第40話 ガラテイアの想い

「……とりあえず、いま思いつくのはこんなとこ、か」


 議論も行き詰ったころ、ファルコがぼそりとつぶやく。

 それは、今日のところの集まりの解散をうながす言葉だった。


「そうですね。できうる限り迅速に対処すべきですが、いまから根を詰めすぎても気力が持たないでしょう」


 エリザもファルコの言葉に同意を示す。


「明日以降、各自行動を開始してください。何か新しい案を思いついたらわたしに報告を。よろしくお願いします」


 話し合いに疲れて弛緩しかけていた空気も、エリザの凛とした声に引き締まる。

 毅然としたその姿は、オルネライア家の当主、というより武芸者としての彼女の一面を感じさせるものだった。


 ともかく、砲兵工場開発の情報をタスカーナの町のおもだったもの者たちに伝える。

 それを第一の行動にすると決まった。


 町の生活に大きく関わる内容だ。

 ウワサはすぐに町中に広まるだろう。


 その上で、工場設置の賛成派と反対派の人間を見極めるのが大事だろう、というのがファルコやエリザの一致した意見だった。

 もちろん、オルネライア家は反対の立場だし、ブドウ畑の農家は賛同してくれるだろう。


 けれど、町のものたちそれぞれに事情や思惑もある。

 反対の立場をあまり前面に押し出して情報を伝えることは、かえって反発や疑念を招きかけない。


 ニーナもデザインの仕事を通じて、人脈ができている。

 今後はエリザとは別行動で、町の者たちと話をする予定だった。


 改めて、明日以降の行動を確認してから一同は解散した。

 ニーナとガラテイアのふたりは、最近はアトリエの二階で寝泊まりしている。

 フロレンティアでは屋根裏部屋暮らしだったニーナにとっては、苦でもなかった。


 けれど、この日は久しぶりに実家の自分の部屋で一泊することになった。

 ガラテイアといっしょに部屋に戻る。


 こうしてふたりで実家の部屋にいるのは、そんなに昔のことでもないのに、アトリエができてからの毎日は飛ぶように過ぎ、もう遠いできごとのように感じられた。

 毎日のようにガラテイアの裸身を描いていた日々が懐かしく感じられる。


 これからは姉のエリザと話し合い、そのまま家で夜を明かす日も増えることだろう。

 叔父のファルコも、しばらくのあいだは亡くなったニーナたちの父の部屋を使うことにしていた。


「ふぅ。なんだか大変なことになっちゃったね」


 ニーナはベッドにぼふっと座りこみ、ため息をつく。

 デザインの仕事をしているときの何倍も疲れた気がした。


「ちょうど大きな仕事がなかったのが幸いだったかもしれませんわね」


 ガラテイアもニーナのとなりにそっと座りながら、気づかわしげに言う。

 ニーナは甘えるように、ガラテイアの肩にぐてっと頭をもたれさせた。


 ガラテイアはその髪を優しくとぎほぐす。

 ニーナはしばらくのあいだ、心地良さげにガラテイアに体を預けていた。

 けど、ふと思い出したように顔をあげる。


「あのさ……。ガラテイアは工場開発のこと、ほんとはどう思ってるの?」

「えっ?」

「……何かお姉ちゃんに言うの、ためらってた気がするんだけど」


 ガラテイアは微笑を浮かべ、軽く首を横に振った。


「やっぱりニーナにはわたくしのこと、なんでもお見通しなんですわね」

「ガラテイアほどじゃないよ」


 自分自身以上に、ガラテイアは自分のことを分かってくれる。

 ニーナは出会ったときからずっと、そう感じていた。


 それに比べたら、自分は鈍すぎる。

 ガラテイアの気持ちに気づけなかったことのほうがずっと多いだろう、とニーナは感じていた。


「わたくしも工場建設には反対なのはエリザさんたちと同じですわ。ただ……」


 ガラテイアは遠いまなざしで、宙を見つめていた。


「わたくしは千年前の時代も知っていますもの。皆さまとは少し違うものも見え、感じている。それだけのことですわ」

「違うもの?」


 ニーナに問い返され、ガラテイアは微笑を浮かべた。

 なんとなく、さみしげな笑い方だった。


「このごろは、目覚める前のことを以前よりはっきり思い出せるようになりましたわ。ニーナとの暮らしが刺激になっているのかもしれませんわね」

「……目覚める前のこと。ガラテイアを創ったご先祖様と暮らしていたときのことだよね。それ、聞かせてほしいな」


 遥か遠い過去の話。

 自分と出会う以前のガラテイア。


 それを聞くのは、ニーナにとっても少し寂しい気がした。

 けど、それ以上にもっとガラテイアのことを知りたい、という気持ちのほうが勝っていた。


「ありがとう、ニーナ。では、少しお話しますわ」

「うん」


 ガラテイアはそっとニーナの手を握りながら、話はじめた。


「皆さまにとってこの町はブドウ畑の土地でしょうけれど、わたくしのご主人様が生きていた時代、タスカーナは文化と芸術の中心でしたわ。ちょうどいまのフロレンティアのように……」


 そう前置きしてから、ガラテイアは遠い古代の話をはじめた。

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