§027 リーゼ隊長②
リーゼ隊長はアクアリーブル軍の幹部であるにもかかわらず、王国軍の体制に異議を唱え、
宝石を散りばめたような光り輝く金髪に、黄金をそのまま埋め込んだような髪色と同色の瞳。
一切の穢れを知らない瑞々しい肌に、気品に満ち溢れた相貌。
清廉で潔白。
まさにその言葉がピッタリな女性で、元来男っぽい性格だったあたしも、いつかあんな素敵な女性になれるだろうか……と密かな憧れにもなっていた。
リーゼ隊長に助けられたあの日から、あたしには生きる意味が生まれた。
――リーゼ隊長に恩返しをしたい。
――あたしもリーゼ隊長のように気高く、人々に希望を与えられるような剣士になりたい。
あたしはその一心で必死に剣を振るった。
そんなあたしのことをリーゼ隊長は本当の娘のように可愛がってくれた。
当然、あたしもリーゼ隊長には全幅の信頼を寄せ、毎日のようにリーゼ隊長の下を訪れては剣術の指南を受けた。
リーゼ隊長は可憐で華奢だ。
普段のリーゼ隊長を見ていると、とても戦場で
しかし、あたしは知っていた。
リーゼ隊長が
噂に聞いたところによると、中央第一騎士団長のアリシア・エルフェミア王女にも引けを取らない実力の持ち主との話だ。
そんな彼女にはもう一つ特殊技能があった。
――【放ち】――と呼ばれる魔力を遠く離れたものに干渉させる技だ。
これは古来より伝わる『魔法』のようなもので、空気中の水分に干渉させれば、それは凍てつく雪へと変わり、空気中の酸素に干渉させれば、それは煉獄の炎へと変わる。
そんな強大な力を、彼女はあたしたち
あたしたちの犠牲を出来るだけ少なくするために、自身が纏う魔力を最小限にして、
これには膨大な魔力を必要とし、精緻な魔法操作能力も要求される。
リーゼ隊長はこれらのことを当たり前にこなせるほどの実力者だったのだ。
ただ、そんなリーゼ隊長でも限界はある。
戦闘を重ねるうちに
そんな中、ゴップから出立の命令が下った。
そう、忘れもしないあの日――
詰所から戻ったリーゼ隊長の様子はどこかいつもと違っていた。
顔面は蒼白で、まるで生気を感じられない。
体調が良くないことは目に見えて明らかだった。
それでも、歯を食いしばりながらあたしたちに出立の指示を出すリーゼ隊長。
あたしはそんな状況に居ても立っても居られず、分不相応にも進言した。
「どうか今日の出立は取りやめてください!」
あたしがリーゼ隊長の指示に歯向かうのは初めてのことだった。
そのため、一瞬、驚きの表情を見せたリーゼ隊長だったが、すぐに力なく微笑むと、首を横に振った。
「そうはいきません。せっかくここまで上り詰めたのです。信念の成就まで……もう……あと少しなのです。だから……早く準備を……」
そう言って崩れかけるリーゼ隊長を抱きかかえながら、あたしは叫び声にも似た声をあげた。
「信念ってなんですか!? それはリーゼ隊長の命よりも大切なものなんですか!?」
軋むような声が出た。
でも、いま言わなければきっと後悔する。
そう思ったからこそ、必死にリーゼ隊長に問いかけた。
そんな悲鳴のような問いに、リーゼ隊長は静かに答える。
「ええ。私の信念は――この腐り切った王国軍を解体することです」
「え、」
声が出なかった。息もできなった。
王国軍を解体する?
突如紡がれたあたしには及びもつかない分不相応な内容に、言葉では理解できても気持ちがついていかなかった。
――王国軍を解体することがそんなに重要なことなの?
