§031 決意
所々に隆起している岩肌を避けつつ、蛇行する斜面を降りきった後。
私、クレアは騎兵部隊を目掛けて一直線に駆ける。
先頭をひた走るリヒトが視界を遮る霧に魔力を干渉させ、それを消失させる。
「視界は開けた! 一気に落とす!」
「「「了解っ!」」」
リヒトの指示が木霊する中、あたしは霧散した水蒸気を何とも言えない感情で眺めていた。
……魔力。
あたしにとっては呪いに等しい言葉が脳裏を過ぎり、あたしは思わずギリッと奥歯を噛みしめる。
――東方の忌み子。
そう呼ばれたあたしには、生まれながらにして魔力がなかった。
魔力を纏っていない剣では、魔力を纏った剣には勝てない。
これはある種、既定であり定理だ。
――では、魔力を持たないあたしがどのように戦うのか。
簡単なことだ。
防ぐ
剣閃を視認できないほどの速度で相手を薙ぐ。
今のあたしにはそれだけの力があるのだ。
かつてリーゼ隊長はそんなあたしの欠陥を補ってくれていた。
【放ち】による魔力共有。
これは実はあたしのためにリーゼ隊長が生み出した技なのだ。
リーゼ隊長は魔力の無いあたしを戦場に立たせてくれた。
涙が出た。
役立たずと蔑まれ、親にも見放されたあたしに存在意義を与えてくれたのだから。
でも、その結果……リーゼ隊長は命を落とすことになった。
あたしは自分を責めた。
あたしに魔力があれば、あたしが弱くなければ、あたしに魔力なんて分け与えなければ……あたしがリーゼ隊長に出会わなければ。
……リーゼ隊長は死なずに済んだのに。
声が擦れ、涙が枯れるまで泣いた。
もうあんな思いはしたくない。
だから私は強くなることを決意した。
誰にも頼らずとも戦場に立てるように。
自分自身の力で切り抜けられるように。
この結論に至るまでたくさんたくさん考えた。
リヒトが初めて【放ち】を見せてくれた時、思わず縋りそうになった。
もし、リヒトの魔力を分けてもらえたら……あたしは前みたいに戦場に立てるって……。
でも、もしまたあたしのせいでリヒトが死んでしまったら……あたしはもう立ち直れないと思った。
だから決めたのだ。
リヒトには、魔力のことは一切伝えず……今回の戦闘に臨もうと……。
『リーゼ隊長の分まで生きる』
これがあたしの信念だ。
今のあたしの行動が、信念と矛盾していることは重々承知している。
でも、これだけは譲れないのだ。
これがあたしなりのけじめであり、死んだリーゼ隊長へのせめてもの罪滅ぼしなのだから。
あたしは本当に悪い女だと思う。
あたしはリヒトという存在を利用して自分のトラウマを克服しようとしている。
せっかく「クレアを死なせない」なんて涙が出るほどに嬉しい言葉をかけてもらったのに。
それを素直に受け入れられなくて……どんどん自分を嫌いになっていく。
……でも、あたしにはもうこの方法しか思いつかなかったのだ。
死にたいのに、許されない。
生きることも、苦しい。
そんな中で唯一自分を許せる方法。
それを今――天国のリーゼ隊長に見せるんだ!
「散開!」
リヒトの声が響き、皆が陣形を崩す。
いよいよ会敵だ。
あたしは瞑目して祈るように天を仰ぐと、肌身離さず持っている愛剣に手を添えた。
――見ててね、リーゼ隊長。
――あたし、絶対に乗り越えてみせるから。
刹那、稲妻のような剣戟と共に、五人もの兵士の首が宙を舞った。
少し身体が重く感じるが、手ごたえは悪くない!
このまま押し切る!
後方騎馬部隊殲滅まであと――四九五騎。
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