう夕方なのだが、まだ九月なので当然暑い。
冷房の効いた教室から廊下に出た時もむわっとした熱気を感じたが、屋外の暑さはその比ではない。
風が吹いていれば多少は涼しかったのかもしれないが、残念ながら今は無風状態だ。
西の空で輝いている夕日が、まるで巨大なストーブのように感じられた。
「もうしばらく夏は終わりそうにないな……」
あちこちでセミが元気に鳴いており、秋が訪れるのはまだ先だと思い知らされる。
「さっさと帰ってアイスでも食うか」
こんな暑い中いつまでも突っ立っているのは苦行なので、なるべく早く帰宅しよう。
そう考えて、オレは自宅に向かって歩き出した。
校門を出て、特に寄り道することなく自宅への道をひたすら歩く。
歩くこと約十五分。もうすぐで自宅に到着するという場所で、オレの視界に見慣れない建物が飛び込んできた。
「……何だ? あれ……」
立派な鳥居に厳かな雰囲気を醸し出す社殿。手水舎や狛犬の設置されている敷地。
眼前にある建物は、一言で言うなら神社だった。
境内は驚くほど広く、手入れが行き届いており、非常に格式が高そうだ。
だが、神社の荘厳さや格式の高さなどは別に気にならなかった。そんなことよりも驚愕すべきことがあるからだ。
「……え? 神社!? ここは空き地だったはずだろ……?」
そう――ここは何もない空き地のはずなのだ。
少なくとも、今朝登校時にこの道を通った時にはここに神社などなかった。
それからまだ半日も経っていないのに、これは一体どういうことだろう。
もしかして暑さのあまり幻覚でも見ているのだろうか……?
不気味に思いつつも、恐る恐る近づいてみる。
今のオレは得体のしれない存在に対する恐怖心よりも、好奇心の方が勝っているのだ。
「この鳥居……ちゃんと触れるな……とりあえず幻覚じゃなさそうだ」
鳥居に触れることができたから幻覚ではない。
つまり、この神社は本当にこの場所に存在しているということになる。
「くぐってみるか……」
意を決して鳥居をくぐり、神社の敷地に入ってみた。
特に異変は感じない。
害はなさそうなので、社殿の方に向かってみることにした。
キョロキョロと周囲を見回しながら境内を進む。
何か変わったものがあるわけではない。ごく普通の神社だ。
しかし、奇妙な点が一つ。
それは、これだけ立派な神社だというのに、参拝客はもちろん神主や巫女の姿が境内のどこにもないことだ。
それどころか社務所すら見当たらない。
きちんと手入れされていることから考えて人が管理していることは明白なのに……。
「……まぁ、いいか。せっかく来たんだし、参拝して帰ろう」
あまりにも不可解な神社だが、あれこれと考えていても仕方がないので気にしないことにする。
謎だらけでも神社は神社だ。文字通り“神”の“社”なのだから、緊張感を持って真面目に参拝しなければならない。
まずは手水舎で手と口を清める。
それから参道の真ん中を避けて拝殿に向かった。
拝殿の隣には、樹齢何百年と思われる大樹がどっしりと根を下ろしている。
心なしか、厳かな空気が漂っているような気がした。
それだけ霊験あらたかな神社ということだろう。
ここなら御利益も期待できそうだ。
オレはさっそく財布から百円硬貨を取り出した。
それを賽銭箱に入れる。
そして鈴緒を両手で掴んで揺らし、本坪鈴を鳴らした。
その後、目を閉じて二礼し、二拍手する。
その動作が終わると、手を合わせた状態で神仏に願った。
――彼女ができますように。彼女ができますように。彼女ができますように。
とりあえず願いを三回繰り返しておく。神様に『流れ星じゃねぇんだぞ!?』とツッコまれたらどうしよう……。
――できれば可愛くて世話焼きで一途で健気で頑張り屋でちょっと照れ屋でおっぱいの大きな彼女がいいです。
調子に乗っていくつか条件を付け加えてしまった。また神様に『百円に見合わない願いなどするな』と怒られてしまいそうだ。
……さすがに欲張り過ぎたかな?
