常陸乃作『目標挫折の八幡町』

1 出発…

 信念しんねんけましてもう面倒。

 おのが心にもう黙祷。

 正月に立てた目標は曖昧になり、満足した気になって、あぁ二月。

 情けない言動が、私の心を今日も穿つ。

 たまの休日がやってきても、外出する気になれない。

 ありのままのさがには、いつまで経っても慣れない。

 動かしたくても、ロクに動かない体。

 理由は簡単で、一月に立てた目標さえ覚えていないからだ。

 そうして私は数分後に落胆するのだ。一年の計を必死に思い出そうとした結果、本当は目標なんて立てていなかった事実をセルフ回想するのだから。

 言うまでもなく私は、成人男性の半数以上に属するダメ男である。

「自分を変え……られるのかな」

 とはいえ、無意味な苦悩に苛まれる三十歳独身男性の日常にも、そろそろ嫌気がさしていた。そうして私は一念発起したのだ。希望的観測に身を委ねるのに疲れ、震える手で行ったのは、旅行サイト経由のブッキングだった。


 当日の朝。

 浮ついた足取りで最寄もより名鉄めいてつに飛び乗り、名古屋なごや駅へ直行してみた。が、到着が早すぎたため、人の足音だけで眩暈めまいがしそうな駅の片隅で縮こまった。

 高速バスの出発時間を待つ間、『駅構内のお洒落カフェに入る』なんて選択肢は、駅にそびえる三つのタワーを見上げている田舎者にあるわけがない。その勇気があれば、もう無糖コーヒーを飲める体質になっているはずだ。

 暇の末、時間がやってくると、私は不審者さながらに高速バスへ飛び乗り、たどたどしく運転席横のリーダーに、印刷した二次元コードをかざした。そうして自分の席を探しながら、予約番号やら、『遠藤えんどうなにがし』という氏名やらが表示されたA4紙を折りたたんで、車内中ほどの席に落ち着いた。

 そう、私は下の名を語るほどの人間ではない。自分勝手に付与したヒエラルキーは、膝の上に置いたリュックよりも軽いのだから。けれどバスの車高ゆえ、上から駅前の人々を見下ろすだけで、わずかに偉くなった気になってしまう。この性は、死ぬまで変わらないのだろう。

 アナウンスに合わせ、時間どおりに出発した高速バスは居住区から離れ、現実から心も離れ、これから楽しい非日常が待っているのだと心が躍った。

『いや、私はやれることは、毎日それとなくやっている……』

 ――踊るはずの心は、なぜか卑しい虚言を実行していた。

 努力の『ど』の字も知らない私は、非日常の入口が開かれた今日こんにちでさえ卑しいルーティンに身を任せてしまうのだ。ダウナー系が認められるのは、若くて可愛い女の子だけだというのに。こんなオジサンがネガティブ思考をしているのは、ただただキモいだけである。あぁきっと、今も酷い顔をしているに違いない。

 隣に乗客がないのがせめてもの救いである。

 けれど車窓の色が変わっていくうち、現世のあかをデトックスしなくてはいけない気になってきて、私はできるだけ意識を日常から遠ざけ、暖房の温かさ、不定期な揺れ、心地良くはないエンジン音のミックスによって舟を漕ぎ始めていた。

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