――あたしたちにとってはリーゼ隊長の命の方がずっと大事だよ。
けれど、そんなあたしたちの懇願も虚しく、リーゼ隊長は頑なに首を横に振った。
大事なことなのだと。誰かがやらなければならないことなのだと。
それがあと少しのところまできているのだと……。
結局、あたしたちはリーゼ隊長に率いられ、戦場に出た。
簡単な戦場のはずだった。
ちょっとした小競り合いで残党を始末すればすぐに帰れると……そう思ってた。
しかし、それこそが罠だった。
あたしたちは敵の謀略に嵌り、ファイエル達とは分断され、あたしとリーゼ隊長は崖の上へと追いやられた。
「なんだよ。オレ様の相手は女二人かよ。張り合いねーな」
あたしたちの前に立ち塞がった男が、首をゴキゴキと鳴らしながら言った。
豪奢な鎧を身につけた大柄な男。
右手にはそんな大柄の男の身長をも優に凌ぐ全長三メートルはあろうかと思われる大矛。
相手を斬る道具というよりは、相手を潰す兵器のようだった。
そんな大矛を軽々しく操っている男。
纏っているオーラも一般兵の比ではなく、その事実は目の前の男が相当な実力者であることを物語っていた。
そんな男に厳しい視線を送り、あたしを守り立つように両手で
しかし、ぜぇぜぇと息は荒く、満身創痍であることは目に見えてわかった。
そんなリーゼ隊長に守られながらしか戦えない自分が悔しくて悔しくて仕方なかった。
大矛を垂直に持ち替えた男が口を開く。
「お前がリーゼ・メロディア中佐か」
「なぜ……私の名前を知っている」
リーゼ隊長は男を睨みつけながら言う。
「やはりか。その気概、本物だな」
「……貴様は何者だ」
獣が唸るような低い声音。
可憐なリーゼ隊長からそんな声が出たことに心底驚いた。
しかし、相手の男は一切気圧されることなく、余裕の笑みを浮かべた。
「ははっ! その目付きたまらねーな。それこそ剣士の目だ。冥途の土産に教えてやるよ。オレ様はガイアス帝国――覇道六大天・第六席――ギオウ・スメラギ様だ」
――覇道六大天。
その言葉にあたし、否、リーゼ隊長も思わず目を見開いた。
その冠はガイアス帝国の中で六指に入る将軍の称号だったから。
「……クレア。逃げてください」
リーゼ隊長はすぐさまあたしを逃がす判断をした。
あたしはその言葉に首を振る。
「ダメです。リーゼ隊長も逃げましょう。相手が悪すぎます」
そう必死に訴えるが、リーゼ隊長の耳には届かない。
「……早く。ここは私が時間を稼ぎますから」
この言葉に全身の毛が逆立つのを感じた。
それは自分の命などとうに捨てたかのような台詞だったから。
「リーゼ隊長の信念は王国軍を解体することなんでしょ! こんなところで死んでどうするんですか!」
気付いたら、あたしは大声を上げていた。
そんなあたしの声にギオウと名乗る男の視線がこちらを向く。
それを見たリーゼ隊長は嘆息した後、微かに口の端を上げた。
それはわがままな我が子を窘めるような優しい表情だった。
リーゼ隊長はギオウに向かって言った。
「少しだけ……この子と話す時間をください」
「あ?」
その言葉にわずかに眉を上げたギオウだったが、あたしとリーゼ隊長を見比べた後、嘆息して言った。
「いいだろう。命令とは言え、ただでさえ万全のお前と戦えないことをオレ様は良しと思っていないんだ。別に背中から斬りつけたりしないから安心しろ。オレ様が望むのは命をかけた真剣勝負のみ」
そう言ってゆっくりと大矛を収めた。
「……ありがとう」
リーゼ隊長は静かに
「……クレア。私の身を案じてくれてありがとう」
心地よく尊い声音に涙が出た。
そんなあたしの涙を優しく拭うリーゼ隊長。
「確かに私の信念は王国軍を解体することでした。そのために私は全てを犠牲にして戦ってきました」
「……それなら」
「でも、私にはそんな『信念』よりも大切な【信念】ができました。……それは」
――クレア……貴方の命を守ることです。
(ドンッ)
「……え」
不意に胸を押され、次の瞬間、あたしの身体は崖から放り出されていた。
「リーゼ隊長―――――っっっぉぉお!!!!!」
身体が急速に落下する中、私は大声で叫んだ。
瞬間、崖の頂上に佇むリーゼ隊長と目が合った。
その表情は明るく前向きで、とても死期を悟った人のものには見えなかった。
「クレアは生きてください! 私の分まで!」
それがあたしとリーゼ隊長の最期の記憶だ。
あたしはリーゼ隊長の魔力に守られるように地面に着地し、ほどなくしてあたしに纏っていたリーゼ隊長の魔力が……消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます