第9話 仕組まれた悪意

 理性がないながらも、オーガの胸の内に秘めしことは一つ。された通りに、女のことを痛めつけて攫ってくること。


 筋肉バカのオーガに、有り体に言えば手加減しろというある意味無茶な命令は、恵まれたその力を抑制する。


 だからこそ、三分経過しても未だローゼスがオーガと対峙できているのだ。


「フッ!」


「ガァァァァァ!!」


 極端な大振り。今日までのトレーニングで、何回も何回もルカの剣と────それこそ、疲れ果ててぶっ倒れるくらいまで何度も何度もぶち転がされてきた経験が生きる。


 本人にとっても、ハチャメチャ不本意かもしれないが。


 身をかがめると同時に、後ろへ回り込む。


 狙うは、アキレス腱。


『別に、完全に斬ろうとは思わなくていい。頑丈な相手には、その頑丈さを十全に発揮させなければいいだけの話だ。脚を斬れば、もう立ち上がることはできない。あとは好きなようにタコ殴りにすればいい』


 人体は脆い。いくら強くても、体のどこか傷つけば、失えば満足に動けなくなるのが人間というもの。それはルカに教えてもらったことだ。


 今、目の前にいるオーガには当てはまらないかもしれないが────


(流石に、そこを傷つければ立つことは難しいでしょう!)


 図体がでかくのろま。振り返るという無防備な隙を狙い、思いっきり剣を斬りつけるが。


「っ、硬い、ですわっ」


 ガキン!とまるで金属でも叩いたかのような感触が手に伝わる。流石、天然の鎧とも称されるオーガの筋肉と言ったところだろうか。


「ここまで硬いと、全身がそうだと仮定した方がいいですわね────と」


 大振りパンチ。単発的で、動きが大きいので攻撃が分かりやすくて助かりますわ、と思いながら少し大きくジャンプして距離をとる。


(でしたら、わたくしが狙うべき場所は────あそこ、ですわね)


 訓練初日、ルカに殺気で殺された日のことを思い出す。貫かれた場所で、もっとも筋肉による硬さとは関係無さそうなのは────目。


 そこさえ貫ければ、剣が脳まで届き、そのまま殺せる。問題は、どうやって自身より1m上にある頭にまで剣を届かせるか。


「くっ、わたくしにあの筋肉さえ斬れる力があれば………っ!」


「勝機はある。しかし、壁は高いぞローゼス」


「ひひん……」


 くいっくいっ、と馬がルカの袖を引っ張る。その目は、『助けなくていいの?本当に大丈夫?』と語っていた。


「心配するな。いざとなれば俺がいる。ここにいれば、アイツが何か行動する前に、全身を斬り刻めるからな」


「ぶる……」


 え、なにそれこわい。本気でそう思った馬は、心做しか一歩距離をとった。


(わたくしが、あそこまで剣を届かせる方法は、ジャンプをすること。ですが、ジャンプをしたら無防備になり、オーガの攻撃の餌食に……どうやって倒しましょうか)


 ローゼスの攻撃は通らない。オーガの攻撃は当たらない。千日手のような状況が長く続く。こうなった時、有利なのは体力を残している方。


 その点に至っては、オーガの方が有利だ。命令によって、抑制されていることで普段本能のままに戦っている時よりかはだいぶ体力の消耗がない。それに対し、ローゼスは慣れないことをしているため、普段であればまだまだ元気に剣を振っているが、やらなければいけないこと、考えなければいけないことが多く、消耗が激しい。


 それは、確かに『疲れ』として、ローゼスの体に現れた。


「────あっ」


 ズリっ、とステップ時に足を滑らせる。認識してしまえば、疲労が一気に体に押し寄せ、そのままガクンと体が沈む。


 ニヤリ、とオーガの口元が歪んだ。


(まず────)


「お疲れ様」


「あっ………ルカさん」


 だがしかし、背後でいつでも殺せるように準備をしていたルカが、既に対処をしていた。腰に腕を回して倒れないように支える。気づけば、オーガは既に細切れになっていた。


 いつの間に斬ったのか。相変わらず見えない神速の剣技に、惚れ惚れすると同時に、本当に斬っているのか?という疑問さえ出てくる。


「すみませんルカさん。倒せませんでした」


「いや、初めてにしてはよくやった。実を言うと、俺の予想ではもうちょい早くガス欠するかと思った」


「ふふ……今まで何回ルカさんに転がされてると思ってるんですか」


「まぁまだまだ剣技は赤ちゃんレベルだけどな」


「赤ちゃん………」


(あ、あれだけゴブリンを斬りましたのに……)


 グサリ、と最後の最後で上げて落とされたローゼス。ガックリ、と項垂れて完全に力が抜けた。


 ゆっくりとローゼスを地面に座らせた後、自身で細切れにしたオーガの死体へと近づく。


(部位は……まぁ角でいいだろ)


 シュッ、と手がぶれるとスパーン!とオーガの頭から角が綺麗に斬れる。これを持って帰って、何か痕跡が残っているかフリューゲルに調べてもらう予定である。

「ローゼス」


「何でしょう?」


「確か、お付きの人には知らせてるんだよな?」


「えぇ。執事がこの学園に滞在しており、わたくしがここにいるのは執事のセテスしか知りませんわ」


「ふーん……ちなみに、ここ最近で執事さんに何かおかしいことは起きなかったか?」


「いえ、特にそういうことは……先日、珍しく一日休みを貰いたいとは言ってましたが……それがどうかしまして?」


「────過去、似たことを経験したことがある」


 もちろん、ルカが語る過去は、前世の時のものである。


「いいかローゼス。ターゲットの情報を効率的に掴む方法はな、ターゲットの身近な人物にすり替わることだぞ」


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