§041 順調な回復

「てぇやっ!」


「まだの移動速度が遅い! インパクトの瞬間は力点に魔力を集中させろ! 支点、力点、作用点だ! 前に教えただろ!」


「わかってるわよ! もう一本!」


 ゴザ奪還作戦から一ヵ月の時が過ぎた。

 すっかり傷も回復したクレアは、俺と毎日のように剣を交えていた。

 鈍い金属音を響かせ、二本の剣が激しく衝突し合う。

 この光景がもはや日常となりつつあった。


 俺が行った荒療治とも言える魔力操作――【明鏡止水・ほどき】――により魔力操作を覚えたクレアは、常人を遥かに凌ぐスピードで【纏い】を会得しつつあった。


 クレアに魔力があることを俺は出会ったときから知っていた。

 俺の最も得意な分野である魔力操作能力により、クレアに流れる魔力を感じ取っていたのだ。

 だから、クレアは「魔力を纏えるけど纏わない」のだと思っていた。

 でも、その結果がゴザ奪還作戦の顛末である。

 彼女は「魔力を纏うやり方を知らなかった」のだ。


 そのことを知った俺は、彼女の魔力に干渉することを決意した。


 本来、魔力操作というのは、魔力を操作することを言う。

 例えば、魔力操作が優れているというのは、剣に纏わせた自身の魔力をインパクトの瞬間に移動させるなどして、魔力をまるで自分の手足のように使いこなせることを言うのだ。


 しかし、俺は魔力操作を研究するうちにある境地に辿り着いた。


 ――条件さえ揃えば、相手の魔力を操作することも可能であるということに。


 そして俺は、クレアが意識を取り戻したあの日、彼女の魔力に干渉した。


 人の魔力に干渉するというのは、自分以外の領域に土足で踏み入ること。

 それにクレアは「いつか魔力を使わずに魔力を纏った相手を倒してみたい」という目標を掲げていた。

 もしクレアが魔力を使えるようになってしまったら、クレアの今までの努力を穢してしまうのではないかという気持ちもあった。


 でも、あの日のクレアの表情を見たら、そんな心配は杞憂なのだと思い知らされた。


 だから、俺は彼女の魔力を解き放ったのだ。


 と、口では簡単に言っているが、クレアの魔力を解き放つのは想像よりも骨が折れた。

 てっきり身体中に流している魔力回路に少しばかり干渉すれば、クレアも自身の魔力に気付けるかと思っていたが、クレアの魔力に干渉するうちに、妙な違和感を覚えた。


 クレアの魔力回路がまるで封をされるかのように堰き止められていたのだ。


 しかも、その『封印』は魔力由来のものではなかった。

 『封印』が魔力で構築されたものでない以上、俺の魔力操作では『封印』を破壊することはできない。


 そこで、少し迂遠な方法であったが、堰き止めている『封印』を迂回させる形で魔力回路を構築し、クレアの全身に魔力を流したのだ。


 俺にはこの『封印』が先天性のものなのか、後天性のものなのか、人為的なものなのか、自然的なものなのかはわからなかった。

 しかし、『東洋の忌み子』という言葉が存在する以上、東洋においてはこの現象に悩まされている子が多くいることになる。

 現時点ではクレアの身体に異常は生じていないが、今後、この『封印』がどんな作用をもたらすかわからない。


 そのため、彼女の現象については、時間を見つけて検証を行うべきだと思っている。


「でぇやっ!」


 そんなことを考えていると、クレアの剣閃が頬を掠めた。


「おっ! 今のめちゃくちゃうまくいったくない?」


 剣に魔力を纏わせたことによりクレアの剣速は以前よりも上がり、俺も剣筋をいなすので精一杯の状況だ。

 これで更なる精緻な魔力操作を身につけたら、剣の威力自体が上がる。

 そうなると、本当に俺では純粋な剣の勝負では勝てなくなるだろう。

 出会った時にアリシア級の逸材だと評したことが、いよいよ現実味を帯びてきたことになる。


 そんなクレアはというと、俺に傷をつけるまであと一歩のところだったので悔しそうではあるが、それよりも俺と魔力を纏った剣で互角の勝負ができているのが嬉しいのだろう。


 赤色のポニーテールを振り乱しながら、歓喜の表情を見せている。


「ああ、今のはすごくいい剣閃だったな。前にも言ったかもしれないが、もう俺がクレアに教えてやれる剣はない。だからこそ、【纏い】も十分会得できたみたいだし、そろそろ【放ち】の練習に移ってもいいんじゃないかと思うんだ」


「……【放ち】? それってリヒトが空気中の水分に魔力を干渉させて雪を降らしたやつよね? あれをあたしができるの?」


「【放ち】は【纏い】の応用だから原理原則で言えば誰でも使うことができる。そこまで魔力操作について勉強しようとする者がいないだけで……」


 その言葉にクレアの表情がパッと華やぐ。


「マジで? じゃあ例えば剣に炎を纏わせて――炎の魔法剣!! とかもできるってこと?」


 彼女はまるで無邪気な子供のように、剣を魔法剣に見立てて、ポーズを取ってみせる。


「俺はどちらかという【水】に類するものを扱うのが得意だから炎を扱うのはあんまりだが、クレアなら酸素や水素に干渉させて【火】を操ることも可能かもしれない。そうと決まれば、ゴザ奪還作戦の時は、作戦会議への召集で有耶無耶になっちゃってたけど、あの日の続きをやろうか、魔法教室」


「……魔法教室」


 俺はこのやり取りを受けて、あの日、クレアに初めて【放ち】を見せたことを思い出していた。


 確か【放ち】を見たクレアは何とも言えない表情を浮かべていたっけ。

 あ、そうだ。その後、俺はクレアに「あたしにも魔力を纏わせることができるか」と、必死の形相で問い詰められたんだった。


 それもこれもクレアが魔力を使えないと思い込んでいたことに起因するものだ。


 でも、もうクレアを縛るものはない。


「ああ、魔法教室だ。確かあの日は『簡易魔法教室』って言っていたような気がするけど、魔力を使えるようになったクレアにはもう手加減する必要はないもんな。今日からは『簡易』ではなく、列記とした――魔法教室――の開校だ」


「うん! 受けてみたい! リヒトの魔法教室! あたしも絶対【放ち】を会得してやるんだから!」


 『魔法』という言葉に戸惑うクレアはもういない。

 少しずつかもしれないけど、俺達は歩みを進めている。


 俺の目標は中央に戻ること。

 それは今でも揺らがない。

 それでも、「どんな魔法を使おうかな~」と意気揚々に口笛を吹くクレアを見ていたら、これも決して寄り道などではないと思えてくるのだ。


 彼女の役に立つことができて本当によかったと思えている時点で、俺もこのアクアリーブルを取り巻く環境が、少しずつではあるが、好きになってきているのかもしれない。


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