§047 決着

 クレアは短刀剣スモールソードを剣帯に収めると、深く瞑目した上で、腰を低く落とした。


 彼女の最終奥義――孤宝こほう――の構えだ。


 前回同様、纏うオーラは一変し、彼女を中心に熱波にも似た風が渦巻き出すが、今までの比ではない。

 これは推測でしかないのだが、クレアは孤宝こほうを繰り出す時のみ、無意識下で魔力を使っていたのではないかと思う。

 ここはファンタジーの世界ではないのだ。

 そうでなければ、彼女の周りに急に風が渦巻き出すことの説明がつかない。


 逆にそう考えれば、【纏い】を会得したクレアといえども、孤宝こほうの威力は前回と大きく変わらないと見て間違いないだろう。


 確かに孤宝こほうは速い。

 加えて足に魔力を乗せればその速度は爆発的だ。

 前にも言ったが、初見であの剣について行ける者はいないだろう。


 でも、それはあくまででの場合だ。

 俺は以前に孤宝こほうをこの目で見ているし、実際に剣で受けてもいる。


 速度、威力、発動のタイミング。

 その全てが俺の脳に記憶されている。


 そうであれば、防ぐことは決して難しいことではない。

 俺は発動のタイミングに合わせて、剣が振るわれる場所に剣を置いておけばいいだけなのだから。


 剣が振るわれる場所は、想像がついていた。


 ……彼女には俺を殺す覚悟はない。


 普通の人間は身内を切ることを躊躇するものだ。

 しかも、彼女の目的は俺の隣にいること。

 そうであるならば、万が一にも俺を斬り殺してしまうことを、彼女は避ける思考パターンをとるはずだ。


 導き出される結論。

 それは――前回のように彼女が俺の首を狙うことは絶対にない。

 十中八九、彼女の剣閃は身体――具体的には横腹部分に横薙ぎの剣が来る。


 俺はそこに最大魔力を纏わせた剣を置いておけばいい。

 そうすれば、魔力の多寡で彼女の剣が弾け飛ぶか、仮に飛ばせなかったとしても、動揺した彼女に対してすぐさま一太刀を返せば仕合終了だ。


 そこまで考えて、俺はつくづくずるい男だと思う。

 真剣勝負を促しておいて、彼女が俺を殺せないことを利用して、彼女の剣を防ごうとしているのだから。


 でも、それが彼女の限界だ。

 どんなに大切なものが懸かっていても、ほんのわずかな精神の乱れで勝機を逃すことはある。


 ゴザ奪還作戦の時のジェルデ戦がいい例だ。

 俺はそんな彼女には決して戦場に出てほしくないのだ。


 俺は静かに彼女の業が完成する時を待つ。


 静まり返った空虚の中。

 まず音が消え、次に気配が消え、そして……最後に色が消えた。


「――孤宝こほう――」


 彼女が小さくそう呟くと同時に、俺は自身の左横腹に最大魔力の剣を置いた。


「――ごめん。君を戦場に連れて行けなくて」


 俺は謝罪の言葉を述べる。

 しかし、そんな矮小な懺悔は刺突と同時に、クレアが放った咆哮によりかき消された。


「死ねぇぇぇ―――――――ッッ!!!!」


「――――――――ッ!!」


 音速を遥かに超え、光速に一歩近付いた斬撃。

 それが真っ直ぐに俺のに振り下ろされた。


 俺は思わず目を見開き、そして……。


(ガキンッ)


 響き渡る鈍い金属音。

 弾き飛ばされた剣が虚空を舞い、もう一方の剣が眼前に突きつけられる。


「何がごめんよ! 勝手に自分の勝ちを確信するな!」


 肩で息をして額から血を流す少女が、鬼気迫る表情で真っ直ぐに俺のことを見下ろす。


 俺はアリシア以外に負けたことはなかった。

 魔力操作を極め、身体を鍛え抜き、剣の鍛錬も怠ったことはなかった。


 でも、信念を込めた人生最大の一撃には、俺の決意など甘ちゃんでしかなかったようだ。


「……すまなかった」


 俺は彼女に怒られるのを覚悟した。

 どんな罵声を浴びようとも受け入ようと思っていた。


 しかし、敗色を帯びた俺の顔をしかと認めたクレアは……笑った。

 自信と喜びに満ちあふれた恍惚の表情を湛えて。


「――思い知ったかな? あたしより弱いリヒト君?」


 剣を肩に担いだクレアの姿に、俺は目を奪われた。


 俺は認めざるを得ないようだ。


 彼女は戦場に立つ資格を有する人間であり、王国の至宝アリシア・エルフェミアに匹敵する――剣に愛された存在であるということを。


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