§029 ゴザ奪還作戦

 ゴザ奪還作戦実行の日。

 第一連隊隊長のアバーズ大尉はゴザの村まで直線で二キロの距離まで来ていた。


 アバーズは駿馬に跨り、自らが率いる第一連隊の先頭をゆっくりと闊歩する。


 アバーズに下されたゴップからの指令はこうだ。


 ――リヒトが率いる雑草部隊エルバが全滅したタイミングを見計らってゴザの村に突入すること。


 そう。ゴップは元々リヒト達を生かすつもりはなかったのだ。


 アバーズは部下に気取られないように嘆息する。


 嫌な役回りを仰せつかったものだ。

 アバーズ自身、正直なところ、リヒトに対して悪い印象を持っていなかった。


 アバーズはゴップとリヒトが軍略棋で勝負するところを間近で見ていた。


 軍略棋は経験が物を言う競技だ。

 一度説明を受けただけの人間が、経験者に勝つことなど万に一つもあり得ないのだ。


 でもリヒトは違った。

 リヒトはまるで歴戦の覇者の如く、駒を自在に操り、言葉巧みにゴップを誘導して、見事勝利を収めたのだ。


 天才だと思った。

 自分では遠く及ばぬ才能を前に、嫉妬するどころか尊敬の念すら抱いた。


 アクアリーブルにおいて、中央出身者というのは総じて目の敵にされる。

 それはアクアリーブル育ちのアバーズからすればある種当たり前のことだし、ゴップの対応が少数派かというと、そうでもないことをアバーズは知っていた。


 それでも……と思う。


 中央出身。

 ただそれだけをもって優秀な人材を排斥してしまうのにはどうにも納得ができなかった。


 それは雑草部隊エルバに関しても同様だった。


 確かに彼らは何かしらの問題を抱えた兵卒の寄せ集めかもしれない。

 それでも数多の遠征において卓抜した成績を残してきた雑草部隊エルバ

 その戦闘能力の高さは我が軍において右に出る者はいないだろう。


 使い方次第では十分な戦力になることは疑いようがないはずなのに……。


 けれど、アクアリーブルにおいてゴップの命令は絶対だ。


 アバーズはゴップの命令に忠実に従ってきたからこそ、その忠誠心を評価されて今この地位にいる。

 実のところ、このゴザ奪還作戦でリヒト及び雑草部隊エルバの全滅を確認すれば、第一連隊隊長からアクアリーブル軍総大将までの昇進が約束されている。


 総大将とは言わば、現場のトップ。

 司令官、副司令官、軍事参謀に続くナンバー四のポジションだ。


 そんなチャンスをみすみす逃す手はない。


 昨晩の雑草部隊エルバゴザ奪還作戦の最終確認で、第一連隊、第二連隊、第三連隊でゴザの村を包囲した後、先駈けである雑草部隊エルバが先んじて突入することが確認された。


 この方針は別動している雑草部隊エルバにも伝達されている。


 すなわち、アバーズ達があと二キロほど距離を進んだら、雑草部隊エルバの戦闘が開始されることになるのだ。


 今は朝の四時。

 ゴップはああ見えて馬鹿ではない。

 リヒトが進言した『伏兵』の可能性を考慮して、ゴザへの突入は早朝となった。

 敵に気付かれる前に叩く。

 これがゴップの意図だ。


「それにしても……」


 アバーズは作戦会議でのリヒトの発言を思い出していた。


 ゴザに通じる街道は、リヒトの言う通り、山と湖に囲まれた隘路あいろだった。


 ゴザは小さな村落のため認知度も低く、アクアリーブル出身者でも、この辺りの地理に精通しているものはほとんどいないだろう。

 それに作戦会議の場に用意されていた地図。

 あれは大まかな地理を示したもので、高低差などの記載はないものだった。


 そのため、皆、用意されていた地形図を鵜呑みにして、作戦会議に参加していた。

 あの場にいたアクアリーブル出身者の全員が、ゴザに通じる街道が、まさかこんな逃げ道のない一本道だなんて夢にも思わなかっただろう。


 極めつきは、この濃霧だ。


 もし、こんな状況で本当に『伏兵』にあったらひとたまりもないだろう。


 そう言えば……とアバーズはあの日のやり取りを改めて思い返す。


 リヒトはゴザの地形以外にも何かを進言しようとした。

 結果としてゴップに言葉を遮られてしまっていたが、もしかしたら、リヒトはこの濃霧すら予測していたのかもしれない。


 それでいて『伏兵』の可能性を示唆していたのだとしたら……。


 その瞬間、アバーズはなぜか猛烈な寒気に襲われた。


「アバーズ隊長。ゴザの村まで残り一キロの地点に到達しました」


 後ろからの従卒の声にアバーズはハッと我に返る。


「ああ、もうそんなか」


 アバーズは軽く深呼吸をすると、伝令に指示内容を伝える。


「第一連隊全軍に通達。これより敵の動向を窺うため哨戒行動に入る。先駈けである雑草部隊エルバの戦闘開始が確認できた段階で突入の指示を下すのでしばし待機せよ。決して指示があるまで突入行動を取らないように。また、敵に気取られぬよう隠密行動を心掛けたし」


 アバーズの指示が伝令を通して、静かに第一連隊に浸透していく。

 それを見届けたアバーズは側近の従卒に言う。


「私は時が来るまで少し下がる。哨戒の結果は逐一報告するように」


「はっ!」


 この一キロ先にゴザの村がある。

 そして、数刻もすれば、先駈けである雑草部隊エルバが突入して戦闘が開始される。


 ――これで私の任務も終わりだ。


 あとはリヒトと雑草部隊エルバの全滅を確認すればいい。


「……恨むなよ。私も軍人なんだ」


 アバーズはわずかな憐憫を宿した瞳を、霧の先に向ける。


 それにしても、本当に今日は視界が悪い。

 これでは……。


「……ん?」


 視界が数メートルしかない視線の先で、何か黒いものが動いた気がした。


 それが何かを確認しようと、アバーズが目を細めたその瞬間――


(ザシュ!!)


「……へ?」


 ――刹那の斬撃とともに、アバーズの首が地に落ちた。


「――て、敵襲ーーーーッッぅう!!!!!」


 主の絶命を目の当たりにした従卒の慟哭が霧の早朝に木霊した。


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