第44話 熱い渦

 芸術祭を成功させるのに、フロレンティアの人間をできるだけ巻きこむのが大事だ。

 そうエリザやファルコは結論していた。


 運動がタスカーナだけの盛りあがりで終わっては意味がない。

 フロレンティアの人間にタスカーナという町が認知され、鉄道を使えばたった一夜で来れる場所に、こんな素晴らしい町があったのか、と思ってもらわなければいけない。

 その熱が高まった上でなければ、ウィレシウス教皇を招待することなど夢のまた夢だろう。


 実際のところ、フロレンティアにはタスカーナの出身で出稼ぎに行っている者。

 ニーナのように、万能の聖女になれず才能をくすぶらせている者。

 新しい商売を開拓しようとしている者。

 芸術祭に協力してくれそうな人材は、たくさんいるはずだ。


 エリザたちには、オルネライア家のワイン販売を通じて、フロレンティアにツテが数多くあった。

 人から人への口コミで、そうした人材をできる限り確保したかった。


 それを聞いたニーナは、自分の工房の同僚や親方を呼ぶことを真っ先に思いついた。

 工房の親方ナタリア、姉弟子のベルタ、妹弟子のピノカの三人だ。

 鉄工房である彼女たちの助力は、実際ニーナの構想では必要不可欠な人材だったし、依頼したいことも相談したいことも山のようにあった。


 誰かひとりでも派遣してもらえたなら……。

 そんな希望で手紙を出したのだが、ナタリアたち全員が二つ返事でやって来てくれたのだ。


 三人はいま、ニーナの案内でアトリエへと向かっていた。


「ここがニーナちゃんのアトリエなのねぇ。立派なものだわぁ」

「カワイイ! おっきいデス! 親方の工房よりずっとイイデス!」

「……ひと言余計なんだよお前は」


 おもちゃ箱のような外観のアトリエを前に、ナタリアたちは言いかわす。

 ニーナは照れくささと誇らしさの入り混じった思いで、そんな三人を中へ案内する。


「皆さま、ようこそお越しいただきました。ニーナの従姉いとこにあたります、ガラテイアと申しますわ」


 ガラテイアは如才なくそう自己紹介し、三人分のワインを用意した。

 その姿に、ナタリアたちは賛嘆のまなざしを向ける。


 けど、タスカーナのお客さんたちのように鼻の下を伸ばしたりはしない。

 アトリエに入った瞬間から、彼女たちは職人の顔つきになっていた。


 イオも混じえ、ニーナのアトリエの三人と、ナタリアの工房の三人、六人は一つのテーブルを囲み、話し合う。

 話をしながらも、ニーナは出された案を素早くスケッチしていく。

 ナタリアたちもそれに描き込みを加えていった。


「イオと言ったか……。たしかにそれができたら面白い」

「だよね! そんでもってこう入り口も回転して……」

「ムチャを言うな。そんな複雑な構造、やったことないぞ」

「ん~、部品はじいちゃんが作ってくれるからなんとかなんないかな」

「そうだな。問題は材料を運ぶコストか……」


 意外な取り合わせだが、親方のナタリアとイオのふたりが熱心に語り合う。

 イオの突飛な発想がナタリアを刺激し、職人魂を揺さぶるという構図のようだった。


「まあ、ガラテイアさん。古代の芸術にとってもお詳しいのですねぇ」

「え、ええ、まあ……。いにしえの時代のタスカーナに興味がありますの」

「まあ、そうでしたのぉ。実は私もなんですよぉ。――でしたら、私とガラテイアさんの知識をこの辺りの街路を古代様式で飾ってみるのはどうでしょう?」

「それはとってもステキですわぁ。昔はこの辺りには劇場がたくさんあって……」

「まあまあまあ。ほんとに、まるで実際に見ていたかのように詳しいのねぇ。だったら、ここから先は中期タスカーナ様式も織り交ぜて……」

「なるほどですわ。ベルタさんはわたくしが眠っていた……ではなく、不勉強な時代のタスカーナにも詳しいのですわね」


 ガラテイアとベルタのふたりが、優雅に、それでいて熱意を込めて意見を交換しあう。

 ふたりの知識がうまく噛みあい、いくらでも話がはずむようだった。


「ニーナ先輩! この建物のあたり、先輩の絵たくさん飾るのがいいデス。ピノカ、動く額縁つくりマスデス」

「うごくがくぶち!? 何それ?」

「ハイ! ピノカの故郷のオモチャのオーヨーデス。こんな感じで……」

「わあ。それすごく面白い! だったらわたしの絵だけじゃなくって……。ピノカちゃん、前にこういう看板作ったことあるんだけどこれも仕掛けが飛び出す感じにできないかな?」

「できますデス! とってもとってもイイと思いますデス! それなら小っちゃい子どももたくさんワクワクできますデス!」

「だよねだよね。じゃあさ……」


 姉弟子、妹弟子としてともに仕事をしてきたニーナとピノカは、お互いのことをよく知っている。

 アイディアを一つ出すたび、さらに互いの長所を活かす方法が三つも四つも見つかるという感じで、いつ尽きるとも知れなかった。


 それぞれが意見交換した内容を、さらに全体で共有しあう。

 ワインもとっくに空になっていたが、ふだん周囲への気配りを欠かさないガラテイアすら、お代わりをつぐことも忘れていた。

 熱気がアトリエの中を渦巻く。


 後日、エリザとファルコのふたりが膨大なアイディアを前に、その実現可能性と費用の算出に頭を痛めることになるのだが、それは彼らの仕事だ。


 ニーナたちは、ひたすら前を見て、自由に空想の翼を広げるのがその役割だった。

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