ふとそんなことを考えてしまうが、願ってしまったものはどうしようもない。
そもそも『彼女がほしい』なんて神仏に願うことではないだろう。
今ごろ神様も困惑しているに違いない。
神様に対して少し申し訳ない気持ちになる。
高望みはしないから、せめて女の子との出会いに恵まれないだろうか……。
「……よし」
いろいろなことを考えながらたっぷり三分ほど拝み、最後に一礼すると、顔を上げて目を開けた。
立派な拝殿が再び視界に入ってくる。
こんな格式の高そうな神社で願ったのだから、本当に女の子と出会えそうな気がしてきた。
もちろん、そこから恋愛に発展させられるかどうかは自分の努力次第だが、出会いを与えてもらえるならそれだけで充分だ。
「帰るか……」
拝殿に背を向け、鳥居に向かって歩き出す。
当然参道を歩く時は、真ん中を通らないように注意して歩いた。
そして鳥居をくぐって完全に敷地から出た瞬間……
「……あれ? オレ……何してたんだっけ?」
オレは自分が何をしていたのかきれいさっぱり忘れてしまった。
つい今しがた何かをしていたはずなのに、どうしても思い出せない。何とも奇妙な感覚だ。
何気なく後ろを振り返ってみる。
そこには見慣れた空き地があった。
「本当に何でこんなところで立ち尽くしてんだろうな……」
なぜ空き地の前で佇んでいたのかがどうしても気になってしまう。もしかしたら、ここに何か用事でもあったかもしれないからだ。
必死に自分がここで立ち尽くしていた理由を思い出そうするが、残念なことに記憶が呼び覚まされることはなかった。
「しょうがない……帰ろう」
思い出せないものは仕方がない。もう諦めるしかないだろう。
もしかしたら、いつか何かの拍子に思い出すことがあるかもしれないので、今はそれに期待するしかない。
オレは想起を諦め、自宅に向けて足を動かした。ここからなら我が家まであと少しだ。
無言で歩き続ける。
このまま何事もなく帰宅できると思っていたが、もう少しで自宅に到着するという場所で、思いもしなかった人物と出くわした。
「……田内君!?」
その人物がオレの名を口にする。
「え……佐野さん?」
声をかけてきた人物を視界に捉えたオレは目を疑った。
クラスのアイドルで男子生徒に最も人気のある女子生徒・佐野桃花が目の前に立っていたからだ。
制服のセーラー服に身を包み、学校指定のカバンを後ろ手に持っている姿は可憐と言う他ない。
彼女は天使のような可愛らしい笑みを浮かべて、オレの顔を覗き込んできた。
そして、そのまま気さくに話しかけてくる。
「どうして田内君がここにいるの? ……もしかして家がこの近くだったりするのかな?」
「う……うん。そ……そうだよ」
ドギマギしているのを悟られないように気をつけながら返事をした。
――う……声が上擦った……
平静を装って返事をしたつもりが、やはりテンパってしまい、軽い自己嫌悪に陥る。
できれば普通に会話を成立させたかった。
だが悲しい哉、オレは女子とほとんど会話をしたことがないので学年のアイドルと普通に話すスキルなど持ち合わせてはいない。
だから、女子に急に話しかけられただけで自分でも驚くほど取り乱してしまうのだ。
まったく……こんな
返事に失敗したことであれこれと考えてしまい、自分で自分が情けなくなる。
しかし、佐野さんはそんなことはまったく気にしていないようだった。
その後も無邪気に会話を続けようとしてくる。
「そうなんだ~。私はね、この近くのお店に用事があったから寄り道したの。まさか田内君と会えるとは思わなかったなぁ~」
「あぁ、それで……」
佐野さんがここにいる理由がようやく判明した。
どうやら学校が終わった後、帰宅する前にこの近くの店で用事を済ませたから今この空き地の前にいるようだ。
――それにしても佐野さん……オレの名前覚えててくれたんだ……ほとんど話したこともないのに……
学年一の美少女が自分のことを認識してくれていたという事実が急に嬉しく感じられる。
クラスが同じでも、あまり目立たないオレの名前など覚えていないだろうと思っていたからだ。
もちろん放課後にこうして偶然出会えただけでも跳び上がりそうになるくらい嬉しいが、名前を覚えていてくれたことはそれ以上に嬉しいことだった。
「……田内君? どうしたの?」
あまりの幸福に昇天しかけているオレの顔を、佐野さんが不思議そうに見つめる。
「い、いや……何でもないよ?」
また声が裏返ってしまったが、これはもう仕方ないことだと割り切るしかないだろう。
オレの返事を聞いた佐野さんが安堵したような表情を見せる。
「そっか……よかった。様子が少しおかしかったから、気分でも悪いのかと思っちゃった」
どうやらオレの体調を気づかってくれていたらしい。
なんて優しい子なんだろう。
本気で惚れてしまいそうだ。
……というか、もうほとんど惚れかけていた。つい先ほどまでは“少し気になる女子”という認識だったはずなのに。
意外とオレは、自分で思っている以上に単純なのかもしれない。
とにかく、せっかく学校以外の場所で会えたのだからもう少し話がしたい。もっと仲良くなりたい。あわよくば連絡先を交換したい。
そんな欲求が沸々と沸き上がってきた。
このチャンスを逃せば、二人きりで話せる日はもう来ないだろう。
親密になるためには、今ここで頑張るしかない。
――聞け! 聞くんだ、オレ! 佐野さんの連絡先を……
必死に自らを奮い立たせるが、なかなか勇気が出ない。
ただ一言『IDを交換しよう』と言えばいいだけなのに、断られるのが怖くて言い出せないのだ。
意気地のない自分に嫌気が差してくる。
「……田内君?」
明らかに挙動のおかしいオレを、怪訝な表情で見つめてくる佐野さん。
オレはとっさに目をそらした。
連絡先が聞けなくて困っているなんて情けないことは口が裂けても言えない。
ここは佐野さんの興味を別のものにそらす必要がある。
これ以上の追及を避けるため何とか話題を変えようとした――まさにその時だった。
無風状態だったこの場所に突風が吹いたのだ。
今日の穏やかな天気からは予想もできないほど強い風。
オレはとっさに腕で顔をガードした。
――佐野さんは大丈夫かな?
