§048 決闘の後

 俺はクレアに先ほどの姿を眩ます【放ち】についての解説をしていた。


 といっても別に難しいことではない。

 クレアの言う『蜃気楼』という言葉がまさにそのとおりで、俺が干渉したのは周囲の大気。

 大気に温と冷の状態変化を与え、空気間で温度差を生じさせることによって、蜃気楼と同様の幻をクレアに見せていたのだ。


 あくまで蜃気楼であるため、完全なる幻覚を見せるには至らないが、決闘などの短い時間における奇襲では非常に有効的な【放ち】の使い方だ。


 とまあ魔力操作という点では決して難しい話ではないのだが、クレアには蜃気楼の原理の説明が少し難しかったようで、そこを理解させるのにそれなりの時間を要した。


 そのため、解説の全てが終わった頃には、既に日が傾きかけていた。


「さて、時間も時間だし、兵舎に帰るか。今日はご飯は俺がご馳走するよ」


 決闘でのクレアの機転は本当に素晴らしいものだった。

 奥義である孤宝こほうはもちろんのことだが、それ以前の立ち回りにも剣士としての矜持があり、感動の念を抱いたほどだ。


 それを労う意味でかけた言葉だったが、クレアは首を横に振った。


「ううん。今日は兵舎に帰りたくない。だからさ……一つだけわがまま聞いてくれる?」


「うん?」


 ♦


「うわぁぁあー////」


 焚き火を挟んで俺の対面に座るクレアは、目の前に並んだ料理の数々に、歓喜の声を上げていた。


 どうしてこのような状況になったかというと、クレアからの願いが「今日は二人で野営したい」というものだったからだ。

 聞くところによると、ゴザ奪還作戦の時の野営がとても楽しかったとのことで、帰るのもだるいからもうこの場で泊まっちゃおー!という発想らしい。


 クレアらしいといえばクレアらしいが、正直なところ、俺はこの提案を受けた時、一瞬迷った。

 年頃の女の子と二人っきりで野営なんて本来避けるべきだろうと思ったからだ。


 しかし、クレアが「決闘で勝ったのにご褒美くれないの~」と上目遣いを見せてくるため、決して彼女の色気にやられたわけではないのだが、俺も決闘でクレアに敗戦を喫して、思うところもあったので、彼女の提案を受け入れることにした。


 そうと決まってからのクレアの行動は早かった。


 まず、俺とクレアは森に分け入り、食材を探すことになった。

 俺もアクアリーブルでの生活が長くなり、この地に原生している動物や植物などにも大分詳しくなった。

 そのため、食べられそうなキノコや山菜を効率よく見つけることができた。


 その間にクレアはイノシシを狩っていた。

 イノシシは獰猛な生き物なので一般市民であれば出会ったら逃げるというのが常識なのだが、今は逆に血気盛んな彼女に出会ってしまったイノシシが不憫でならなかった。


 続いて料理のターン。

 案の定というか、クレアは料理が得意ではないとのことだった。

 まあ、元々クレアにはご馳走してあげようと思っていたので、料理は俺が担当することにした。


 そんなこんなで、今やっと食卓についたところである。


 俺は自信作の料理を次々とクレアに手渡す。


 まず、一品目は、ぐつぐつと煮えた鍋から掬い上げたとろみを帯びた野菜のスープ。

 素材は山に原生していた山菜と、俺が料理をしている間にクレアが釣ってきた川魚。

 透き通った出汁には、これまた山で取れた香辛料を加えているので、ピリッと刺激的な仕上がりになっている。


 二品目は、クレアが釣ってきた川魚の塩焼き。

 イワナと呼ばれる魚で、清流でないと生きられない個体らしく、王都に住んでる時は見たことが無かった。

 でも、油が乗った身はプリプリしているし、塩味がまた格別なのだ。


 そして、本日のメインとも言えるのが、イノシシ肉の香草焼きだ。

 山で取れた大きな葉っぱで包んだイノシシの肉。

 我ながら良い感じの焼き加減で燻された肉には細かく刻んだ香草を塗し、それが溢れ出る肉汁と相まって、宝石のように輝いている。


 そんな二人では食べきれないほどの料理を見て、さすがのクレアも目を丸くしているようだ。


「え、これマジでリヒトが作ったの?」


「決闘も労いも兼ねてちょっと頑張ってみた。普段は肉を焼く程度の料理しかしないよ」


「いや、それでもすごいよ。あたしの周りって料理が出来る男なんていなかったから素直に感動かも!」


 今にも涎を垂らしそうなクレアを見て、俺は笑う。


「ありがとう。今日は魔力も消費したし大分空腹だろ。早速食べよう」


「うん! それでは……」


「「いただきます!」」


 食材の神に手を合わせ、俺はスープのジャガイモを口一杯に頬張ろうとするクレアを見つめる。


「――!!」


「どうだ?」


「うっ、美っ味ぁぁああああ! リヒト! やばいこれ天才だよ! 毎日でも食べられる!」


「それはよかった。じゃあ俺も……まずは塩焼きかな。ってこれ、やば。うまっ!」


「ははっ! 自画自賛うける! あたしも魚もーらいっ!」


 そうして俺達は会話もそこそこに、料理を口の中に掻き込んだ。


 そして、食後。


 満天の星空の中。

 お腹をぱんぱんにした俺達は、どこまでも続く草原に沈み込むのように、ゴロンと寝転んでいた。

 腹ごなしと言えば聞こえはいいが、要は食べ過ぎて動けなくなってしまったのだ。


 俺は隣に寝転ぶクレアに声をかける。


「今日の決闘。クレアは俺の首に孤宝こほうを打ち込むことは十中八九ないと思っていた。少なくとも決闘の前まではクレアからそれほどの気概が感じられなかった。何が君をあれほどまでに変えたんだ」


 自分でも難しいことを問うている自覚はあった。

 でも、この答えをどうしても聞いておきたくて。

 俺はクレアにこの疑問を投げかけることにしたのだ。


「別に理由なんてないよ。決闘ってそういうものでしょ。命を賭けて大事なものを賭ける。あたしにとってリヒトの隣にいるということはそういうことだったから」


 極めてドライな回答。

 でも、それほどまでにクレアが俺の隣にいることを望んでくれていることが、渇いてしまった心の奥底に染み渡ってくる気がした。


「まあ……強いて言うなら……」


「ん」


「強いて言うなら…あたしが貴方を殺す気で剣を振るってもきっと貴方はあたしの攻撃を防いでくれる。そう信じてたから……リヒトの実力を信頼していたから……あたしは全力で剣を振れたんだと思う」


「……そっか」


 ……信頼、か。

 期待に応えるというのは、これほどまでに人を清々しい気持ちにさせるのだな。


 反面、


 ――どうして私を助けたんですか!


 逆に期待に応えられないというのは……これほどまでに人の心に巣くう。


 なんだか嫌なことを思い出してしまった。

 今日はなんだかんだ……少しだけ疲れた……かな。


 俺はゆっくりと目を閉じる。

 地面の冷たさが心地よく、俺を夢の中へと誘う。


 そして、幾ばくもしないうちに、俺の意識はまどろみへと飲まれていったのだった。





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