§028 心の内

「……へへ。ちょっと重かったよね」


 そう言ってにへらと笑ったクレアは自らの罪を懴悔するように続ける。


「だからね、リーゼ隊長が死んだのはあたしのせいなの。リーゼ隊長の不調の原因は、おそらく、あたしたちに魔力を分け与えすぎたことによる魔力欠乏症。そう……結局、あたしたちが守られなければ戦えないほど弱かったから……」


 リーゼ中佐の死の責任を誰かに求めようとは思わない。

 でも……クレアの「魔力欠乏症」という言葉に俺は違和感を覚えた。


 魔力欠乏症とは、急激に魔力を消費した時に生じる眩暈のようなものだ。

 でも、聞いている限り、リーゼ中佐の症状はそれとは異なるように思えた。


 俺には何となくであるがリーゼ中佐の不調の原因がわかっていた。

 けれど、確証があるわけではないし、仮にそれが真実だとしたら……むしろ今のクレアに伝えるべきではない。

 そう思った。


 俺が言葉を飲み込むと、クレアは更に続けた。


「でも、あたしももうあの日のあたしじゃない。リーゼ隊長が死んでから半年。リヒトにも毎日稽古に付き合ってもらってるし、それなりに強くなった自覚はある。だからさ……リヒトはリーゼ隊長みたいな真似しないでよ」


「……リーゼ隊長みたいな真似?」


 俺はクレアの真意がくみ取れずに聞き返した。


「うん。【放ち】で雑草部隊エルバのメンバーに魔力を分け与えたりとか……」


 ああ、クレアはリーゼ隊長が死ぬキッカケとなったのが自身に魔力を与えていたからだと思っている。

 だからこそ、それがトラウマになって、敢えて言及しているのだと思った。


「次の戦場ではあたしは誰にも頼りたくない。自分自身の力で切り抜けてみせる。それがあたしなりのけじめだし、死んだリーゼ隊長へのせめてもの罪滅ぼしだと思うから……。きっとリーゼ隊長もあたしの勇姿を見ててくれると思うから……」


 そう言うとクレアはぎこちなく笑った。


 そんなクレアの表情を見て、俺は胸が締め付けられる思いだった。


 こんな話をしておいてまで無理に笑う必要はない。

 むしろこんな表情をさせてしまっている自分が愚かに見えて仕方なかった。


 もっとかけるべき言葉があっただろう。

 伝えるべき思いがあっただろう。


 いつからだろうか……俺がこんなにもクレアを意識するようになったのは。


 最初のクレアに対する印象は、ただただ剣が好きな明るく前向きな子。

 その印象が変わったのが、おそらく食堂の兵士にアリシアのことを侮辱された時だろうか。


 普段の彼女なら即座に抜刀して男達に斬りかかっていただろう。

 でも、彼女は違った。

 異変を察するや否や、俺の手を握り、隣にいることを選んでくれた。


 そこで初めて彼女の温かみを知った。


 それからというもの、付き合いが長くなるにつれて様々な部分が垣間見えるようになってきた。


 特に最近思うこと……それは彼女が頑張りすぎなことだ。


 実はそんなクレアが気掛かりで、天幕に彼女がいないことを認めて、ここまで探しに来たのだが……。


 でも、リーゼ中佐の話を聞いて……クレアが頑張る理由が少しだけわかった気がする。


 リーゼ中佐の死。

 俺にはどうしてもそれが他人事のようには思えなかった。


 クレアを生かすという【信念】をまっとうして死んだリーゼ中佐。


 でも、その死を悲しむ者がここにいる。


 俺はこのクレアの話を教訓にしなければならないと思った。


 まず、『信念』というものが自分のみならず、他者にまで影響を与えてしまう点。

 正直なところ、俺は今の今までその観点を持ち合わせていなかった。


 おそらくクレアは……リーゼ中佐の【信念】に縛られてしまった者の一人だ。

 クレアは今でもリーゼ中佐の影を追っている。


 ――リーゼ中佐のように強くなりたい。

 ――リーゼ中佐の分まで生きなければならない。

 ――リーゼ中佐の死に報いなければならない。


 クレアもきっと俺と同じなのだ。

 『信念』という呪縛に囚われ、矛盾する目的に翻弄され、何が本当に大切なのかを見失ってしまっている。


 だからこそ、俺は伝えておきたかった。


 どうにもならない時に灯になれるよう。

 彼女が生きようと思える希望になれるよう。


 俺は心の内の確固たる想いを、君に伝える。


「俺はクレアを死なせない」


「え、」


 脈絡もなく言葉を紡いだせいかクレアは驚きの表情を見せると、大きく見開いた灼熱の双眸をこちらに向けた。


「ああ、唐突だったよな。すまん。でも、クレアの話を聞いて、これだけは伝えておこうかと思って。俺の『信念』は確かに王国軍の解体だ。それは今でも変わらない」


「…………」


「こう言うとクレアは怒るかもしれないけど、最初はクレアのことを中央に戻るための『協力者』と思っていた。剣の腕は立つし、一度ひとたび戦場に出れば武勲の山を築き上げられる。そう考えて稽古の申し出を受けた」


「…………」


「でも、最近は違うんだ。クレアといると心が温まるというか、これからも一緒にいたい。そう思えるように変わった。こうやって人の感情というのは、その時の状況によって、形を変え、色を変える。だから全ての感情は矛盾しているように見えるんだ」


 自分でも驚くほどスムーズに言葉が出た。

 それは今までどんなに探し求めても出なかった答えに……やっとたどり着けた。


 そんな感覚だった。


「クレアも今、様々な感情が混ざり合って。入り乱れて。苦しんでると思う。それはもしかしたら全て偽物かもしれないし、全て本物かもしれない。でも、これだけは忘れないでほしい」


「…………」


「何があっても俺は君を死なせたりしない。この俺の気持ちは間違いなく本物だから」


「……リヒト」


 俺の言葉にクレアはしばし茫然としているようだった。


 なぜ急にこんなことを言おうと思ったのか自分でもわからない。

 でも、こうやって自分の気持ちを口にできたのは……クレアが辛い過去を、リーゼ中佐のことを話してくれたからであることは間違いなかった。


「クレアは俺のためにこの話をしてくれたんだよな」


「え?」


 またしてもクレアは感嘆の声を上げる。


 俺は「今日えっ?しか言ってないぞ、お前」と茶化しつつ、そんなクレアに言葉にするのも難しい感情を一つ一つ丁寧に伝える。


「ちゃんと伝わったよ。クレアは俺の身を案じてくれた。『信念』という呪縛に囚われて、俺がリーゼ中佐と同じように命を落とさないように」


 しかし、それについてはクレアは何も言わなかった。

 その代わりに、彼女は静かに涙を流した。


 二人の距離が自然と縮まる。

 左肩に彼女の体温を感じる。


 今夜は満月だ。


 この戦闘が終わったら……俺もクレアに話そうと思う。

 なぜ俺が中央第一騎士団を追放され、地方都市アクアリーブルに来たのか。


 こうして俺達はそれぞれの想いを胸に、戦場へと向かうのであった。


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