華奢な佐野さんのことが心配になり、彼女の方に視線を向ける。
すると、とんでもない光景が視界に飛び込んできた。
なんと、この強風で佐野さんの膝丈ほどのスカートが思いきりめくれ上がっていたのだ。
具体的にはお腹のあたりまでめくれ上がっていたため、下着が丸見えだった。
スカートがめくれたことにより、あらわになる純白のパンツ。
小さなピンクのリボンが付いている、清楚で可愛らしい下着だ。佐野さんにとてもよく似合っている。
そんな可愛い純白のパンツをオレはばっちり目撃してしまったのだった。
「きゃっ!!」
可愛らしい悲鳴を上げて、佐野さんがめくれ上がったスカートを押さえる。
本人もまさか突然こんなに強い風が吹くなんて思っていなかっただろう。
完全に不意打ちの強風だったため、スカートがめくれてから反応するまでに時間がかかり、結果としてオレに見事なパンチラを披露する事態になってしまったのだ。
佐野さんの頬がみるみる赤く染まってゆく。
そして両手でスカートを押さえた状態のまま伏し目がちに「……見た?」と訊ねてきた。
「えっと……」
顔を真っ赤にした佐野さんを前に、オレはどう返答すべきか迷い、黙り込んでしまう。
素直に「見ちゃった」と言うべきか、それとも「見てないよ」と嘘をつくべきか……どちらが正解なのかわからない。
そんなオレの態度を見て、佐野さんは察したようだ。
「見たんだ……」
「ごめん……」
パンツを見たことがバレバレだったようなので、素直に認めて謝罪する。その方が、ヘタにごまかそうとするより心証が良くなると思ったからだ。
「うぅ……恥ずかしい……」
真っ赤だった顔をさらに赤くしてうつむく佐野さん。
それきり一言もしゃべらなくなる。
同じクラスの男子にパンツを見られてしまったことがよほど恥ずかしかったのだろう。
「だ、大丈夫だよ。ほんの一瞬だったから!」
オレなりに慰めようとするが、佐野さんの様子は変わらない。
オレは押し黙った。これ以上何を言ったところで逆効果にしかならない気がしてきたからだ。
それからしばらく二人の間に沈黙が流れる。
やがて佐野さんが顔を上げた。
まだ顔は赤いままだ。
「あの……今日のこと、できるだけ早く忘れてね……」
「あ……うん……」
「よかった……それじゃあまたね、田内君」
そう言って、佐野さんはうつむき加減にオレの横を通り過ぎると、足早に立ち去ってしまうのだった。
そんなクラスメイトの後ろ姿を眺めながら、オレは半ば放心状態で立ち尽くす。
もはや連絡先を聞き出そうとしていたことなどすっかり忘れてしまっていた。
「すごいものを見ちまった……」
まだ心臓がバクバクと高鳴っていた。
それほどに美少女のパンチラは、思春期かつ童貞のオレにとって非常に破壊力があったのだ。
「それにしても可愛かったな……下着も佐野さんの反応も……」
つい先ほどの出来事を思い起こしてみる。
学年一可愛いと言っても過言ではない佐野さんのパンチラを真正面から拝めた幸運な男子はそうそういないだろう。もしかしたらオレが初めての男子かもしれない。
そんな滅多に訪れることのない幸運な出来事に立ち会えた喜びを噛みしめながら、オレは天を仰いだ。
そして、気がついたら神に感謝していた。
「神様! もしも存在するなら、オレにラッキースケベを恵んでくれてありがとうございます!!」
何しろ美少女のパンチラという、思春期の男子にとっては極上のプレゼントを受け取ったのだから、神に感謝したくなるのは必然と言えるだろう。
オレは今日のことを一生忘れない。
佐野さんには早く忘れてと言われたが、そんなことは不可能だ。
きっと、これから先の人生で度々今日のことを思い出してはニヤつくことになるだろう。
それは仕方のないことなのだ。
「……さてと、帰るか……」
少し興奮が冷めてきたところで、帰宅の途中だったことを思い出し、自宅に向かって歩き始める。
その道中も先ほどの『
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