§043 剣を振るう意味
魔法教室から三日ほど過ぎたある晴れた日。
あたし、クレア・スカーレットはリヒトから呼び出しを受けていた。
指定された場所は、いつもの訓練場。
訓練は欠かさず行っているため、毎日訓練場には赴いているが、このように改まって呼び出しを受けたのは初めてだった。
何か大事な話でもあるのだろうか。
まあ、リヒトに限って告白ではないだろうし、以前はこの感じで誘われて『軍書庫』に連れて行かれた経験があるから、そこまで期待していない。
でも、ちょっとだけおめかししていこうかな?
あたしは灼熱色の髪を撫でつけ、唇にはリップを丁寧に塗る。
季節は夏に差し掛かっているため外套は置いて、白のブラウスにショートパンツという身軽な装いにする。
愛剣を剣帯に収めたら準備完了だ。
あたしは若干のドキドキ感を抑えつつ、訓練場へと真っ直ぐに向かう。
すると、そこにはいつもの黒色の外套を羽織ったリヒトが立っていた。
「リヒト~! こんなに気温高いのにそんな服着て暑くないの?」
あたしはいつものノリでリヒトに笑いかける。
しかし、あたしの声に向き直ったリヒトの表情を見て、あたしの顔から笑顔が消えた。
リヒトの表情には鬼気迫るものがあり、まるで今から戦地に赴く兵士のようだったからだ。
「……リヒト、どうしたの? 何か怒ってる?」
あたしは恐る恐るリヒトに問いかける。
すると、リヒトは静かな声で言った。
「以前、俺はクレアになぜ剣を振るうのかを聞いたことがあった。そのときのことを覚えているか?」
リヒトが言っているのは、おそらくゴザ奪還作戦に赴く前。
簡易魔法教室を行った時のことを言っているのだ。
あたしはあのとき、誰よりも強くなりたい、中央騎士団にも入りたい、戦争でも活躍したい、魔力を使わずに魔力を纏った相手を倒してみたいと言ったはず。
あたしはコクリと頷く。
「俺は最初に会った時、クレアは純粋に剣が好きなのだと思っていた。でも、一緒に過ごす時間が長くなるうちに、それも少しだけ違うのかもと思うようになった。それで、ゴザ奪還作戦の時、リーゼ中佐の話を聞いて確信した。クレアはリーゼ中佐に囚われていたのだと。……でも、クレアはそれを乗り越え、【纏い】も会得した。もう、今のクレアは以前のクレアではない。だからこそ、今一度、問おうと思う」
スッと視線を上げたリヒトは言った。
「――クレアは、今、何のために剣を振るう」
その言葉に心臓がトクンと跳ねるのがわかった。
……何のために剣を振るう……か。
改めて問われると難しい。
あたしの【新たな信念】は――これからもずっとリヒトの隣で剣を振るうことだ。
リヒトはあたしの師匠であり、先生であり、目標。
でも、それ以上に、あたしはリヒトのことを心から慕っているのだ。
今なら前にリヒトが言っていた言葉の意味がよくわかる。
剣を振るうのは手段であって目的ではない。
そう、あたしが今、剣を振っているのは、リヒトと一緒にいるという目的のための手段だ。
リヒトとの出会いは剣だったし……リヒトとの共通点は剣だから……。
あたしが剣を手放したらリヒトが遠くに行ってしまう気がして……。
これが最も素直な気持ちであることは間違いない。
でも、直感だけど、あたしの答え次第で、今あるリヒトとの関係が百八十度変わってしまう。
そんな気がしてならなかった。
だからこそ、あたしは慎重に言葉を選ぼうとする。
「…………」
けれど、あたしは自身の生き様を振り返ってみる。
元よりあたしは馬鹿だ。
明るく前向きな性格があたしの長所じゃないか。
そもそも駆け引きに向いていないし、いくらリヒトの気持ちを忖度したって、それがリヒトの望む答えであるとは限らない。
リヒトはあたしが見ている世界よりもっともっと先の世界を見ている。
それに……言えずに後悔をするのはもうたくさんだ。
……そうであるならば。
「……リヒトとずっと一緒にいたいからだよ」
私は言った。
「え、」
リヒトでもこの答えは予想外だったのか、驚きの表情を浮かべながら小さく声を漏らした。
あたしはそんなリヒトに畳みかけるように言う。
「あの日、あたしが剣を振っていなかったらリヒトに出会うことはなかったし、あの日、リヒトに訓練仕合を持ちかけなかったらリヒトを目標にすることもなかった。リヒトがあたしの剣を認めてくれたのは嬉しかったし、リヒトに得意の剣で勝てないのは心から悔しかった。そう、あたしとリヒトをつないでくれたのは剣だったから。……剣を手放してしまったら、きっとリヒトはあたしから離れていってしまうと思って。それがあたしが今、剣を振るう理由だよ。ごめんね、大層な信念があるわけじゃなくて。でもさ……あたしにとっては大切なことなんだよ……」
なによ、告白みたいになっちゃったじゃない。
そんなつもりなかったのに。
あたしは堪らなくなり視線を伏せる。
リヒトも何て返していいのか迷っているのだろうか。
逡巡しているのが伝わってくる。
しかし、いつかは沈黙も破れる。
リヒトはゆっくりと口を開いた。
「……クレアがそんな気持ちでいてくれたなんて知らなかった。俺も同じ気持ちだ。クレアのことは大切に思っている」
その言葉にあたしはハッと顔を上げる。
でも、同時にリヒトは言葉を紡いでいた。
「……だからこそ、俺はクレアを戦場に立たせたくない」
「え、」
「決闘しよう、クレア。――もし俺が勝ったら、もう戦場には立たたせない」
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