§034 戦況報告

 ゴザの村内に設置されたガイアス帝国軍の本陣。

 その一室にて今回のゴザの村制圧を指揮した二人の佐官が戦況の報告を今か今かと待ち構えていた。


 端然と整えられた短髪に、皺一つない軍服。

 冷静沈着な判断力を持ち、軍略にも長けた人物。

 それが今回の作戦の総司令官。

 ガイアス帝国軍・覇道六大天第六席付・本部大佐――アーチボルト・マクレガンだ。


 アーチボルトの特徴は何よりも『慎重』であること。

 そんな軍人としては短所とも言える特徴を、アーチボルトは『堅実』という長所に変え、数多の戦場で武勲を上げてきたのだ。


 そんな質実な男の傍らで背をもたれているのは、アーチボルトの忠実なる側近であり、本作戦でナンバー2の実力を誇る男。

 ガイアス帝国軍・覇道六大天第六席付・本部少佐――ジェルデ・ティガウォックだ。


 ジェルデはアーチボルトとは対照的に、武勇に優れ、平民の出身でありながらその剣術一つで左官まで上り詰めた叩き上げの実力者だ。

 顔つきもどこか野性的で、淡い茶色の瞳はギラギラと輝き、傍らには全長二メートルは下らない大矛が鎮座している。


 そんなジェルデは戦場から伝わってくる雄叫びに耳を傾けながら、アーチボルトに笑いかける。


「第一報で敵の指揮官騎を一騎落としたという話だ。今頃、敵さんは総崩れかもしれねぇな」


 ジェルデの言葉遣いは上官に対しては些か失礼な物言いだが、アーチボルトはジェルデがこういう人物であることをよく知っている。

 自分以外の者に対してならいざ知らず、気心の知れた間柄だ。

 アーチボルトも今更細かいことを言うつもりもない。


「そうだな。報告によると敵兵数は二〇〇〇強。元々数で勝っている以上、これ以上の策は不要だろう。我々は横綱相撲で相手を堅実にすり潰していけばいい。この戦闘はアクアリーブル軍が我々のブラフを鵜呑みにし、まんまとゴザの村に出向いてきた時点で勝負は決していたと言える。まあ部下には昼夜問わず哨戒を命じなければならなかったことが申し訳なくもあるが」


「たった一週間の哨戒で音を上げる奴はうちの軍にはいらねぇよ。まあ、この戦闘に勝てば士気も上がるっしょ。それにしても大佐、よくこんなえぐい作戦を思い付いたな。アクアリーブル軍を誘い出した上で一掃するなんて」


「ジェルデ。これは私の作戦ではないよ」


「は ?そうなのか?」


「ああ、覇道六大天・の立てた作戦だよ。私はそれを忠実に実行したまでだ。本当に恐ろしいお方だよ、あの方は」


「第一席様。そんなにやばいのか?」


 その言葉にアーチボルトはわずかに顔を顰める。


「ここだけの話にしてほしいが、私はあのお方を人間じゃないと思っているよ」


「人間じゃない?」


「ああ。あのお方と話していると痛感させられるよ。全ては手のひらの上なのだと」


「……大佐がそこまで言うなら相当やべぇんだろうな」


「…………」


 何となく重くなった空気を察してジェルデはこれ以上言及しなかった。


 しばしの沈黙の後、厳格な立て肘を崩し、天井を仰ぎ見たアーチボルトが口を開いた。


「それに私はまだこの戦闘に勝ったとは思っていないよ」


雑草部隊エルバか? 以前、第六席様の作戦に同行させてもらったことがあるが、確かにあの部隊の隊長を名乗っていた女は傑物だったぜ。他の奴らはただのチンピラにしか見えなかったが」


「油断は禁物だぞ、ジェルデ。隊長であったリーゼ・メロディアは第六席様が討ち取ったとはいえ、その意思を継ぐ者達だ。奴らにとって我々はあだ。警戒するに越したことはない。それにもう一つ気になることがあるんだ」


「……気になること?」


 その言葉にジェルデは首を傾げる。


「私が第一席様から作戦を授かった時、第一席様はおっしゃられた」


「…………」


「『リヒトという者が現れたら気を付けろ』と……」


「リヒト? 誰だそれ」


「かつて中央第一騎士団で軍事参謀をしていた男だ。どうやら軍事都市アイゼンロンドンでの敗戦の責を問われて地方に左遷されたという話だが、彼の者がどうやら今、アクアリーブルにいるらしいのだ」


「へぇ。中央第一騎士団の軍事参謀か。じゃあそいつの首を持って帰れば、オレは中佐、大佐は晴れて准将に昇任ってわけだ。んで、そいつ強いのか?」


「私も直接会ったことはない。ただ、聞くところによると、彼の者は覇道六大天様と同様、【放ち】を会得しているようだ」


「へぇ。そりゃなかなか手ごたえがありそうじゃねぇか。でも、いくら【放ち】を使えるって言ってもサシで殺れば関係ないっしょ? 【放ち】はそもそも遠距離攻撃を前提とした魔力操作なわけだし」


「…………」


 しかし、その問いにはアーチボルトは答えなかった。

 そんな沈黙に居心地の悪さを感じたジェルデは続けざまに言う。


「まあ、今のところ作戦は順調にいってるみたいだし問題ないっしょ。それにそいつがゴザに来てるっていう確証もないんだろ?」


「……そうだな」


 アーチボルトは相槌を打って一拍置くと、重い口調で言う。


「……それでも考えてしまうのだよ。わざわざ第一席様がおっしゃった言葉だ。どうしても何かが起こる気がしてならない。だから、私は本作戦が完全に成功するまで気を抜くつもりはないよ」


 アーチボルトの刺すような気迫にジェルデは思わず息を飲んだ。


「ふへへ。気合十分じゃんか。じゃあ、もしそいつが来たら……オレと大佐、どっちがる?」


 ピンと音を立てて空気が張り詰める。

 その雰囲気にジェルデはまたしても息を飲んだ。


 今まで一度も目を向けることが無かったアーチボルトの視線が今日初めてジェルデを射抜く。


「……私がる」


 一瞬の静寂。

 しかし、その静寂もすぐさま壊される。

 血相を変えた伝令が駆け込んできたのだ。


「至急! 至急の御報告がございます!」


「何事だ!」


 伝令の焦り具合を見て、凶報であることはすぐにわかった。

 あんな話をしていた後だ。

 当然二人の間にも緊張が走る。


「申し上げます。後方に控えていた騎馬部隊・五〇〇騎は壊滅。挟撃は失敗です」


「なん……だと……」


 その報告にアーチボルトは思わず言葉を失う。

 伝令は息絶え絶えになりながらも更に続ける。


「騎馬部隊を殲滅したのは、アクアリーブル軍・雑草部隊エルバ。しかし、その部隊を率いている者が事前の情報とは異なりました」


「「……!」」


雑草部隊エルバを率いていたのは黒髪の男。私はその男を以前中央で見たことがあります」


 ……中央。

 その言葉にアーチボルトとジェルデは同時に息を飲む。


「彼の名は――リヒト・クラヴェル。軍事都市アイゼンロンドンで『戦場の魔術師』と呼ばれた【放ち】の能力者です」


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