2 到着
高速バスは一時間半ほどで、
山の
事前に予約したタクシーに乗り、私は『水の町』と謳われる
郡上の地を見回すと、めかしこんだ観光客の姿がたくさんあった。私は普段の格好と変わらず、ネイビーのセーター、薄茶色のダウン、灰色のパンツ、黒いスニーカーだというのに。みんなのコーディネイトは、もっと配色が鮮やかで――あぁ、他人と比べるのは悪癖でしかない。
「自分を変えないとな……」
時に私は、今回の旅行であるルールを設けていた。
現代のインフラ――スマホをリュックの奥底へと沈めたまま、一泊二日を楽しもうというものだ。現代人には苦行にも等しい制限だが、なにも成し遂げられない私だからこそ乗り越えてみせたかった。
逆に、それさえ達成できなかったら――
さて。
一息ついて、山の頂に目をやった。
誰の居城だったのだろう? 思わずポケットへ手を伸ばし、そこにあるはずの長方形を感じられず、無意識の行動が恥ずかしくなった。気持ちを切り替え、いざ天守へ。私は今、山のてっぺんを攻略する武将になった気分だ。
とまあ、最初は意気揚々と両手両足を動かしていたのだが、後続から男児に追い越され、お爺さんに追い抜かれ、果ては若い娘に悠々と抜き去られた。
私が天守広場に着いた時には、とても感想なんて口にできなかった。
「はぁ……はっ、はあ……! はぁ……」
城まで上がってきた感動ではない。単純に、息が上がっていたからだ。
鼓動が落ち着いたところで、天守台の石垣を見上げる。適当に積み上げているようだが、その
「昔の人はスゴイなあ、これを積み上げるなんて」
こうして石垣を眺めていると、歴史の知識がない私でも、それとなく城を味わっているようで気分が良かった。
「――ここ、天守も
が、私の優越感に対し、重箱の隅をつつくような補足が放たれた。まるで気配を感じず、驚いて目線をずらすと、石垣と櫓を見上げる痩身があった。ライトグレーのミディアムショート、揃った襟足が特徴で、私よりも年下の風貌――異性だった。
独り言を聞かれるなんて、とんでもない失態だ。私は顔が熱くなってきて、
「え、あっ……昔の人は、た、た……大変っすよね……!」
なにより、返答とともに行ったキョドり方が、もう中学生男子およびオタクのそれで、どこまでも自己嫌悪に苛まれた。
「城の規模によっちゃ、石垣を積む過程で人も亡くなっとったろうね。なにぃ、キミ観光で来たん? どっから?」
そうして、個人空間をこじ開けるように話が広がってゆく。私は今にも逃げ出したい気持ちを抱きながら、別言語を紡ぐかのように単語のピースをつなぎ合わせた。
「あ、えと……お、オレ……あ、私は、な、名古屋から……」
「んー? 愛知県民全員が『名古屋から来ました』って言うやつ?」
黒と白のボーダーセーターと、ブラウンのPコート。グレーのキュロットに黒いブーツ――なぜだろう、色合いだけなら私と似通っているのに、まるで雰囲気が違う。
「一応、
「なんでまた、こんな山に?」
「なんか観光……っていうか。そ、そういう浮ついた理由です」
どこまでも、まともに受け答えができない自分に嫌気がさす。相手が若い女性だと、決まってこうなるのだ。
「夏やったら郡上おどり、秋やったら紅葉も楽しめれたんやけどね。まあ、スマホありゃあ色んなトコ調べれるし、楽しんでいきゃぁ」
「そ、それが今スマホ使えないんです……よ」
「圏外?」
「いえ、今回の旅でルール決めて……そ、それがスマホ使用禁止……」
「ふっ……あははっ! キミってよったいな人やねえ」
観光客に絡んでくる人間もなかなか
「てことはヒマやね? 否、ヒマになるよ? だって、見るとこ見たら時間が余るだけやし。住んどるわたしが言うんやから間違いないって」
「じ、地元の方……?」
「ねえねえ、案内したげよっか? この辺のこと知りたいでしょぉ? ホラ、わたしもヒマしとったし、互いに得やしさぁ。あははっ!」
たぶん、最後の一部分が本音だ。ただの暇潰しのために、一人旅をする冴えない男を選んで、適当に時間を過ごそうという魂胆に違いない。
けれど、私の頭に浮かんだのは、『旅は道連れ世は情け』という趨勢だった。
「そ……っ、あ、せっかくなんでお願いします」
であれば、この女の提案を受け入れるのが最適解なのだと思った。
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