§035 覇道六大天第六席付・本部大佐

 俺とクレアは伝令と思しき者の背を追っていた。


 俺は騎馬部隊の全滅を報告するために本陣へ伝令が走ることを予め予期していた。

 そのため、敢えて大声でファイエルに指示を出したり、指揮官の首を狙う旨の発言を繰り返していた。


 そして、案の定、騎馬部隊を離れる兵を確認したので、その兵の魔力を追ってここまで来たのだ。


 当然、途中に敵の重装歩兵部隊と会敵したが、可能な限り迂回をすることにより撃墜は最小限にとどめ、本陣の場所の特定に注力した。


 その結果、俺は強大な魔力を有する二人の人物を発見した。

 この二人が指揮官クラスと見てほぼ間違いないだろう。


「指揮官の位置は特定した。スピードを上げるぞ」


 俺はクレアに声をかけると、その方向へ馬体を切る。


「昨日、リヒトが感じたって言ってた魔力の人?」


「いや、おそらく別だ」


 あれほどの魔力はエルフェミア王国でも数えるほど。

 となると真っ先に思いつくのは――ガイアス帝国軍・覇道六大天。

 リーゼ中佐を亡き者にしたクレアの仇とも言える存在だ。


 確かに先ほどからクレアは何かが吹っ切れたように晴れ晴れとした表情をしている。

 しかし、仮に敵がガイアス帝国軍・覇道六大天だった場合は話が別だ。

 いくらクレアでも仇を前にして、平常心を保つことは難しいだろう。


 だが、相手の指揮官と思しき者の魔力量は昨日の者よりも遥かに劣る。


 これであれば俺とクレアなら十分に相対できる相手だ。


「敵の指揮官クラスは二人。その他の兵が五十人ほど。想像以上に護衛兵の数が多いな」


 敵は重装歩兵部隊に全勢力を導入していると踏んでいたが、想像以上に護衛兵が本陣に残っていたことに驚かされる。

 どうやら指揮官は非常に慎重な人物なようだ。


 しかし、クレアは明け透けに言う。


「ふぅ~ん、でも強いのは二人だけってことでしょ? ちょうどいいじゃん! じゃああたしとリヒトでどっちが先に倒せるか競争だね!」


 そう言って八重歯を見せて笑うクレア。

 こういう前向きなところはクレアの長所だ。

 戦闘においてがあるのは悪いことではないが、自らをしてはダメだ。


「おそらくクレアの実力なら問題ない相手だ。だが、敵も強者であることに違いはない。油断だけはするなよ」


 俺は少し強めにクレアに言い聞かせる。

 それを受けたクレアは口を尖らせると、不満そうに「わかってるわよ」と呟く。


 そうこうしているうちに本陣としておあつらえ向きの建物が見えてきた。


 それは教会だった。

 天井が高い白塗りの建物。

 入口は正面の一箇所のみで、今は重厚な扉がそこを堅く閉ざしている。


 俺とクレアは馬のスピードを落とすと、戦闘態勢を取るために馬上から飛び降りる。


 今までは相手が騎馬部隊であった。

 そのためこちらも騎乗戦闘を行ってきた。

 馬上の敵を討ち落とすためには高さが必要だからだ。


 だが、ここからは地上戦。

 俺とクレアが最も得意とする戦い方だ。


 特にクレアの戦闘スタイルは、小柄な体躯と超人的な速度を活かしたヒットアンドアウェイだ。

 馬上を降りてこそ、その真価を発揮する。


「それにしても静かね」


 馬上から降りて淀みなく歩くクレアがぽつりと呟く。


 敵の伝令は俺達よりも先を駆けていった。

 俺達がここに向かっていることは当然把握しているはずだ。


「隠れてるつもりなんだろう」


「リヒトにはバレバレなのにね」


 そう言ってクレアが苦笑する。


「右の建物の影に十人。左の建物の影に十人。教会の中に三十人。指揮官クラスは教会の中だ。俺達が前に出たところを包囲する陣形だな。これ以上前に出るのはよそう」


 そこで俺とクレアは足を止め、それぞれ剣を構える。


「やはりこちらの位置は筒抜けか」


 次の瞬間、突如教会の扉が開き、重厚な声と共に一人の男が悠然と姿を現した。


「(……クレア。早速親玉の登場みたいだ)」


 俺はクレアに小声でその旨を伝える。


 端然と整えられた短髪に、皺一つない軍服。

 神経質そうな見た目をしているが、纏う魔力は周辺の兵卒の比ではない。

 壮年……というとさすがに言い過ぎかもしれないが、この男の放つオーラはそれが指揮官のものであると確信せしめるほどに、尊大な威圧感を孕んだものだった。


 そんな厳格な表情を湛えた男が、後ろ手を組んで一歩前に踏み出す。


「君が彼の有名なリヒト・クラヴェルか」


 そう言って指揮官と思しき男は右手をゆっくり挙げる。

 すると、それに呼応するかのように、周りに控えていた兵卒が一斉に動き出した。


 統率の取れた動き。

 それにより教会内にいた三十人は指揮官と思しき男を守り立てるように隊列を組み、右と左に隠れていた二十人は俺達を包囲するかのように軽く散開した。


 各隊が所定の位置についたのを確認すると、指揮官と思しき男は三十人もの兵の輪の向こう側から俺を見据えて言う。


「君が【放ち】の能力者であることは聞き及んでいる。有名人である君とは本当は握手でも交わしたいところなのだが今は戦闘中。申し訳ないが、この距離で話をさせてもらうよ」


 慇懃な物言いの男。


 なるほど。だから右と左の建物にも兵卒を配置したのか。

 俺を【放ち】の間合いに入れないために。


「俺のことを知ってるんだな。貴方が指揮官か」


「いかにも。私はガイアス帝国軍・覇道六大天第六席付・本部大佐アーチボルト・マクレガン」


 アーチボルトと名乗る男はそう言うと、今まで一切変わることのなかった厳格な表情を一瞬にして歪ませた。


「そう。リーゼ・メロディアを討ったのは私達だよ。――雑草部隊エルバの諸君」


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